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日替わりメモ

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日替わりメモ 10月15日

T34A 航空歴史館 ビーチクラフトT-34A/メンター研究 空自、航大、海自 51-0390 71-0421〜0423

 

〇 空自、航大、海自

  今朝のT-34Aには、航空自衛隊から航空大学校と海上自衛隊へ移管された機体が含まれています。
 また、更新した第11飛行教育団51-0390の写真は、富士に2本棒の見慣れたマークではなく、第2操縦学校第1分校時代のSに2本棒のマークを踏襲しています。T-34Aに限って言えばヒコーキ雲初登場です。
 更に、防府北基地71-0424の前には、制服の少女たちがずらっと記念撮影、古谷さんの奥方のアルバムからという‥。

 単調な写真が続く空自メンターでも、こういう素材に出会うとほっとしますね。

        

 

日替わりメモ 10月14日

NN441 ニュースフラッシュ 航空自衛隊第2輸送航空隊創設60周年記念塗装のC-1
F86F7781 航空歴史館 ノースアメリカンF-86F研究 その5 防衛庁第三次発注分  7871〜7880

 

〇 第2輸送航空隊創設60周年記念塗装のC-1

  ”何と申しましょうか‥”と小西節を覚えている世代はもう化石人間の部類ですが、歌舞伎役者の隈取りをまとい漢字の「弐」をあしらった派手なC-1を、geta-oさんの横1280ピクセルの大型画面で拝見して思わず小西節が出てしまったのです。そのため息を留めるために、当方へ横800ピクセルで掲載させて頂きました。ありがとうございました

〇 泥沼ハチロク研究に大ヒット作品

 1981年航空ジャーナル発行のブルーインパルスに「使用F-86F総覧」なるページがあります。その冒頭に3機の写真を入手できず掲載できなかったと、故藤田勝啓さんらしい律義な断りがあります。その中の1機、12-7975は、寿命が5年間と短く、ブルーの期間はもっと短かったでしょうから写真がないのも無理はありません。

 ところが、 ”何と申しましょうか‥” ソリモ資料集のために高田さんが(多分)何気なく写した機体が、墜落2か月前の貴重なショットになっていることに気付きました。藤田さん、今頃悔しがっても遅いんだよ!

航空ジャーナルが入手できなかった機体がヒコーキ雲では

  ブルーインパルスの写真 ブルーインパルス以外の写真
92-7938 × 第4航空団の写真
02-4947 × 築城基地展示場第8航空団の写真
12-7975 高田さんが1965年9月に撮影

×

 

        

 

日替わりメモ 10月13日

T58-4 写真で見る東京国際空港の歴史 1958年 エールフランスの北極回り路線開設
T34A 航空歴史館 ビーチクラフトT-34A/メンター研究 航空自衛隊 61-0411〜0420

 

〇 エールフランスの北極回り路線開設

  エールフランスの北極回り路線開設については、既に1番機の見送り風景を載せていますが、古い雑誌の中に試験飛行のニュースがありましたので追加しておきました。

 Lockheed Constellationの最後のモデルとなったL-1649 Starlinerを使って、初めて北極越えで東京に来たのが1958年1月29日、 就航1番機の羽田発が4月27日でした。3か月もかかっているのは、航空局の認可手続きのためでしょうか。その間に各要員が十分に習熟して、満を持してのスタートだったのでしょう。

〇 航空自衛隊のT-34A

 Nさんから指摘を受けるまで航空自衛隊のT-34Aの配備について、検討不備で書いていました。
 初等練習機がT-3に替わって、余剰となったT-34Aを救難機に回したというのは正確ではなく、初めから救難機として納入された機体もあるし、練習機から救難機、或いはその逆もありました。T-33Aの命脈が尽きるころには、MU-2Sが救難機として各基地に配備されていますので、飛行教育団に戻された機体もある訳です。

 入間に展示されている0419の写真を撮影順に見るとノーマーク→11飛行教育団→ノーマークとされていて、何故なの? といった例がメンター変遷を象徴しています。

        

 

日替わりメモ 10月12日

故高見保市さんの写真 A5614-1 都道府県展示機総覧 兵庫県宝塚市 宝塚ファミリーランドのDC-4 榛名号
PV-2 航空歴史館 ロッキードPV-2ハープーン研究 新明和伊丹工場の4574

 

故高見保市さんの写真

  昨日の故中井八郎さん撮影の写真に続いて、今朝は故高見保市さん撮影の写真をアップしました。岐阜の高田さんが遺族より寄託された遺品の中から提供してくれました。

 片や艦船と航空機写真記録派、片やソリッドモデル界の雄として関西に名を遺すお二人。こうして自分が撮った写真がデジタル保存されるのをみながら、いろいろと語り合っていることでしょう。当方、いつになったらその傍らに近づけさせてもらえるのやら、認知症気配の忍び寄る秋の寒さを感じながらの昨日今日の作業であります。


〇 今日は何の日について

 100年以上の航空の歴史ですから、今日は何の日には日々びっしりと記録が載らなければならないはずですが、掲載 ページ とあるのでお分かりのように、インターネット航空雑誌ヒコーキ雲に掲載している記録のみに限定しています。重要な出来事なのに欠落しているものがあるのはそのためです。
 皆様には、毎日の更新ページだけでなく、広く参照して頂いて、ミスや×印の箇所など通報して頂きたいとの狙いがあります。閲覧者全員がインターネット航空雑誌ヒコーキ雲校閲部員でありますから。

    

 

日替わりメモ 10月11日

A3601-04 都道府県展示機総覧 東京都千代田区 靖国神社遊就館の零戦と彗星 変化なし
Q049 質問箱 訪日した英・豪の航空機写真について

 

〇 靖国神社遊就館の零戦と彗星

  零戦が奉納されてからもう16年です。着艦フックの問題、尾翼にオフセットのふくらみが有るのか無いのか、パイプの機銃を取り換えたとかでページを賑わせたのが遠い過去のように思えます。しかし、零戦も彗星もマニアの議論などどこ吹く風、悠然と元の姿で立ち、風格を感じさせるのも場所柄なのでしょうね。


