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日替わりメモ

早朝の更新作業でミス多発です 見付けたら直ちにメールしてください  
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今日は何の日 欄は 原則としてインターネット航空雑誌ヒコーキ雲に情報が載っている件に限ります

日替わりメモ 7月19日 本日の更新

A2109-01  都道府県展示保存機総覧  海上自衛隊大湊航空基地の展示機の変更
A3407-02  航空歴史館 群馬テレビ 放映 夢を叶える飛行場を!大西勇一

 

〇 大湊航空基地の展示機の変更

  機番を変更されていたKM-2とT-34Aが撤去されておりました。残っているHSS-2Bも機番を第25航空隊にちなむらしい数字に変更され、新たに展示されたSH-60Jの真の機番は不明ということです。11日の本欄に書いた三沢基地の場合もそうですが、苦労して展示してやっているのだから、マニアの分際で文句を付けるなという士官室での嘲笑が聞こえてくるような気がします。
 正しい歴史を遺すことの基本を踏んだ上での措置なのかどうか、士官室で聞いてみたいです。

〇 夢を叶える飛行場を!大西勇一

 群馬県の皆さん、見ましたか? 大西(館林)飛行場を作り、自作機も飛ばした大西勇一さんの足跡を取り上げたいい番組でした。チャーミングなキャスターがインタビューする相手の大西さんはなんと95歳、その作業小屋の風景がまたなんとも興味をそそられます。

 番組には、ヒコーキ雲上のHSC-Mさんの写真がたくさん用いられています。もちろん、インターネット航空雑誌ヒコーキ雲のクレジットも大きく入っています。


〇 昨日の写真について  飛行浪人さんからメール

 佐伯さんが書いている米軍譲りの移動ピット(作戦指揮車?)というのは、移動式掘っ立て小屋通称”モーボ”と呼ばれています。主に各飛行隊ごとに運用して離着陸機の安全確保が主任務、特に着陸機の脚出し忘れに効果を発揮しているようです。新人や干されたパイロットがこの任務に付かされると聞きました。正式名称はモバイル コントロール ユニット”だそうですがそれなら”MCU”のほうが良いと思いますが由来はわかりません。モーボで検索するといろいろと出てきます。

 
佐伯から : 掘っ立て小屋でしたか。それにしては大切な任務を抱えて居ますね。「干されたパイロット」 〜 戦争中に負傷して搭乗できなくなった古参兵が、ピットの前にたむろして、帰還してきた若い操縦士などをいびりまくっていた風景を思い出しました。そこの二人もそうかな。 

             

 

日替わりメモ 7月18日 本日の更新

NN484 羽田飛来機通信 エンブラエル E195-E2 デモンストレーション機飛来

MDAP機
一次発注機
二次発注機
編隊飛行

航空歴史館 航空自衛隊F-86F研究 #528の写真を追加
航空歴史館 航空自衛隊F-86F研究 #731,732の写真を追加
航空歴史館 航空自衛隊F-86F研究 #808、423の写真を追加 
航空歴史館 航空自衛隊F-86F研究 編隊飛行の基本隊形

 

〇 エンブラエルの快走

  次々にヒットを打ってくるエンブラエルという感じを受けます。三菱航空機は 、機名を変えたりボンバルディアの一部門を買収したりの応戦体制ですが、猛スピードで進歩するAI技術などについていけるのか、更に開発に時間がかかってしまうのではないかと心配です。

 

〇 航空自衛隊F-86F

 古い航空情報にいい記事と写真がありました。(写真は、19日に移動) 
 浜松基地の北側を用地買収して浜松北基地を設けて2年後くらいの訪問記です。築城でT-33A過程を卒業した若者が、ここで待望のF-86Fパイロットになるための猛訓練を受けます。1時間半の飛行訓練をやって帰還したハチロクを、10分間で給油と酸素補給をやり、次の訓練生を飛び立たせる野だそうです。この写真、米軍譲りの移動ピット(作戦指揮車?)や自転車など、エプロンの動きが伝わってきます。この#528をはじめ、未掲載の機体も何機かあり、また、編隊飛行の基本フォーメイションも紹介してあるので、転記しておきました.

