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日替わりメモ

早朝の更新作業でミス多発です 見付けたら直ちにメールしてください  
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日替わりメモ 12月18日

News462

ニュースフラッシュ  3自衛隊航空 美ら島エアーフェスタ2018 詳細報告を追加

A8801-12

都道府県展示機総覧  航空自衛隊那覇基地の常設展示機 変化なし

 

〇 美ら島エアーフェスタ2018

 12日の山本晋介さんによる速報に続いてTRONさんの詳しいレポートが届きました。海上自衛隊がP-3Cの展示を両日で入れ替えているように、不断のパトロールや領空侵犯緊急発進や急患輸送に支障が出ないように考慮したうえで、地元の人々に最大限のパフォーマンスを披露しようという熱意が十分に感じ取れます。
 中国の後押しがあるのかどうか知りませんが、辺野古の反対運動を好意的に取り上げるマスコミは、美ら島エアーフェスタでの自衛隊と観衆の熱意も公平に報道してほしいものです。沖縄では最大級のイベントなのですから。

 


休刊のお知らせ

 一人では抱えきれない膨大な情報量になってしまったインターネット航空雑誌ヒコーキ雲に、自分でも情けなくなるほど×印の写真、表記の不統一、時代遅れの内容などが目立ちます。.そのすべてを改善することは既に困難となってきていますが、少しでも改めておきたいと思い、しばらく休刊してメンテナンスを行うことにしました。

 よって、12月19日から31日まで更新を休みます。(今日は何の日だけは発表)

 但し、この間も、情報 ・ ミスの指摘 ・ 感想などはしっかり受け取りますのでメールしてくださるようにお願いします。 E-Mail :  sa@hicat.ne.jp  の頭にdanをつける 

 

今日は
何の日

1961年 富士T-1A(B)初号機 85-5801 用廃 芦屋基地→各務原へ 掲載ページ富士T-1A/B研究
1962年 YS-11 JA8611 東京国際空港で完成披露式 皇太子御臨席 掲載ページYS-11研究試作1号機

 

 

日替わりメモ 12月17日

今日は
何の日

1957年 第2航空団のF-86F 72-7717 帯広市の畑に墜落 掲載ページF-86F研究経歴と写真
1963年 T-1初の墜落事故 第13飛行教育団のT-1A 15-5817 芦屋で墜落 掲載ページT-1A/Bの経歴と写真

 

日替わりメモ 12月15日

今日は
何の日

1953年 日ペリと極東 東京〜大阪不定期便開始 ダブJA5006 ダブJA5003 掲載ページDH-104ダブ研究
1913(大正2)年 米国帰りの幾原知重飛行士が徳島県で初飛行 掲載ページ民間航空発祥の地碑

 

日替わりメモ 12月14日

都立航専

都道府県展示機総覧  都立産業技術高等専門学校科学技術展示館 新しい機体とエンジン

P2V-7

航空歴史館  ロッキードP2V-7ネプチューン研究 新規5機、追加1機

羽田1958
羽田1959

写真で見る東京国際空港の歴史 1958年撮影の整備場の新聞社機など   P2V-7
写真で見る東京国際空港の歴史 
1959年撮影の中小型機 新聞社機 自衛隊機   P2V-7

 

〇 東京都立産業技術高等専門学校 科学技術展示館

 なんとも厄介な呼び名です。都立航空工専という当たり前の名前に戻してほしいです。  科学技術展示館には、機体とエンジンが新たに加わっていますが、写真の背景を見る限りでは、展示場が多分に混乱状態のようです。以前を知り、その重要性を理解する人材が都庁にも学校にも居なくなってきているようです。邪魔者扱いと考える教職員が増えないように祈るばかりです。

〇 10日のこの欄で紹介している1958年の羽田の様子に、もう一枚ネップを撮った写真を加えました。大型看板のサンヨーテレビ、VICTOR、SWISSAIR いずれも古典の域に入ってしまいました。写真で見る東京国際空港の歴史の各ページに保存しておきます。

今日は
何の日

1961年 神戸沖で全日空YS-11 JA8743と讀賣ビーチB50 JA5022が空中接触大阪国際空港に緊急着陸 
                掲載ページYS-11研究全日空   
日本の初期登録航空機全集 bS

 

日替わりメモ 12月13日

A8826-1

都道府県展示機総覧  沖縄県国頭郡恩納村 恩ザビーチ新店舗 アイランダーの胴体

 図書室91

図書室  「航空少年」から「農耕と園藝」へ 18年の歴史を刻んだ航空少年の最終号

 

〇 沖縄のアイランダーの胴体

 アイランダーとビーチクラフトは撤去されて処分されてしまったのかと思われていましたが、その場所に恩ザビーチの新店舗が建設され、中に航空のお宝が入っているらしいコンテナの上にアイランダーが載せてあります。展示販売とか。ビーチクラフB24Rの行方は不明です。