〇 質問箱

 終活の整理で忘れていた写真が出てきます。故中井八郎さんなどの写真、ヒコーキ雲のどこかのページへはめ込む前に、撮影年月など調べたいので質問箱へ投げ込みました。関西の人が一緒に写しているものが多いように思います。ご協力をお願いします。

        

 

日替わりメモ 10月10日

F86F7781 航空歴史館 ノースアメリカンF-86F研究 その5 防衛庁第三次発注分  7863〜7870

 

〇 泥沼ハチロク研究

  熊本のマサンド(レストラン)からスタンダード(放出品販売)に移され、翼ももがれていた02-7968が、下郷資料によれば、アメリカへ返還されて米海軍の標的機になって撃墜されているという不思議。どちらかのシリアルが違っているはずですが、真相は泥沼の底に沈殿しているのか。 

        

今日は
何の日

1964年 東京オリンピック開会式 ハチロクブルーの祝賀飛行  掲載 ページ写真で見る東京国際空港の歴史1964
1964年 東北電力のウエストランド シコルスキーS-51 JA7035あがの 仙台市に墜落 掲載 ページ東北電力のヘリコプター
1959年 全日空のCV240 JA5053 初の路線就航 東京〜札幌直行便 掲載 ページCV440研究
1968年 第2回東京航空宇宙ショー 入間基地  掲載ページ第2回東京航空宇宙ショー

 

日替わりメモ 10月9日

T34A 航空歴史館 ビーチクラフトT-34A/メンター研究 航空自衛隊 新規に12機

 

〇 泥沼メンター研究

  メンターも泥沼です。L-19に続いて灯台下暗しで、旧広島空港開港後に何年かに亘って開かれた空港祭りに防府のT-34Aが来ていたことを忘れていました。 まずい画像をあっちこっち挿入して見苦しいですが、記録としてご容赦を。

 あの頃は、地上展示とともに上空の編隊航過もありました。 岩国のA-4もダイアモンドでローパスでした。平和屋さんが横行するようになってからの広島では到底考えられないよき時代だった。

        

今日は
何の日

1952年 よみうり103号D18S JA5002  台湾双十節祝賀飛行実施 戦後初の国際飛行  掲載 ページ讀賣新聞社のビーチクラフト18
1957年  南極観測隊のデハビランドDHC-2 ビバーJA3111を昭和号と命名 掲載 ページ南極観測船宗谷搭載機
1962年 富士T-1A 15-5827 落下タンク付きの速度試験で517kt記録 掲載 ページT-1A/B研究

2004年 第11回国際航空宇宙展 横浜 掲載ページ2004年国際航空宇宙展

 

日替わりメモ 10月8日

F86F7781 航空歴史館 ノースアメリカンF-86F研究 その5 防衛庁第三次発注分  7856〜7862

 

〇 泥沼ハチロク研究

・ 1980年5月の岩国日米フレンドシップデーに築城の第6飛行隊の07-7962が展示されましたが、その年の11月に第6飛行隊がF-1に機種転換を終え、実戦部隊からすべてのハチロクが消えましたので、これが岩国における最後の展示でした。そういう知識もなくて、まだ居たのか程度の認識で1,2枚写しただけでしたが、もっと惜別の情を込めて接してやればよかったと、今にして浮かぶ感慨であります。

・ その07-7962は、長い間ブルーインパルスで飛び、終焉の部隊が第6飛行隊となったのですが、それを引き取った河口湖自動車博物館の原田さんは、ブルーインパルス塗装に戻しています。ただ、シリアルナンバーを07-7960にしているため、浜松のエアパークに展示されているブルーインパルス塗装の07-7960と同じになってしまいました。

 見世物的な要素が強い個人の作業ですから、強くは言えませんが、やはりナンバーは大切に考証してほしいなと思います。

        

 

日替わりメモ 10月7日

L19 航空歴史館 セスナL-19A / 富士L-19E研究  5機の写真を追加

 

〇 セスナL-19A / 富士L-19E

・  米軍から保安隊へ供与されたL-19Aの1号機がH-1001のシリアルを与えられ、陸上自衛隊発足によりJG-1001となったと言えば簡単なのですが、尾翼の表示がWやDの写真を寄せられて、大いに迷わされてから1年たちました。再び、L-19研究に手を付けてみたら、灯台下暗し築城航空祭での第13飛行隊のプリントが出てきました。
 保安隊第5航空隊(小月)→保安隊武器補給処(霞ヶ浦)→防衛庁技術研究本部→陸上自衛隊第13飛行隊(防府北)→陸上自衛隊北部方面隊→用途廃止という経過で編集していますが、自信をもってこうだと言える裏付けはありません。

・   また、懐かしいマニアの写真も出てきました。仙台の故菅原 康さんの作品です。彼のプリントには、几帳面にデータが書いてあり、それで後世のマニアがどれほど助かっているかお礼を込めてL-19E 1201プリントの裏面を載せておきました。表の方も、ステンシル板を使ってペイントした陸上自衛隊の旧文字時代の撮影であるなど、立派な航空文化財であります。

 

 

日替わりメモ 10月6日

T34A 航空歴史館 ビーチクラフトT-34A/メンター研究 航空自衛隊 0393〜0400

 

〇 航空自衛隊のT-34A

 航空自衛隊のT-34Aは、第11飛行教育団(静浜)、第12飛行教育団(防府北)と各基地の救難隊のみの配属ですが、写真を編集していると、教育航空団から救難隊にかわり、また教育航空団へ帰ったりした機体もあります。その理由や基準など知りたいところです。そうでもしないと、マーク変遷などの面白みがなくて、空自のT-34Aに限ってはどうも編集に力が入らないで困ります。 

    

 

日替わりメモ 10月5日

F86F7781 航空歴史館 ノースアメリカンF-86F研究 その5 防衛庁第三次発注分  7851〜7855

 

〇 収穫の秋 表紙絵に添えて 戸田保紀さんから 

 1979年10月に松島基地の滑走路の延長上で撮りました。東西に走る主滑走路の石巻方面、東側の延長線上で米す。 農家の方が脱穀に精を出しておられます。
 恐らくこの方は近くの農民でしょうから,東日本大震災の津波で家を失い、田んぼが大被害を受けているのではないかと思います。