             

今日は
何の日

1965年 東北電力のウエストランドシコルスキーS-51 JA7025 もがみ号が墜落 掲載ページ 東北電力のS-51とベル47

 

日替わりメモ 7月17日 本日の更新

DC-8研究

航空歴史館  日本におけるダグラスDC-8研究 開始

 

〇 ダグラスDC-8研究開始 故桑原 益君に捧げる

  開始とはいいますが、日本におけるダグラスDC-8については、外国機の飛来記録を含めて故桑原 益君のち密な研究成果がありますので、同じヒコーキマニアとして、別角度で取り上げることに非常な躊躇があります。
 CONTRAIL誌に連載されたものを復刻すれば済む話しではありますが、膨大な量になってしまうのでむりです。そこでそのエッセンスを少しずつ頂戴しながら、ヒコーキ雲流の経歴と写真というスタイルでまとめていきたいと考えています。

 完成すれば、インターネット航空雑誌ヒコーキ雲におけるDC-3、DC-4、DC-6B、DC-7C、DC-8のDOUGLASシリーズが揃います。マクダネルだのボーイングだのの紛らわしい社名になる前のすっきりした「ダグラス社」で‥‥!

 願わくば桑原君よ、おい、佐伯さん、そこは違うよなどどとアドバイスをしてくれないものか、夢の中ででも‥‥!  

             

今日は
何の日

1965年 下総のP2V-7 4614 銚子沖で照明弾に引火し墜落 掲載ページ P2V-7研究

 

日替わりメモ 7月15日 本日の更新

DC-6B研究

航空歴史館  日本におけるダグラスDC-6B研究 3機の写真を追加

 

〇 ダグラスDC-6B

  JA6203 City of Nara号が、ジャーマンエアのD-ABAYとなって大阪国際空港に飛来した日、濱野さんは伊丹始まって以来というスモッグの下で、Bランに何が着陸したのか分からず、スポットインして初めて機首にわずかに残るCity of Naraの文字で、元日航のDC-6Bと分かったのでした。
 スモッグ 懐かしい単語です。大阪が一番ひどかったですが、東京も、もちろん広島市だってどんよりとした曇り空が毎日続いて憂鬱だったなあ。高齢者で呼吸器系の病気で亡くなる人は、あの頃のスモッグが遠因かもしれませんよ。

 JA6207 City of Fukuokaの写真も追加したついでに、航空情報の古いニュース欄から、パンアメリカンからN5024Kをチャーターし、羽田に到着したという切り抜きを貼っておきました。それには、福岡号と命名したとありますし、日航二十年史ではCity of Fukuokaと記しています。2機のCity of Fukuokaが飛んでいたという不思議について、更に情報が欲しいです。

 

           

 

日替わりメモ 7月14日 本日の更新

NN483 羽田飛来機通信 東京国際空港に飛来したG20 大阪サミット 2019の特別機など 完了

 

〇 東京国際空港に飛来したG20 大阪サミット 2019の特別機など

 羽田で翼を休めたG20のVIP機など発表を完了しました。仏、独、露、サウジアラビア、トルコの参加国とチェコ、トルクメニスタンの延べ18機です。このうち最も豪勢なのは、ボーイング747に乗ってきたサウジアラビアのファイサル皇太子で、随伴と思われる機体がボーイング777、ボーイング737、A330に加えて病院機のガルフストリーまでやってきました。

 その次が、やはりボーイング747のトルコのエルドアン大統領です。随伴がA330、大統領専用車を運ぶ空軍輸送機A400、それに半月ほど前に来日した商業大臣と産業技術大臣のA319も加えると4機、赤白の派手な塗装で大いに目を引きました。

 関空、伊丹、セントレアの写真はありませんが、それでも2019年現在の世界のVIP機の一端を知ることが出来ます。モノレールの往復やターミナルビル展望デッキと駐車場を駆け巡り、時には濡れネズミになって記録してくれたハロースクエアさん、ほんとに、ほんとにご苦労様でした。
 