 店舗の階段のところにこんな看板が‥ 琉球新報の報道によると来年4月に大阪観光大学沖縄キャンパスが新設され、操縦士養成コースもあるということなので、恩ザビーチのオーナーは何かと航空に縁のあるお方のようです。

 

〇   「航空少年」から「農耕と園藝」へ 18年の歴史を刻んだ航空少年の最終号

 残りの9ページ、記事2本と質問回答を掲載しました。グラマンF6Fの三面図などに目を輝かせた少年もいたことでしょう。全体を通じて日本の航空機についての記述が全くありません。既に占領軍の干渉が始まっていたのか、或いは、それを恐れての自主判断なのか、かくて 「航空少年」は「農耕と園藝」へ… ヒコーキ技術から食糧増産技術の普及へと舵を切ったのです。 終戦後の世相の一断面であります。

    

今日は
何の日

1965年 航空自衛隊第6飛行隊 02-7989と72-7729と接触墜落 掲載ページF-86F研究経歴と写真

 

日替わりメモ 12月12日

News462

ニュースフラッシュ  美ら島エアーフェスタ2018

F86F-三次国産

航空歴史館  ノースアメリカンF-86F研究   02-7942の写真追加

 

〇 美ら島エアーフェスタ2018

 3自衛隊が駐留する基地ならではの展示飛行が行われる唯一の航空祭が美ら島エアーフェスタです。

 関連して、昨日から始まった3自衛隊による統合訓練の一つをFly Teamの記事からお借りしておきます。統合幕僚監部の存在価値が遺憾なく発揮される例示になります。海外居住の方たちだけでなく、すべての国民が知っておいて損は無いでしょう。

 統合幕僚監部は2018年12月11日(火)から12月14日(金)まで、「平成30年度在外邦人等保護措置訓練」を実施します。この訓練は在外邦人の保護措置など、陸・海・空3自衛隊の統合運用能力の向上と、自衛隊と関係機関の連携強化を図ることが目的です。
 実施場所は、机上訓練が美保基地、実動訓練は日光演習場、米子駐屯地、美保基地、境港と、これらを結ぶ経路と周辺海空域です。参加部隊と規模は、陸上自衛隊の陸上総隊、西部方面隊、警務隊などから人員約200名、輸送防護車(MRAP)を含む車両約20両、CH-47JAが2機、海上自衛隊から人員約250名とヘリコプター搭載護衛艦「ひゅうが(DDH-181)」1隻、航空自衛隊から航空総隊、航空支援集団、航空教育集団、航空警務隊、補給本部など人員約70名、C-2の2機です。 
 外国での緊急事態発生時、生命や身体に危害が加えられる恐れのある在外邦人を警護、救出して安全な地域へ輸送することは自衛隊法第84条に定められており、2018年度は5回目を数える訓練です


〇 F-86F研究   02-7942の写真追加

 上で、長い文章を読んで頂いたついでにBlue1さんと私の往復メールも読んでもらいましょう。今朝発表のF-86F 02-7942に二人の高校生が写っている写真についてです。

Blue1   ハチロクの#942は写真がありませんね。今まで見落としていました。学友の頭が邪魔し全体像ではありませんが悪しからず。左が私、学友は第九師団の音楽隊で打楽器をやっていましたが、武道館での音楽まつりへ出発の朝、自宅玄関にて倒れ帰らぬ人となりました。

佐伯 高校2年生の顔を出して発表しても構いませんか。20年前くらいから、航空祭で高校生を見ることが殆どなくなりましたから、非常に懐かしい写真ということになります。

Blue1   どうぞご自由にお使いください。死語に近い“紅顔の美少年”の頃でありまし
   た。今や厚顔の爺に変り果てましたが・・・。当時は何処に行くにも学生服に学帽
   でした。卒業し社会人になったら、私服が全然ない事に気付き慌てて買い求め
   たのでした。

佐伯の所感 : 私の古い写真にも制服制帽の中・高校生がいっぱい写っています。感受性が強く、知識吸収力も旺盛な世代ですから、航空祭でのいろいろな見聞がのちのちまで生きているはずです。
 今や、制服制帽姿は皆無となり、それらしい年代の少年すら殆んど見掛けなくなりました。代わって高級カメラを振り回し、スマホを多用するヒコーキ女子の姿が増えた。航空祭から“紅顔の美少年”が消えてしまったのは、明らかに憂慮すべき事態であると断定しておきます。
 ヒコーキ雲を見ている中・高校生がいるなら、どうか考えを聞かせてください。

 

 

日替わりメモ 12月11日

KikaNe20

航空歴史館  試作海軍特殊攻撃機橘花とネ20ジェットエンジンについて

 