 松島基地の周りは一面田んぼで、T-2の着陸を撮るには絶好の光線で、よくこの位置で撮っていました。後ろに見えるのは牡鹿半島の連なりです。

    

今日は
何の日

1959年 第2航空団のF86F 62-7483 92-7893が空中接触 三沢沖に墜落  掲載ページF-86F研究

1973年 第4回 国際航空宇宙ショー 入間基地 掲載ページ第4回 国際航空宇宙ショー

 

日替わりメモ 10月4日

DF151 航空歴史館 ダグラス飛行艇 DF-151

 

〇 ダグラス飛行艇 DF-151

 GUNDAMZAKさんの資料の中に昭和13年のアサヒグラフがありましたので、その表紙を飾っている大日本航空のダグラスDC飛行艇J-APNFを頂戴し、付随して、もうこの1枚しかないという海軍機の写真をCONTRAIL誌から拝借しました。 いずれも第一級航空文化財に匹敵します。海軍機の写真は、日本航空協会に寄贈された上甲さんの遺品の中にあるはずですから、いずれ公開されることでしょう。

     

今日は
何の日

1967年 日航のビーチクラフトH18 JA5137が山形県村山市に墜落 4名死亡 掲載ページ日本航空のビーチクラフトH18

 

日替わりメモ 10月3日

F86F7781 航空歴史館 ノースアメリカンF-86F研究 その5 防衛庁第三次発注分  7841〜7850

 

〇 オールドカーセンター九段

 東日本大震災からいちはやく立ち直った福島県楢葉町のオールドカーセンター九段では、ホームページやフェイスブックを拝見すると、自動車や艦船模型が一層充実して輝いています。屋外展示の航空機群はどうなっているでしょうか。尾翼のシリアルを白ペンキで塗りつぶされていたハチロク92-7946や、マルヨンなど修理中だった機体のその後も気になります。


〇 「宇宙へ挑め!岐阜県」

 27日夜のNHK BS コズミックフロントNEXT 「宇宙へ挑め!岐阜県」を見ましたか。栃木県の親類がクレジットの部分を写して送ってくれました。彼はヒコーキマニアにあらず鉄道マニアでありますが、飛燕などの映像を見て、子供のころ作っていたプラモデルを 思い出したとか‥。

 航空に適した地形の説明からはじまって、航空機開発そして宇宙開発へと歩んできた各務原の歴史紹介の前半部も好かったですが、岐阜県が天体観測に適している上に、神岡鉱山の堅固な岩を活用した宇宙線の観測施設が二人のノーベル賞受賞者を生んでいる後半部の構成も好かったです。こんな良い番組は馬鹿馬鹿しいバラエティが占拠しているゴールデンタイムで流せるうな世の中になってほしいとさえ思いました。

 カミオカンデについての俳句の中で、秀逸の一句を紹介しておきましょう。

     

今日は
何の日

1956年 陸上自衛隊富士LM-1初号機 21001納入  掲載ページLM-1研究

1955年 極東航空ハンドレページ マラソン 定期点検で主翼の緩みが発見され飛行停止処分 掲載ページマラソン研究

 

日替わりメモ 10月1日

A1003-21

都道府県展示機総覧 札幌市 陸上自衛隊丘珠駐屯地 UH-1H 41727
ニュースフラッシュ 陸上自衛隊最後のUH-1Hが退役 北部方面ヘリコプター隊 41727

F86F7771 航空歴史館 ノースアメリカンF-86F研究 その4 防衛庁第二次発注分 新規1機 追加1機
F86F7781 航空歴史館 ノースアメリカンF-86F研究 その5 防衛庁第三次発注分  新規1機 追加1機

 

〇 UH-1Hの終焉

 丘珠のスクラップヤードにある41727は、ナンバーからすると133機中の終わりから7機目にあたりますが、北部方面ヘリコプター隊で退役した陸上自衛隊最後のUH-1Hです。特にイベントもなく退役させたようです。
 こうなると最終41733の行方が気になりますね。因みに初号機41601は北宇都宮駐屯地で教材機になっていました。

〇 泥沼ハチロク研究

 28日の本欄について、戸田さんは、F-86Fが松島に来たという新聞記事を見てすぐに見学を申し込んだということです。第5飛行隊の浜松から松島への移動が完了したのは1958年11月25日(航空情報別冊F-86F SABERによる)ですから、ハンガーにノーマークの機体が見えるのは、1Wのマークを消して4Wに書き替える準備段階だったのでしょう。よって、撮影日を1958年11月ということにしておきました。

     

今日は
何の日

1954年  航空大学校開校 掲載ページ宮崎市航空大学校 
1961年 日航 CV880を東南アジア線に投入 掲載ページコンベア880-22M研究
1962年 全日空 YS-11 20機購入の予備契約締結 掲載ページYS-11研究全日空

1964年  在日軍事援助顧問団と防衛庁がT-6練習機民間貸与の協定を締結 掲載ページノースアメリカンT6研究

2008年 2008国際航空宇宙展 横浜市パシフィコ横浜 掲載ページ2008国際航空宇宙展

 

日替わりメモ 9月30日

今日は
何の日

1952年 新立川航空機の立飛R-52 JA3017完成  航空再開後の国産第1号機  掲載ページ日本の初期登録航空機全集 bR
1955年 T-33Aノックダウン生産の2機の部品が名古屋港に泊着 川崎航空機工業岐阜製作所へ納入 掲載ページT-33A研究
1957年 日本航空のダグラスDC-4 JA6011 雲仙が大阪国際空港傍に不時着炎上 掲載ページ日本におけるDC4研究

1966年 海上自衛隊が最後のSNJ-5 6209を除籍し 練習機はKM-2に統一した 掲載ページ海上自衛隊SNJの歴史

 

日替わりメモ 9月29日

PNN437 ニュースフラッシュ 開隊61周年記念八戸航空基地一般開放  P-8A細部写真、陸上自衛隊車両を追加
A8805-3 都道府県展示機総覧 名護市国道58号沿い  アイランダーとビーチクラフトB24Rは撤去
A8833-1 都道府県展示機総覧 沖縄県中頭郡北中城村 C-117のあった建物はパラダイス ガーデン

 

〇 P-8A細部写真

 Kotobukiさんから、八戸航空基地開放の写真がCDで追加されてきましたので、米海軍P-8Aのクローズアップと陸自八戸駐屯地の第101高射特科隊や第2対戦車ヘリコプター隊などが展示した車両を追加しておきました。

 米海軍・海兵隊の航空機を扱っていていつも思うのですが、機名とバズナンバーの表示は明解ですね。未だに米空軍機のシリアルナンバーの表示形式がよく分からない私にとっては、実に助かっているのであります。別に、ヒコーキ雲のための表示ではありませんが‥ 当たり前だ!