           

 

日替わりメモ 7月13日 本日の更新

T33A研究

航空歴史館  航空自衛隊T-33A研究 全機経歴と写真に3機追加

 

〇 第2補給処で消火訓練

 今朝アップしたT-33Aは、いずれも岐阜基地の第2補給処で消火訓練の機材に供されたもので、焼けただれた痛ましい写真ですが、立派に最期を全うしてくれた訳です。 当然のことながら座席と高価なジャイロ機器などが取り外された上での点火であり、1機について2〜3回行われていたそうです。                           

           

 

日替わりメモ 7月12日 本日の更新

A8505-01

都道府県展示保存機総覧  熊本県 北熊本駐屯地の展示機 更新

NN483 羽田飛来機通信 東京国際空港に飛来したG20 大阪サミット 2019の特別機など 連載2

 

〇 北熊本駐屯地の展示機  

  北熊本駐屯地のゲートガードは永らくLR-1、UH-1H、OH-6Dで固定しているみたいですが、22年前の写真を見ると、かなり頻繁に入れ替えていた模様です。最近では、いずこもこのような展示機の入れ替えや新規展示が減っているような気がしてなりませんが、自衛隊幹部に、一種の展示機慣れというか関心が薄れてきた、よく言えば、現実の隣国情勢対応に時間を取られてゲートガードなどを考慮する気分になれないということでしょうか。

 なれば、インターネット航空雑誌ヒコーキ雲が、その欠陥を穴埋めしてあげましょう。全国の自衛隊員よ、先輩が活躍してきた足跡の上にこそ君たちの存在があるということを、もの言わぬ展示機たちからしっかり学んでほしい。

 

〇 G20 大阪サミット 2019の特別機など 連載2

 G20には関係なさそうですが、トルクメニスタンの外務次官が乗ってきた特別機ボーイング777について、空席を往復200ドルで一般販売したそうです。 どのような座席配置か分かりませんが、少なくとも250席以上はありますから、外務次官クラスの要人なら警備上も全席を確保しておく必要はなく、むしろ運航経費をひねり出せ、あわよくば、日本から観光客を運んで来いというアイデアだろうか。愉快ですね。

 因みに、トルクメニスタン共和国とは、イランの東北に位置するカスミ海沿岸の国であります。

           

今日は
何の日

1960年 全日空のバイカウント就航 東京〜札幌 掲載ページ バイカウント研究

 

日替わりメモ 7月11日 本日の更新

F86D技術

航空歴史館技術ノート  F-86Dの後部胴体の空気取入口について エンジン室内の写真

A2107-13

都道府県展示保存機総覧  三沢基地展示の航空自衛隊F-86Fのナンバーに変化

 

〇 続々 F-86Dの後部胴体の空気取入口  

 飯野先生が排気口から潜ってエンジン室内の写真を撮ってくれました。 胴体の内部写真なんて世界初公開でしょう。
 A・B・C各インレットからの冷却空気の流れも図示してあります。エキスターナル型の拡大写真から想像するに、A・Bのインレットは、全機NACA型で製作されており、、ある時期の製造ラインからより効率的な流入をはかるためにエキスターナル型の箱を取り付け、それまでの機体にも後付けしたと考えれば、写真上で製造ブロックナンバーによる差別が見当たらない理由もうなづけるというものです。

〇 三沢基地のF-86F記念展示の航空自衛隊ナンバーの怪

 航空自衛隊正規ナンバーの62-7508が、55-7508に書き換えられていました。55が、MDAP供与のために米軍がノースアメリカン社に発注した西暦1955年を意味するものと解するならば、日米の協力関係或いは米国の恩恵を表そうとしているのでしょうか。機体の歴史をねつ造してしまう迷惑な話です。第3航空団司令は、米軍に訂正を申し出るべきです。

 Shinさんは、今年になって三沢航空祭の写真を見直していて、この書き換えに気付いたそうですが、普段は見落としがちな展示機のナンバーにこのような変異もあるという問題提起になりましたね。

          

 