〇 橘花とネ20

 歴史的な写真を2枚入手しました。海軍木更津飛行場の橘花。入間の修武台講堂のPRビデオには写っているそうですが、書籍では拝見したことのないショットです。防衛庁にあった旧海軍の遺物の中からプリントが流れ出たものと思われます。

  整備員が群がって機体を押している写真は、専用トーイングの機材など作る余裕も無かったことを思わせます。焼け残った工場で、或いは農村に疎開させた工場で昼夜兼行の航空機生産を続けざるを得なかった往時の悲しい現実、片や、サイパンなどでは、損傷して帰還した機体を修理などせず、ブルドーザーで飛行場の片隅へ棄てていたという現実がこの写真とダブります。表紙絵に採用です。

 なお、不思議なのは、アメリカは当然に橘花の情報を掴んでいたと思うのですが、前日の空襲でも木更津飛行場を避けているようです。勝利を確信した段階で、この技術を我が物にしようという作戦がここにもあったのでしょうか。 

 


〇  あまくさ海遊の郷パール・センターのPS-1について   すいふとさんから連絡

 解体場所の推定ですが、Twitterの写真に写っている潜水艦から当該潜水艦は艦型・除籍時期から「練習潜水艦あさしお型」と判定しました。 

○練習潜水艦あさしお型
 https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:JS_Asashio_(SS-589)?uselang=ja 

○練習潜水艦あさしお型 海上自衛隊ホームページ http://www.mod.go.jp/msdf/formal/gallery/ships/tss/asashio/3601.html
TSS-3601
あさしお 平成29227日除籍

 そこで、「潜水艦あさしお 解体」で検索したところ個人の方のブログ・Twitterに背景の類似した写真を見ることが出来ました。 

○ 熊本県八代港に潜水艦と…関西空港連絡橋に衝突したタンカーがいました。
 https://blog.goo.ne.jp/mitsuto1976/e/0f535fd214b96c007f344ad5d8fa9be4

○ 役目を終えて解体直前の潜水艦「あさしお」に会いに来ました
 https://twitter.com/tamayan22/status/1057908613304348672 

 おそらく、八代港で間違いなさそうですが、他の方の情報との照合できれば幸いです。

佐伯から : ありがとうございました。佐世保か長崎かと推定していましたが、大きな造船所が解体工事など請け負うことはないですよね。八代の解体屋に間違いないでしょう。
 トランプ大統領の行動にしてもTwitterが世の中を動かすようになってきましたね。こういう形で最新情報が得られ
ることに化石人間は付いていけませんので、頭のはっきりしている世代の皆さん、どうぞ、宜しくお願いします。(トランプ君は72歳か 嗚呼!)

 

 

日替わりメモ 12月10日

P2V-7

航空歴史館  ロッキードP2V-7ネプチューン研究 新規5機、追加1機

 

〇 こんな時代もあったのよ

 ETさんからのP2V-7 2号機の写真にこんな画像がありました。エプロンにも、誘導路にも、滑走路にも、見えるのはP2V-7ただ1機。まるで砂漠の中のあのエドワーズ基地のよう 。もちろん、少し目を転じればDC-4やDC-6Bなどがたむろしていたでしょうから、とても珍しいカットです。1958年 東京国際空港

 

今日は
何の日

2004年 米軍が調布飛行場を全面返還 東京都管理に移行 掲載ページ調布飛行場の移り変わり
2005年 富士T-1Bが新田原基地で最終展示 掲載ページ富士T-1A/B最終飛行

 

日替わりメモ 12月9日

 

〇 あまくさ海遊の郷パール・センターのPS-1について   YS45さんから連絡

 パールセンターのPS-1 5810について、2017年度中に解体撤去の方針と書いておりましたが、ツイッター https://twitter.com/MIXL1200N に写真が出ました。

 潜水艦も一緒に写っているところから、長崎県佐世保市か長崎市の造船所ではないかと思います。どなたか、確定してください。
 

今日は
何の日

1909年 上野不忍池で仏大使館のル プリウール中尉が滑空機曳航飛行を挙行 掲載ページグライダー初飛行
1959年 富士重工KM JA3119 軽飛行機の世界高度記録樹立 9,920m 掲載ページ富士KM-2/TL-1研究
1959年 初のグラマン マラード 羽田に到着整備 日東航空JA5057くろしお号として29日にJA登録 水陸両用機研究
2005年 富士T-1Bが新田原基地で最終展示飛行 掲載ページ富士T-1A/B最終飛行

 

日替わりメモ 12月8日

OsakaIAP

航空歴史館 写真で見る大阪国際空港の歴史 ホーカーシドレー125のデモンストレーション

T34Astudy

航空歴史館  ビーチクラフト メンター研究 海上自衛隊機 2機追加

 