 

〇 沖縄県2題 

 (本日、台風24号に襲われている沖縄のことで、のんびりした話題で申し訳ありません)
 恩納村(おんなそん)の恩ザビーチに展示後、国道58号沿いの空き地に移されていた2機は、去年処分された模様です。
 また、払下げのダグラスC-117Dが屋上にあった中城村(なかぐすそん)の共栄開発の建物は、レストラン パラダイス ガーデンであったと判明しましたが、勿論営業はしておらず、隣接地に図書館を中心としたあやかりの杜という複合施設ができていてこれとの関連で再開発されるみたいです。

 

〇 今日は何の日に寄せて 記録と写真の乖離(かいり)

 入間から飛び立った築城のT-33Aがエンジン故障で民家に墜落し、乗員二人は即死、住民も大火傷を負いました。不幸な事故の機体なのですが、歴史派・記録派マニアとしては、その後、同ナンバーの51-5634機が栃木県宇都宮市の作新学院と埼玉県熊谷基地に展示されている写真があって、墜落炎上した機体が何故??? 未だに解決できていません。サンサンにも、歴史派・記録派マニアを迷わせる合体メカがあったのでしょうか。

    

今日は
何の日

 1956年 築城基地第3操縦学校のT-33A 51-5634が埼玉県本庄市の民家に墜落 掲載ページT-33A全機の経歴

 

日替わりメモ 9月28日

LM-1/2 航空歴史館 富士LM-1/-2研究 今年のオシュコシュエアショーに航空学校宇都宮校マークで登場

 

〇 富士LM-1

  アメリカへ返還されたLM-1の中の1機、今年のオシュコシュエアショーに思いがけない登場です。E(東部方面航空隊)マークで退役し渡米したはずの21007(c/n LM-9)が、SU(航空学校宇都宮校)マークに代わり、SECRET ASIAN 怪しい東洋人になった!


 陸上自衛隊のロゴも愉快な書体ですね。なんども書き替えているうちに、こうなったのか。FAAの登録では、耐空証明が2020年まで有効ですから、1956年製造のこの老兵、怪しい東洋人、まだまだ元気で飛んでくれよ!

    

今日は
何の日

1962年 富士T-1B B型量産の25-5851〜5853 3機を一括納入 掲載ページ T-1A/B全機の経歴と写真
1965年 富士T-1B 芦屋沖で訓練中の35-5861と5867が接触 墜落 掲載ページ T-1A/B全機の経歴と写

1962年 富士KM-2初号機 海上自衛隊6221 納入 掲載ページ KM-2研究

 

日替わりメモ 9月27日

PNN439 ニュースフラッシュ 航空自衛隊小松基地  2018 航空祭 in KOMATSU

 

〇 2018 航空祭 in KOMATSU

  百里のF-4ファイナルイヤー記念塗装機がやっとヒコーキ雲に登場しました。横田では「小松に出張中で御免なさい」と粋な看板を出していましたよね。

 そもそも、ヒコーキ雲編集者は、機体全体を塗りまくる特別塗装というのは好きでないのですが、最後のファントム部隊となっている百里の面々に免じて表紙絵に飾っておきます。それにしても、一瞬、赤十字の病院機かと‥‥!

〇 今夜のBS

 NHK BSプレミアム 今夜22時から、コズミックフロントNEXT 「宇宙へ挑め!岐阜県」に、インターネット航空雑誌ヒコーキ雲提供の飛燕がでます。ご鑑賞を。
        

今日は
何の日

1976年  三沢沖で第203飛行隊のF-104J 46-8564が仮想敵機の第81航空隊のT-33A 81-5396を射撃後接触両機とも墜落
                  
                掲載ページ  F-104J全機の写真と経歴  T-33A全機の経歴と写真

 

日替わりメモ 9月26日

F86F7771 航空歴史館 ノースアメリカンF-86F研究 その4 防衛庁第二次発注分 新規2機 追加1機

 

〇 泥沼ハチロク研究

  防衛庁第二次発注分というのは、三菱がノックダウン生産から純国産に切り替えたセクターを指します。その初号機の72-7771に墜落記事だけで画像が無かったのですが、高校生の戸田さんが横に立っている写真に辛うじて771の機首ナンバーが見える写真を入れることができました。

 戸田さんは、この写真を1957年3月としているのですが、下郷資料による72-7771の航空自衛隊への引渡しは同年12月となっているので、翌年の3月ではないでしょうか。(基地広報に申請して入場したとのことです)

 445は供与機、771は純国産1号機、ハチロクの歴史を感じさせるいい記念写真です。戸田さん、是非ネガ袋を探し出して、撮影日付の探索と尾翼が見えるショットなど、泥沼ハチロクから救いだしてくださいな! 

  57〜58年の松島基地は、F-86F要員の教育訓練を浜松から引き継いだ時期で、第1航空団と第4航空団の機体が入り混じっていたらしく、マークが写っていないと部隊の確定ができません。この時期の松島基地の部隊と機体の正確な変遷につい てもどなたか助けてくださいな!

    

 

日替わりメモ 9月25日

A2302-01 都道府県展示機総覧 仙台市宮城野区 陸上自衛隊仙台駐屯地 OH-6D
T34AMenter 航空歴史館 ビーチクラフトT-34Aメンター研究 自衛隊、航大、防大の諸機追加

 

〇 仙台駐屯地 OH-6D

 10年以上前から展示している機体を、一部修理しながら、公開日には操縦席を開放し、説明板もお金を掛けたものに更新するなど、その処理には大いに感謝します。

 とはいうものの、説明板の中身を読んでがっかりです。東北方面隊のOH-6Dは限りなくゼロになりつつあるものと思うのですが、説明の11機保有というのが何時の時点なのか首をかしげざるを得ないなど‥‥

 例によって、起案〜合議〜決済〜発注〜受領検査〜展示の段階で、説明の不備を司令以下誰もチェックしないというずさんな処理の自衛隊の見本の一つに加わりました。防衛省の監察官は、こういう面にも目配りをしてほしいものです。

 

〇 ビーチクラフトT-34Aメンター研究 

 ハチロクを泥沼の研究と悲鳴を上げていますが、T-34Aメンターもそれに劣らない泥沼であります。そもそも製造形態が3種類で、納入先が3組織に別れ、それを別組織に移管し、更に元へ返した機体もあるという、これほど整理に手間のかかる航空機はありません。

  最初の引渡先 移管1 移管2
輸入機
 警備隊 ・ 海上自衛隊  航空大学校  航空自衛隊へ返還
 防衛大学校
 保安隊 ・ 航空自衛隊 (移管機 無し)
ノックダウン生産機
 航空自衛隊  陸上自衛隊
 海上自衛隊
 航空大学校  航空自衛隊へ返還
国産機
 航空自衛隊  海上自衛隊
 航空大学校  航空自衛隊へ返還
 防衛大学校

  その上、この単発練習機に専門家もあまり興味がないとみえて参考文献が殆ど見当たりません。こんな泥沼に足を突っ込んでいる馬鹿はヒコーキ雲だけでしょうな。航空自衛隊一色のハチロクの方がまだ楽だと言いたくなります。

    

今日は
何の日

1954年 青木航空 D18S JA5002 アジア航測チャーター 会津若松南方六石山中腹に激突 掲載ビーチ18読売新聞

 

日替わりメモ 9月24日

KokuUniv 都道府県展示機総覧 宮崎市 航空大学校で使っていたB45(T-34A)を3機追加
NN438 ニュースフラッシュ 横田基地日米友好祭2018 No.3 米軍機と自衛隊機を追加

 

〇  航空大学校のB45(T-34A)

 T-34Aメンター研究の中に、既に送っている写真が落ちているじゃないかとT67Mさんから苦情があり、調べてみると、その通りでした。申し訳ありません。いずれも、航空自衛隊から航空大学校に移管されB45として学生を育てたメンターでした。

 とりあえず、航空大学校のページにその3機を追加しました。T-34Aメンター研究の方は、他の追加分など含めて後日更新します。

 

〇  横田基地日米友好祭2018 米軍機と自衛隊機を追加

 米軍のCシリーズなどを追加しましたが、ヘリコプタを含めて機名はよく分からずに付しているものがありますから、間違いがあればお知らせください。

   

 

日替わりメモ 9月23日

F86F7781 航空歴史館 ノースアメリカンF-86F研究 その5 防衛庁第三次発注分 92-7932〜7940

 

〇  泥沼ハチロク研究 今日はお彼岸

 今朝更新のハチロク#930番台を見てください。7932から7937まで7機がクラッシュし、雫石事故をはじめとして多数の人命が失われています。お彼岸とは言え暗い気持ちで編集しなければならなかったのですが、更には、ええ??と疑問符多発なのも泥沼の所以(ゆえん)であります。

 1961年に静岡県沖に墜落した7936が、1978年の築城航空祭に迷彩塗装で展示されていた??

 1976年に松島の第4航空団で用途廃止された7939が、瀬峰町に放置されていた写真までは納得できるのですが、1981年になって別府のリンドバーグ病院に展示され、その後日本文理大学の教材になっている??

 前者は、基地が適当なナンバーを書き入れた、後者は、複数の機体の合体メカであろうという解釈で逃げるしかありませんね。

 そんな泥沼ハチロクの中で、ブルーインパルスの初めての塗装をまとった7937のカラー写真を発表できたのは救いです。特別の塗装を考えたらどうかという源田空幕長のお声掛かりで1空団内で公募て採用されました。今となっては泥臭いデザインですが、サンダーバーズの写真など検討しながらの苦心の作だったのでしょう。geta-oさん撮影のこの一枚は貴重な歴史記録です。第一級航空文化財として表紙絵に採用です。

   

 

日替わりメモ 9月22日

T34AMenter 航空歴史館 ビーチクラフトT-34Aメンター研究 海自メンター4機 空自T34 3機追加
NN438 ニュースフラッシュ 横田基地日米友好祭2018 No.2 米軍タンカー 自衛隊機 民間機

 

〇  ビーチクラフトT-34Aメンター研究

  泥沼ハチロク研究に手を付けてしまったため、メンターの研究に半年ほどご無沙汰してしました。ひさびさに取り上げてみると、また佐伯のいちゃもん付けかと叱られますが、こんなのもありました。

    

 最近、防府南基地に行っていないので、もう撤去されているかもしれませんが、説明のトップ、「1953年」は、「1954年に最初の機体が自衛隊に引き渡された」というのが正確な表現となるし、「米軍から輸入された。」という表現は噴飯もの、航空学生に読ませるのも恥ずかしいです。「1983年に用途廃止になるまでパイロットの養成機として貢献した。」も、その頃は、初級練習機はT-3に代わっており、T-34は救難の任務でした。

 はい、まあ、言わずもがなの指摘ですが、膨大な数の研究活動の一休みのつもりで‥‥

 

 

日替わりメモ 9月21日

NN438 ニュースフラッシュ 横田基地日米友好祭2018 No.1

 

〇   横田基地日米友好祭2018 No.1

 このくらい展示機を揃えてくれれば文句は無いとのHAWKさんの感想とともに、大量に画像が送られてきました。最新情報に弱い編集者ですから、特に米軍”大型機”の機名判別に”大いに”手間取っています。

 No.1としたのは、取りつきやすい機体から発表しておこうというので、今朝はF-16Cと花火をアップしました。明日以降順次出していくことにします。

    

 

日替わりメモ 9月20日

F86F7400 航空歴史館 ノースアメリカンF-86F研究 その2 MDAP供与分 新規2機 
F86F7781 航空歴史館 ノースアメリカンF-86F研究 その5 防衛庁第三次発注分 雫石事故 の直前の写真

 