〇 ホーカーシドレー125

 60年代から70年代にかけてビーチクラフトとグラマンが双発ビジネス機の売り込み競争を展開しました。そこにホーカーシドレーがHS125で割って入ろうとデモ機を送ってきたのですが、どうやら買手が付かなかったようです。

 しかし、20年後にBAe社→レイセオン社が、主翼などを改良したHS125-800とすると、防衛庁がMU-2Sの後継機として、飛行試験機U-125、捜索救難機U-125Aとして採用し息を吹き返したのでした。

 濱野さんが、白い胴体に赤のストライプがとても綺麗だったと回想していますが、その基本はU-125に引き継がれていますね。

 

今日は
何の日

1941年 防衛庁が三菱重工業とF-104J第2次生産分30機を149億円で契約 掲載ページ航空自衛隊F-104研究
1941年 日本海軍ハワイ真珠湾攻撃 日本陸軍マレー進撃開始の日

 

日替わりメモ 12月7日

News461 

ニュースフラッシュ  岡山県 笠岡農道空港  大空と大地のカーニバル

T33Adome

航空歴史館技術ノート  航空自衛隊T-33A研究 5321機のレドームは電波高度計か

P2V-7

航空歴史館  ロッキードP2V-7ネプチューン研究 新規3機、追加1機

 

〇 大空と大地のカーニバル

 尾道の瀬戸内シープレーンから宮崎駿さんが塗装を監修した ラーラ ロッサ号が来ています。フロート付きの飛行機を初めて見る人も多かったでしょう。

〇 T-33A 5321機のレドームは電波高度計か
 実験航空隊が使った機体であることと、小牧に展示してあるKV-107U下面の電波高度計と形状が似ているので、電波高度計ではないかというSugiさんの推論です。正解のように思えますが、皆さんは如何ですか。

〇 P2V-7ネプチューン研究

 2号機に凄い写真が入りました。
・ 故高見保市さんの写真は、銀ピカで、銃座が残っています。シャツの袖をまくり上げた人物が見えるので、晩春から初夏の頃でしょうか。日本到着後1〜2か月です。P2V-7の整備は川崎航空機が担当しましたが、銃座の撤去は、米海軍機の整備を多く請け負っていた伊丹の新明和がやったのか?
・ 高橋 豊さんの写真は、供与4年後に小牧の航空祭で写されたものですが、胴体上面をホワイトに塗るP2V-7標準塗装ではなく、全面グレイ塗装です。尾翼のマークも横一線、多分第1航空隊を現すものとおもいます。
・ 以上、高田和彦さんから送られてきた二人の写真は、海上自衛隊航空史において第1級航空文化財に値するでしょう。

 

 

日替わりメモ 12月6日

 図書室91

図書室  「航空少年」から「農耕と園藝」へ 18年の歴史を刻んだ航空少年の最終号

 

〇 「航空少年」から「農耕と園藝」へ

 大東亜戦争の終結から3か月、 「航空少年」が廃刊し、「農耕と園藝」へ移行しました。
 加藤編集長の終刊のことばに痛切な思いを感じます。編集スタッフは、「農耕と園藝」の発刊や「子供の科学」編集へ転向を余儀なくなされて、部内は混乱したことでしょう。

 「航空少年」は、国立国会図書館で検索しても数冊しか残っていないようですから、shinさんが神田で見付けてくれた最終号は大変に貴重な文献だと思います。中の記事も、乏しい外国文献を丹念に拾い上げたロケット〜ジェット推進の紹介をはじめとして、航空少年が目を輝かせて読んだに違いないと思わせます‥‥ が、毎日の食うものも着るものにも事欠いていた大多数の子供達にとっては無縁の本だったかもしれません。

 そんな歴史を振り返りながら、今朝は、記事の一部を出しておきました。更に全文の紹介を予定しています。

     

今日は
何の日

1965年 東亜航空のYS-11 JA8639が広島空港で暴走し3名死傷 掲載ページYS-11研究東亜航空

 

日替わりメモ 12月5日

 P2V-7

航空歴史館  ロッキードP2V-7ネプチューン研究 3機追加

 

〇 ロッキードP2V-7ネプチューン

・ RB-69A   今朝発表のP2V-7の4607について、伊丹ウオッチャー達が、元はRB-69Aではないかと噂していたそうです。

 RB-69Aは、P2V-7の生産途中に、7機が米空軍のELINT(情報収集)機として変更されたもので、右舷に監視レーダー装置(SLAR)を付けて ソ連と中国の情報収集に当たりました。そのうち1機は、台湾海峡上で撃墜されたと言われています。
 そう
言えば、3年前に彩雲会の11月例会にお邪魔した時に、山内秀樹会員の講義がRB-69Aについてだったことを思い出しました。でも、中身をすっかり忘れてしまいました。山内さん、4607がそうなのかを含めて、一筆お願いできませんか。

H 山内シンクタンクの講義 


 

 ・ 砲塔   供与1号機と2号機の写真には、胴体の上に回転式の銃座が見えますが、海上自衛隊はすぐに撤去しました。ジェット戦闘機時代にあって、明らかに無用の長物であり、日本向けに特注した機体に何故砲塔をつけたのか、ちょっと意味が分かりませんね。

     

 

日替わりメモ 12月4日

News460

ニュースフラッシュ  航空自衛隊  嶺岡山分屯基地 基地開放

News459 

ニュースフラッシュ  航空自衛隊 平成30年度百里基地航空祭  前日開放のF-4を追加

 

〇  百里基地 と嶺岡山分屯基地

 百里公開の前日は素晴らしい青空でした。飛行浪人さんの特別塗装機の飛行写真を追加しました。見せてくれた背中には、左翼1974とF-4、右翼に2019とファントム(妖怪)Uがデザインされています。まるでキャンバスのようです。

 嶺岡山分屯基地も晴天下、陸自のAH1S、海自のSH-60Kが来て、普段は地味なベースに華を添えていますね。

     

今日は
何の日

2005年 浜松基地 富士T-1Bが最終展示飛行 掲載ページ富士T-1A/B最終飛行

 

日替わりメモ 12月3日

News459 

ニュースフラッシュ  航空自衛隊 平成30年度百里基地航空祭

 

〇  平成30年度百里基地航空祭

 昨日の予行は好天気でよかったのに、今日は曇り、おまけに自家用車乗り入れ禁止、オールシャトルバスなので空いているかと思いきや、やっぱりの混雑、いい写真がとれませんでしたと、恨み節とともにイガテックさんの画像が送られてきました。まあ、そういうこともあります。F-4ファントム基地の平成最後の公開で、華やかな特別塗装機などしっかり記録することができていいじゃありませんか。

     

今日は
何の日

1954年 米海軍がノースアメリカンSNJを海上自衛隊へ供与開始 掲載ページSNJの経歴と写真
2003年 富士重工でT-1B 35-5866がアイランの最終号機としてラインオフ 掲載ページ富士T-1A/B最終飛行

 

日替わりメモ 12月2日

 P2V-7

航空歴史館  ロッキードP2V-7ネプチューン研究 開始

 

〇 ロッキードP2V-7ネプチューン研究 開始

 マニアにネップと呼ばれて親しまれていた海上自衛隊のP2V-7研究を開始しました。アメリカは、四方海に囲まれている日本における哨戒機〜対潜機の重要性を認識しており、戦後、取り敢えず(と思う)お古TBMアベンジャーを供与しておいて、ロッキード社にP2Vネプチューンの最新型の生産を発注し、16機供与、次いでS2Fトラッカー60機を供与しました。

 日本をしてソ連の潜水艦を監視させる政策は、P-2JそしてP-3Cオライオンに引き継がれ、完璧な体制で冷戦の終結を早めたことは山内論文で明らかなとおりです。今は、中国とロシアの監視を川崎P-1がしっかり引き継いでいるのかどうかは知りませんが、対潜史において、P2V-7とS2Fが果たした役割は大きいものと思います。

 先ずは、 ロッキードP2V-7ネプチューンの歴史を振り返っていきます。


〇 終戦時5年生の軍国少年が73年ぶりに飛ばす紙飛行機です。広島県神石高原町のとよまつ紙ヒコーキタワー、360度眺望のきく山(標高600)の上で、写真のY君をはじめ童心にかえって大いにはしゃぎました。佐伯式紙ヒコーキは1分近く飛んだので威張っていたら、ここの公式記録は21分だと聞き ギャフン!

     

今日は
何の日

 
1967年 MU-2S初号機 73-3201 航空自衛隊へ引渡 千歳救難隊  掲載ページMU-2S研究
1967年 F-104J最終号機  76-8710 航空自衛隊へ引渡 掲載ページF-104研究
1968年 分離していた川崎の会社が合併 川崎重工業株式会社発足

 

日替わりメモ 12月1日

News458

羽田飛来機通信 アブドッラー2世ヨルダン国王特別機

 

〇 ヨルダン

 ヨルダンがどこにあるかご存知ですか。外務省ホームページの地図で確認しておきましょう。 
            
 中東で唯一の穏健な全方位外交を執るヨルダンは、我が国とっても重要な友好国です。安倍総理が国連総会の場で国王と会談したり、国王自ら訪日してくれたりするニュースを聞くたびに、ほっとします。その気持ち、あなたも地図をみれば分るでしょう!