〇   泥沼ハチロク研究

 1971年7且30日雫石衝突事故の機体写真を航空情報別冊から拝借していましたが、同じ月の松島航空祭で飛んでいる戸田さんの写真に切り替えました。衝突後パラシュートで生還した市川二曹が航空祭の日にも乗っていたのかもしれませんね。

 刑事裁判では、市川二曹は二審でおとがめなしとなり、教官の隅一尉は最高裁で見張り義務違反として禁錮3年執行猶予3年でした。二人の事故後の人生はどのようなものだったでしょうか、察するに余りあるものがあります。

    

今日は
何の日

1953年 復活第1回航空日中央大会 羽田空港航空ページェント 掲載ページ写真で見る東京国際空港の歴史1953 

 

日替わりメモ 9月19日

F86F7771 航空歴史館 ノースアメリカンF-86F研究 その4 防衛庁第二次発注分 新規1機 写真掲載率7割超
F86F7781 航空歴史館 ノースアメリカンF-86F研究 その5 防衛庁第三次発注分 新規2機 雫石事故機

 

〇   泥沼ハチロク研究

 第二次発注分の空白がまた1機埋まり、掲載率が7割を越えました。このように空欄や印をチェックして、ご自分のアルバムから探してくださる皆さんに、ハチロクも大いに感謝していることでしょう。

 第三次発注分に、雫石の衝突墜落事故で社会的にも政治的にも法律的にも大センセーショナルを巻き起こした松島派遣隊の92-7932が登場しました。 松島へ行く前の総隊司令部飛行隊時代の写真と、別冊航空情報から拝借した松島時代の写真がありますが、総隊では安全褒賞マークが付いているというのもやや皮肉っぽい感じをうけてしまいます。

 裁判では、自衛隊側が悪いが全日空側にも落ち度があると、なにやら世間に阿(おも)ねたような判決だったと記憶しますが、航空管制が基本から見直されることになったのは特筆に価います。

 空の危険は、今、ここにもあそこにも存在していると言っていいでしょう。しかし、雫石以後、旅客機 と軍用機のニアミスはあるものの衝突という大事故が起きていないことに、ほっとします。

    

今日は
何の日

1952年 第8航空団のT33A 51-5635 大分県国東沖に不時着水 水没 乗員は漁船に救助 掲載ページT-33A全機の経歴

 

日替わりメモ 9月18日

PNN437 ニュースフラッシュ 開隊61周年記念八戸航空基地一般開放

 

〇   八戸航空基地一般開放

 北海道の胆振東部地震の救助救援に隊員が出動し,航空祭の展示飛行ができなくなり、地上展示のみに切り替えられましたが、パトロールスゴ―ドロンの母基地ともいえる八戸らしくP-1、3、8が巨体を並べて面目を保ちました。八戸航空祭2018という名称をわざわざ一般開放というのに変える必要などなかったのではありませんか。

 

日替わりメモ 9月17日

A4638-08 航空歴史館いしぶみ 愛知県 1959年小牧基地内のレストラン シナ忠 喫茶マイアミ


〇 閑話休題

  信忠閣と言えば、名古屋では有名な店なのでしょう。乃木希典大将が名付けたという旅館信忠閣が、戦後シナ忠という中華料理ブランドで市内やゴルフ場に出店し、その一つが今朝紹介の航空自衛隊小牧基地内のレストランだったようです。喫茶マイアミも併設して賑やかに店内を飾っています。

 多分、米軍基地時代にオープンし、航空自衛隊が引き継いでいたのだと思いますが、米軍と旧日本軍との折衷みたいな当時の軍服をまとった自衛隊員やウエイトレスのおばさんの姿もいい。

 今も小牧にあるのでしょうか。私の乏しい経験ですが、各地のの隊員食堂は、機能一点張りで憩いの雰囲気はなく、自販機がレストランに代わり、コンビニが幅を利かす形が殆どだ。

 この写真は、見ていて骨休みになるし、約60年前の自衛隊基地にこんな風景があったという貴重な記録にもなりますね。


〇 15日に紹介した未来につなぐ人類の技18 鉄構造物の保存と修復は、ネットで全文を見ることができます。
  http://www.tobunken.go.jp/image-gallery/conservation/18/index.html

           

 

日替わりメモ 9月15日

図書紹介 新 図書室 未来につなぐ人類の技18 鉄構造物の保存と修復  航空機の場合
図書室 未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用
図書室 コルセアKD431 文化財としての航空機修復
図書室 未来につなぐ人類の技1 航空機の保存と修復


〇 鉄構造物の保存と修復 航空機の場合

  航空協会退職後、東文研に寄っている長島さんは、本書について鉄構造物の中のほんの一部門ですからと謙遜がありましたが、たしかに、鉄製品という量的分野の中で航空機の占める割合は過小としても、技術から見ると同等以上であると読んでいて感じました。

 未来につなぐ人類の技として、東文研が2003年以来展開してきた航空機の保存修復技術公開に新たなページが画されたものとして、「未来につなぐ人類の技18」を推薦いたします。

           

 


インターネット航空雑誌ヒコーキ雲編集ノート お願いなど

日替わりメモ 9月07日

 

お断り : このところ大きな自然災害や航空機事故が頻発し、田舎の一ヒコーキマニアとしても胸の痛む思いです。本来、お見舞いの言葉など記すべきかもしれませんが、ヒコーキ雲として災害や航空機事故については触れることなく、通常通りの更新作業を続けております。
 空虚な言葉を並べても詮無いことであると考えているからです。その代わりに、救助救援活動の一助に貧者の一灯を送ることをもってお見舞いの志(こころざし)としております。 

                                        ヒコーキ雲制作 佐伯邦昭

   

 

日替わりメモ 2018年5月15日


〇 感想と提案  Kさんから

 毎朝の更新お疲れ様です。昨日の「今日は何の日」を見て下郷さんのお名前が目に留まりました。ご命日だったのですね。 頂いたCDの記録を時々開いておりますが、氏の人柄が滲んでいる事を感じます。 どんなお声の方だったのか・・・・・と思います。 フィールド・ワークを実践された方ですね。 今は天国で時間をかけ更に各地を行脚されておられることでしょう。