      

今日は
何の日

1938年 大日本航空設立(日本航空輸送と国際航空が合併) 掲載ページ日本航空輸送と国際航空の旅客機
1956年 航空自衛隊が矢ノ目基地にT-6による第2操縦学校開設 掲載ページノースアメリカン T-6研究 
1957年 全日本空輸(株)発足 極東航空の路線継承 掲載ページ日本におけるダグラスDC-3研究
1967年 全日空が長崎航空の路線継承 掲載ページDC-3研究JA5027

 


インターネット航空雑誌ヒコーキ雲編集ノート お願いなど

日替わりメモ 9月07日

 

お断り : このところ大きな自然災害や航空機事故が頻発し、田舎の一ヒコーキマニアとしても胸の痛む思いです。本来、お見舞いの言葉など記すべきかもしれませんが、ヒコーキ雲として災害や航空機事故については触れることなく、通常通りの更新作業を続けております。
 空虚な言葉を並べても詮無いことであると考えているからです。その代わりに、救助救援活動の一助に貧者の一灯を送ることをもってお見舞いの志(こころざし)としております。 

                                      ヒコーキ雲制作 佐伯邦昭

   

 

日替わりメモ 2018年5月15日


〇 感想と提案  Kさんから

 毎朝の更新お疲れ様です。昨日の「今日は何の日」を見て下郷さんのお名前が目に留まりました。ご命日だったのですね。 頂いたCDの記録を時々開いておりますが、氏の人柄が滲んでいる事を感じます。 どんなお声の方だったのか・・・・・と思います。 フィールド・ワークを実践された方ですね。 今は天国で時間をかけ更に各地を行脚されておられることでしょう。

  4且29日にご紹介の「中公新書 日本軍兵士 −アジア・太平洋戦争の現実」を地元図書館にWeb予約いたしました。 その予約順位が93番目という事で驚きました。梅雨に入ってしまいそうです。

・ ヒコーキ雲への投稿の取捨選択について

 佐伯さんの元には毎日何件程の投稿があ るのでしょうか。新参者の私ですが、何を投稿したか、そしてダブらぬ為に先月からエクセル表に纏め始めました。昨年8月から27回に至って おり、いささか驚いています。 因みに打率(? 採用率)は七割四分というところでしょうか。それについて思うことが あります。

 誰しも投稿が取り上げられることを願っていると思います。
 
当然ボツもあります。理由はいろいろありましょう。 一番は投稿規定やタイムリー、中身の質、内容の優先順位等々と思います。投稿規定は表紙の一番下と、日替わりメモの最下段のNOTEにありますが、内容的な意味での規定は無いように思われます。

・ そこで提案 

 以前、「記者は読者の皆さん」そんな記述があったと思います。そこで、「受信メールや手紙受領からの手順のあらまし」の中に、下記の一文を書き加えて頂ければ、記者としては高みを目指し励めるのではと。

   『採用の有無を  「採用」 「不採用」 「預かり」 等の表記で返信する』 をNOTEに追加する。不採用ならばその理由を佐伯節調にズバリそして簡潔に 返信する。  

  なるべくお手間を取らせぬようと思っていますが、如何でしょうか。内容的にボツなのか、編集長のファイルの挟まったまま行方不明なのか投稿者も安心出来るのではと思った次第です。 高みを目指す新米記者よりの勝手なお願いです。


 佐伯から : 痛いところを衝かれたねえ! しかし、これは、ヒコーキ雲を始めた時からの懸案というか、投稿の皆さんのご不満の最たる事案であります。日々のメールに対して、受け取ったとの礼も返してこないのは傲慢であると言って付き合いを絶った人も居ます。

@ でもねえ、考えてみてよ。航空史の空白を埋めるためとかの立派なテーマを掲げてはいるものの、内容がここまで幅広く深耕されてくるとは全く想像もできずに始めたサイトであり、不遜ながら言わせて頂くと、ここ10年くらいは投稿に追いまくられている状態です。

A 商売として付きっ切りという訳にはいきませんので、原則として早朝の2〜4時間で、頂いているメールや手紙の検討、文献や他サイト参照、自分独自の研究までこなすとなると、7時半くらいまでの更新作業とアップロード作業が手一杯です。

B 言い訳を継ぎ足しますと、高齢による脳の退化、眼の老化(これが特に厳しい)、持続力の減退もあり、早朝だけではこなしきれないので、日中にヒコーキ雲を手掛ける時間が増えてきたのですが、家事や町内や同窓会等諸用務、それに人生の終活作業もあって、どれもこれも中途半端であります。おまけに我が家の裏に接して15階マンションの工事が始まり、昼間は騒音と振動の毎日であります。