  4且29日にご紹介の「中公新書 日本軍兵士 −アジア・太平洋戦争の現実」を地元図書館にWeb予約いたしました。 その予約順位が93番目という事で驚きました。梅雨に入ってしまいそうです。

・ ヒコーキ雲への投稿の取捨選択について

 佐伯さんの元には毎日何件程の投稿があ るのでしょうか。新参者の私ですが、何を投稿したか、そしてダブらぬ為に先月からエクセル表に纏め始めました。昨年8月から27回に至って おり、いささか驚いています。 因みに打率(? 採用率)は七割四分というところでしょうか。それについて思うことが あります。

 誰しも投稿が取り上げられることを願っていると思います。
 
当然ボツもあります。理由はいろいろありましょう。 一番は投稿規定やタイムリー、中身の質、内容の優先順位等々と思います。投稿規定は表紙の一番下と、日替わりメモの最下段のNOTEにありますが、内容的な意味での規定は無いように思われます。

・ そこで提案 

 以前、「記者は読者の皆さん」そんな記述があったと思います。そこで、「受信メールや手紙受領からの手順のあらまし」の中に、下記の一文を書き加えて頂ければ、記者としては高みを目指し励めるのではと。

   『採用の有無を  「採用」 「不採用」 「預かり」 等の表記で返信する』 をNOTEに追加する。不採用ならばその理由を佐伯節調にズバリそして簡潔に 返信する。  

  なるべくお手間を取らせぬようと思っていますが、如何でしょうか。内容的にボツなのか、編集長のファイルの挟まったまま行方不明なのか投稿者も安心出来るのではと思った次第です。 高みを目指す新米記者よりの勝手なお願いです。


 佐伯から : 痛いところを衝かれたねえ! しかし、これは、ヒコーキ雲を始めた時からの懸案というか、投稿の皆さんのご不満の最たる事案であります。日々のメールに対して、受け取ったとの礼も返してこないのは傲慢であると言って付き合いを絶った人も居ます。

@ でもねえ、考えてみてよ。航空史の空白を埋めるためとかの立派なテーマを掲げてはいるものの、内容がここまで幅広く深耕されてくるとは全く想像もできずに始めたサイトであり、不遜ながら言わせて頂くと、ここ10年くらいは投稿に追いまくられている状態です。

A 商売として付きっ切りという訳にはいきませんので、原則として早朝の2〜4時間で、頂いているメールや手紙の検討、文献や他サイト参照、自分独自の研究までこなすとなると、7時半くらいまでの更新作業とアップロード作業が手一杯です。

B 言い訳を継ぎ足しますと、高齢による脳の退化、眼の老化(これが特に厳しい)、持続力の減退もあり、早朝だけではこなしきれないので、日中にヒコーキ雲を手掛ける時間が増えてきたのですが、家事や町内や同窓会等諸用務、それに人生の終活作業もあって、どれもこれも中途半端であります。おまけに我が家の裏に接して15階マンションの工事が始まり、昼間は騒音と振動の毎日であります。

C よってますますメール返信を怠る度合が増えています。どうかお許しください。

D Kさんが言いたいのは、採用・不採用の基準をはっきりさせることでしょう。
 私にはそのような基準を設ける学識はありません。ですから55年前に広島航空クラブニュースを出した時から「ヒコーキマニアの自由な広場」を標榜してきました。どなたでも自由に発言(投稿)できる広場を目指すことに今も変わっておりません。対象範囲の不揃い、レベルの上下、具体の大小、ミスの内包など様々に混合しています。それを、平均化していく力はないのです。 ただ、私の脳のレベルで文章を直したり、写真を修整したりしているので、そのフィルターを通過する意味では事実上の採用・不採用になっているかもしれませんね。

E ですから、採用・不採用を原則として返信することはありません。余程のことが無い限り、頂いたものは掲載します。いつまでたっても載らないのは、私がその所在を忘れているものとみて挨拶抜きで催促してください。その時にはお詫びとともに返信いたします。

F 今日現在も、写真や書籍をアップしなければならない予備兵が山積しています。ぼつぼつ片付けていきますが、その間にも新しい重要な情報が寄せられることでしょう。

 Kさん、ご提案に対して返事になりましたか? いい機会として、日頃の考えを書かせて頂きました。ありがとうございました。

    

 

 

日替わりメモ 12月28日


〇 図書からの転載について

 図書からの転載について説明しておきます。

@ 酣燈社航空情報 2008年2月13日付け文書で「弊誌が出典であることを明記」の条件で使用許可を貰っています。道義上、古典文献化している1970年代以前の航空情報誌からの転載を原則としています。

A AGC出版からも、原則使用OKの許可を得ていますが、道義上、航空史の空白を埋めるための最小限の使用にとどめています。

B 文林堂の出版物 社是として包括使用許可を貰えないので、一件ごとに申請することになりますが、少々面倒なので最近は遠ざかっています。

C 単行本などは、図書室で表紙の写真と目次や巻頭言など最小必要限度の転載を行いますが、写真や本文は、著作権期間内であれば許可を求めて転載しています。

D 世界の航空機その他廃刊雑誌などの著作権の切れた図書については、無許可で使用しますが、これも航空史の空白を埋めるための最小限の使用にとどめています。
 

 以上、佐伯は著作権に関する専門知識を持ち合わせていませんので、違法行為を犯しているものがあるかもしれませんが、常識的には、速度80km制限の道路を少々オーバーして走っているようなものと心得ております。

 人々の目に触れなくなって久しい史資料など発掘して、我が国の航空の歴史をより広く正しく後世に伝えていきたいというインターネット航空雑誌ヒコーキ雲の目的を「忖度」してくだされば幸せです。

 

 

受信メールや手紙受領からの手順のあらましを書いておきます。

 メールを読む

 航空に関係あるメールは、本文はメモ帖又はWordに移して、Dドライブの @航空写真保存のアイウエオ階層の中から A氏名毎のホールダー保存する。添付ファイルも同じフォルダーに保存する。大抵の場合は、氏名毎のホルダーの中に新規に B「2017-0000**基地航空祭」といったホルダー新設する場合が多い。(つまりツリー構造は3〜4段階になる)

 Wordの添付で送られてきた画像は、「ファイルに保存する」から上記Bへの手間が増える。

 郵送で写真が送られてきた時は、1枚ずつスキャナーにかけて複写し、1枚ごとに名前を付けてA氏名毎のフォルダーに保存する。これには随分時間を食う。

 以上で保存した資料の中から、毎朝、どれかを選んでインターネット航空雑誌ヒコーキ雲ホルダーの都道府県別やニュースフラッシュなどのファイルに区分して移し替え、横800ピクセルや横640ピクセルに揃えて、傾きや不要部分のカットなど修正を施し 、1画像ごとに件名を付して、ホームページ作成サイトのFrontPageにコピーする。

  その際に、投稿者に確認や質問の必要が生じたら、メールで答えを求めるために後日へ先送りとなる。

 FrontPageでは、既存ページの更新若しくは新しいページの作成作業を行い、画像を張り付け、説明などを書き入れる。この際に機名や歴史や環境などを書籍やネットで調べるので、これに相当のエネルギーを消費する。

 目次など関連ページへのジャンプができるようにハイパーリンク作業を行う。これにもかなり時間を食う。

 更新若しくは新規ページが完成したら、日替わりメモを書き、トップページに更新項目を継ぎ足してFrontPageを閉じ、有料契約している転送サイトを通じて同じく有料契約しているプロバイダーに送って終了となる。

 如何ですか。ブログ(直接投稿)形式のネットなら定められている方式に従って書き込みと画像添付だけの操作で済みますが、自前のホームページは、その数十倍の手間が掛かることをお分かりいただけましたか。

 昨日は、昭和57年度航空総隊総合戦技競技会の参加機の編集を終え、転送サイトへ送る寸前に、何か間違った操作をしたらしくて、dansa@hicat.ne.jpが見つかりませんという表示が出てすべてアウト、その復旧に3時間かかりました。こういうアクシデントも随時発生 というのが現状です。

      

 

情報のご提供者にお願い

 受け取る方から無理が言える義理ではないのですが、1人編集を助けるつもりで次の4点にご考慮頂けるととても助かります。

@ 写真はJPEG方式の添付ファイルで送ってください。
 
最近、メールのメッセージ欄の中に挿入したり、Wordに納めて送ってくださるのが増えており、画像の取り出しに手間が掛かって紹介が遅れてしまうのです。 

A 画像は横1000ピクセル以上が好ましいです。合計20メガ程度でも一度に 受信可能です。

B 画像は加工せず、生のまま送ってください。生だと撮影時刻が分るので、特にニュース編集の際に助かります。 

C 印刷物の複写には、奥付など発行日と発行者が分る部分を必ず添付してください。こちらでの調査の手間が省けますので。


・ 既にお気付きかと存じますが、既出の展示機などを再掲する場合に、元ページの写真を大きいものに替えるなど見直しを進めています。

 航空史探検博物館を始めた頃には、パソコンの容量が小さいために、何もかも小さく載せざるを得ませんでした。小写真 は横355ピクセル、大写真は横600ピクセルでした。
 現在は、ニュースフラッシュは横800ピクセル、その他のジャンルでは原則として横640ピクセルに統一しています。従って見直しの場合も原則横640ピクセルに拡大している訳です。
 ただし、拡大しようにも原版のストックが見当たらないものがあります。提供者の方で気が付いたら改めて大きいサイズで送って下されば、より見やすくなりますので、協力してください。

 

 

 ◎ 写真提供についてお伺いします    


 郷土出版社の「ふるさと小牧」の取材をしております篠原と申します。航空機関連の素晴らしいHOME・SITEMAP・サイトマップページを拝見させていただきました。来年、小牧市 は市制施行60周年を迎え、それに際して来年3月に小牧の古い写真の写真集の取材を行っております。 ご存知の通り、小牧市において空港の歴史 はかなり大きなポジションを占めるのですが、現在の県営名古屋空港の積極的な協力が得られず、空港の写真も自衛隊、行政の協力のみで、あまり、良い写真が集まりません。
 その折に、このHOME・SITEMAP・サイトマップページに出会いました。や はり、マニアの方々、素晴らしい写真で歴史的な機体や風景が多いです。そこで、ぜひ、当社の写真集に写真を掲載させて頂きたいのですが、可能でしょうか? もちろん、写真提供者名を入れ、提供者に は完成した写真集を贈呈致します。よろしくお願い致します。
     郷土出版社 東海地方取材担当 
     編集プロダクション 拠n球デザイン 代表取締役 篠原史紀

 上記のとおり依頼がありました。趣旨は悪くないので協力してあげたいと思います。ついては、次のクレジットを入れ、かつ写真撮影者(提供者)に本を贈るという条件で承諾していただけるかどうかお伺いします。

    撮影者名と「提供インターネット航空雑誌ヒコーキ雲」を明記


・ 今後もすべてこの方式でやりたいので、ご賛同をお願いします。

 今回の案件だけでなく、今後申し入れのあるすべての案件に適用したいと存じますので、ご賛同をお願いします。反対の方は24日までにメールしてください。格段のご意見がない人について はご承諾されたものとして扱わせていただきます。                                  2014年11月18日 インターネット航空雑誌ヒコーキ雲制作 佐伯邦昭

 扱いを決定します

 期限までに回答があったうち、お一人から商業目的のものへの提供は断るとの意思表示がありましたので、それに従います。そのほかの人については、上記の方針で扱うことに決定いたします。
 外部へ提供する前には、必ず
撮影者(提供者)にお知らせすることを約束します。それに応答の無い人及び連絡不能の人について は、当方へ一任扱いとさせていただきます。

          2014年11月25日 インターネット航空雑誌ヒコーキ雲制作 佐伯邦昭

       

 

 

CD頒布 CD頒布

機関誌「つばさ」と「AOZORA 蒼空」の全ページ(入手できているもののみ)
        

裏方の見た呉海軍工廠

歴史学者や艦船の専門家が脚色した歴史書と違って、見たまま、経験したままを素朴に記述している点がひそかに高い評価を得ているものと思います。日本海軍の艦艇や水上機に関心を持つ人に、改めて推薦しておきます。CD頒布のお知らせの中の思い出文も併せて参照してください、

       

 

送料込実費2000円で頒布中 メールで申し込んでください。(sa@hicat.ne.jpの頭にdanをつける     

        

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