C よってますますメール返信を怠る度合が増えています。どうかお許しください。

D Kさんが言いたいのは、採用・不採用の基準をはっきりさせることでしょう。
 私にはそのような基準を設ける学識はありません。ですから55年前に広島航空クラブニュースを出した時から「ヒコーキマニアの自由な広場」を標榜してきました。どなたでも自由に発言(投稿)できる広場を目指すことに今も変わっておりません。対象範囲の不揃い、レベルの上下、具体の大小、ミスの内包など様々に混合しています。それを、平均化していく力はないのです。 ただ、私の脳のレベルで文章を直したり、写真を修整したりしているので、そのフィルターを通過する意味では事実上の採用・不採用になっているかもしれませんね。

E ですから、採用・不採用を原則として返信することはありません。余程のことが無い限り、頂いたものは掲載します。いつまでたっても載らないのは、私がその所在を忘れているものとみて挨拶抜きで催促してください。その時にはお詫びとともに返信いたします。

F 今日現在も、写真や書籍をアップしなければならない予備兵が山積しています。ぼつぼつ片付けていきますが、その間にも新しい重要な情報が寄せられることでしょう。

 Kさん、ご提案に対して返事になりましたか? いい機会として、日頃の考えを書かせて頂きました。ありがとうございました。

    

 

 

日替わりメモ 12月28日


〇 図書からの転載について

 図書からの転載について説明しておきます。

@ 酣燈社航空情報 2008年2月13日付け文書で「弊誌が出典であることを明記」の条件で使用許可を貰っています。道義上、古典文献化している1970年代以前の航空情報誌からの転載を原則としています。

A AGC出版からも、原則使用OKの許可を得ていますが、道義上、航空史の空白を埋めるための最小限の使用にとどめています。

B 文林堂の出版物 社是として包括使用許可を貰えないので、一件ごとに申請することになりますが、少々面倒なので最近は遠ざかっています。

C 単行本などは、図書室で表紙の写真と目次や巻頭言など最小必要限度の転載を行いますが、写真や本文は、著作権期間内であれば許可を求めて転載しています。

D 世界の航空機その他廃刊雑誌などの著作権の切れた図書については、無許可で使用しますが、これも航空史の空白を埋めるための最小限の使用にとどめています。
 

 以上、佐伯は著作権に関する専門知識を持ち合わせていませんので、違法行為を犯しているものがあるかもしれませんが、常識的には、速度80km制限の道路を少々オーバーして走っているようなものと心得ております。

 人々の目に触れなくなって久しい史資料など発掘して、我が国の航空の歴史をより広く正しく後世に伝えていきたいというインターネット航空雑誌ヒコーキ雲の目的を「忖度」してくだされば幸せです。

 

 

受信メールや手紙受領からの手順のあらましを書いておきます。

 メールを読む

 航空に関係あるメールは、本文はメモ帖又はWordに移して、Dドライブの @航空写真保存のアイウエオ階層の中から A氏名毎のホールダー保存する。添付ファイルも同じフォルダーに保存する。大抵の場合は、氏名毎のホルダーの中に新規に B「2017-0000**基地航空祭」といったホルダー新設する場合が多い。(つまりツリー構造は3〜4段階になる)

 Wordの添付で送られてきた画像は、「ファイルに保存する」から上記Bへの手間が増える。

 郵送で写真が送られてきた時は、1枚ずつスキャナーにかけて複写し、1枚ごとに名前を付けてA氏名毎のフォルダーに保存する。これには随分時間を食う。

 以上で保存した資料の中から、毎朝、どれかを選んでインターネット航空雑誌ヒコーキ雲ホルダーの都道府県別やニュースフラッシュなどのファイルに区分して移し替え、横800ピクセルや横640ピクセルに揃えて、傾きや不要部分のカットなど修正を施し 、1画像ごとに件名を付して、ホームページ作成サイトのFrontPageにコピーする。

  その際に、投稿者に確認や質問の必要が生じたら、メールで答えを求めるために後日へ先送りとなる。

 FrontPageでは、既存ページの更新若しくは新しいページの作成作業を行い、画像を張り付け、説明などを書き入れる。この際に機名や歴史や環境などを書籍やネットで調べるので、これに相当のエネルギーを消費する。

 目次など関連ページへのジャンプができるようにハイパーリンク作業を行う。これにもかなり時間を食う。

 更新若しくは新規ページが完成したら、日替わりメモを書き、トップページに更新項目を継ぎ足してFrontPageを閉じ、有料契約している転送サイトを通じて同じく有料契約しているプロバイダーに送って終了となる。

 如何ですか。ブログ(直接投稿)形式のネットなら定められている方式に従って書き込みと画像添付だけの操作で済みますが、自前のホームページは、その数十倍の手間が掛かることをお分かりいただけましたか。

 昨日は、昭和57年度航空総隊総合戦技競技会の参加機の編集を終え、転送サイトへ送る寸前に、何か間違った操作をしたらしくて、dansa@hicat.ne.jpが見つかりませんという表示が出てすべてアウト、その復旧に3時間かかりました。こういうアクシデントも随時発生 というのが現状です。

      

 

情報のご提供者にお願い

 受け取る方から無理が言える義理ではないのですが、1人編集を助けるつもりで次の4点にご考慮頂けるととても助かります。

@ 写真はJPEG方式の添付ファイルで送ってください。
 
最近、メールのメッセージ欄の中に挿入したり、Wordに納めて送ってくださるのが増えており、画像の取り出しに手間が掛かって紹介が遅れてしまうのです。 

A 画像は横1000ピクセル以上が好ましいです。合計20メガ程度でも一度に 受信可能です。

B 画像は加工せず、生のまま送ってください。生だと撮影時刻が分るので、特にニュース編集の際に助かります。 

C 印刷物の複写には、奥付など発行日と発行者が分る部分を必ず添付してください。こちらでの調査の手間が省けますので。


・ 既にお気付きかと存じますが、既出の展示機などを再掲する場合に、元ページの写真を大きいものに替えるなど見直しを進めています。

 航空史探検博物館を始めた頃には、パソコンの容量が小さいために、何もかも小さく載せざるを得ませんでした。小写真 は横355ピクセル、大写真は横600ピクセルでした。
 現在は、ニュースフラッシュは横800ピクセル、その他のジャンルでは原則として横640ピクセルに統一しています。従って見直しの場合も原則横640ピクセルに拡大している訳です。
 ただし、拡大しようにも原版のストックが見当たらないものがあります。提供者の方で気が付いたら改めて大きいサイズで送って下されば、より見やすくなりますので、協力してください。

 

 

 ◎ 写真提供についてお伺いします    


 郷土出版社の「ふるさと小牧」の取材をしております篠原と申します。航空機関連の素晴らしいHOME・SITEMAP・サイトマップページを拝見させていただきました。来年、小牧市 は市制施行60周年を迎え、それに際して来年3月に小牧の古い写真の写真集の取材を行っております。 ご存知の通り、小牧市において空港の歴史 はかなり大きなポジションを占めるのですが、現在の県営名古屋空港の積極的な協力が得られず、空港の写真も自衛隊、行政の協力のみで、あまり、良い写真が集まりません。
 その折に、このHOME・SITEMAP・サイトマップページに出会いました。や はり、マニアの方々、素晴らしい写真で歴史的な機体や風景が多いです。そこで、ぜひ、当社の写真集に写真を掲載させて頂きたいのですが、可能でしょうか? もちろん、写真提供者名を入れ、提供者に は完成した写真集を贈呈致します。よろしくお願い致します。
     郷土出版社 東海地方取材担当 
     編集プロダクション 拠n球デザイン 代表取締役 篠原史紀

 上記のとおり依頼がありました。趣旨は悪くないので協力してあげたいと思います。ついては、次のクレジットを入れ、かつ写真撮影者(提供者)に本を贈るという条件で承諾していただけるかどうかお伺いします。

    撮影者名と「提供インターネット航空雑誌ヒコーキ雲」を明記


・ 今後もすべてこの方式でやりたいので、ご賛同をお願いします。

 今回の案件だけでなく、今後申し入れのあるすべての案件に適用したいと存じますので、ご賛同をお願いします。反対の方は24日までにメールしてください。格段のご意見がない人について はご承諾されたものとして扱わせていただきます。                                  2014年11月18日 インターネット航空雑誌ヒコーキ雲制作 佐伯邦昭

 扱いを決定します

 期限までに回答があったうち、お一人から商業目的のものへの提供は断るとの意思表示がありましたので、それに従います。そのほかの人については、上記の方針で扱うことに決定いたします。
 外部へ提供する前には、必ず
撮影者(提供者)にお知らせすることを約束します。それに応答の無い人及び連絡不能の人について は、当方へ一任扱いとさせていただきます。

          2014年11月25日 インターネット航空雑誌ヒコーキ雲制作 佐伯邦昭

       

 

 

CD頒布 CD頒布

機関誌「つばさ」と「AOZORA 蒼空」の全ページ(入手できているもののみ)
        

裏方の見た呉海軍工廠

歴史学者や艦船の専門家が脚色した歴史書と違って、見たまま、経験したままを素朴に記述している点がひそかに高い評価を得ているものと思います。日本海軍の艦艇や水上機に関心を持つ人に、改めて推薦しておきます。CD頒布のお知らせの中の思い出文も併せて参照してください、

       

 

送料込実費2000円で頒布中 メールで申し込んでください。(sa@hicat.ne.jpの頭にdanをつける     

        

更新 2018/12/18 17:47