日替わりメモ 7月10日 本日の更新

NN483 羽田飛来機通信 東京国際空港に飛来したG20 大阪サミット 2019の特別機など 連載1

質問箱54

航空歴史館  皆さんは、このF-86Dをどう見ますか

 

〇 東京国際空港に飛来したG20 大阪サミット 2019の特別機など

 G20の特別機ラッシュは、警戒レベル特1の関空に代わって、羽田やセントレアでスポッターが活躍しました。
 羽田からお馴染みの飛来機通信は、3日分の記録です。量が多いので、今朝は6月28日撮影分だけを掲載しました。旧整備場地区に翼を休めている機体を写すためにモノレールを3往復した熱意に拍手です。

〇 皆さんは、このF-86Dをどう見ますか

 まあ、結論は出ているのですが、変色した1枚の古い写真が物語る情景、後方へ跳ね上げるべきF-86Dのキャノピーがスライド式になっている、ちょっと見では誰でもF-86Fだと思ってしまうでしょう。そこから展開する推理を若い人にも楽しんで貰いたいと質問箱に入れておきました。 

          

今日は
何の日

1961年 全日空のF-27路線就航 大阪〜高知など 掲載ページ F-27フレンドシップ研究

 

日替わりメモ 7月9日 本日の更新

S2F-1
P2V-7

航空歴史館  グラマンS2F-1トラッカー研究 「ト」時代の4101の写真
航空歴史館  ロッキードP2V-7ネプチューン研究 「カ」時代の4610の写真

人生録69
A3632-25

航空歴史館・人生録  自作機 Ultra Cruiser "God Gift" ホンダエアポートの写真
都道府県展示保存機総覧  NPO法人立川航空宇宙博物館 の記録

 

〇 「ト」「カ」時代のS2F-1とP2V-7のツーショット

 HORNETさんが入手した大判の写真は、「ト」=後の第11航空隊と「カ」=後の第1航空隊を付けていますので、1957年に供与された早々のツーショットではないかと思います。第1級航空資料に匹敵します。場所は、徳島か鹿屋でしょう。

 

〇 Ultra Cruiser "God Gift"が桶川のエアショーで飛んでいる写真の紹介に合わせて、制作者の藤田さんを紹介してくれた香田隆正さんのNPO法人立川航空宇宙博物館のことも記録しておきました。米軍から返還後の立川基地に広大な未利用地があるので、そこに本格的な航空博物館を建設して貰いたいという請願を行い、立川市議会が採択し、大きく進展するだろうという新聞記事と香田さんの博物館のパンフレットです。

 もとより、その後の進展は見られないし、地元においていろいろあるとかの噂も聞きますが、我が国のこの種の団体は、殆どがお遊び的なものの中で、香田さんが熱心に活動したという事績だけは、歴史記録に残しておきましょう。

      

 

日替わりメモ 7月8日 本日の更新

人生録69

航空歴史館・人生録  家の中で組み立てた自作機 Ultra Cruiser "God Gift"

 

〇 昨日の自家用機操縦免許の話しに続いて、今朝は自作機の話しです。
 知る人ぞ知るで、新しい話題ではありませんが、14年前に、藤田恒治さんがアメリカから買った金属製のキットを座敷の中で組み立てた状況を、香田隆正さんが報告してくれていました。

 終活の整理中に手紙と写真が出てきましたので、ヒコーキ雲上の記録としておきます。そういえば香田さんのNPO法人立川航空宇宙博物館の情報が途絶えています。青木航空塗装に復元したセスナ170B JA3014A3632-11参照)など、その後どうなっているのでしょうか。心配です。

       

今日は
何の日

1955年 海上自衛隊ロッキードPV-2 4109 鹿屋市に墜落 掲載ページ PV-2ハープーンの歴史 

 

日替わりメモ 7月7日 本日の更新

人生録68

ヒコーキマニア人生録  航空免許取得の奮闘記 山田盛雄

 

〇 先に予告していた朋友故山田盛雄君の回想記を転載しました。
 社長が長期休暇を取ってアメリカのパイロット訓練学校に入校するということ自体、我々の常識を越える所業でありますが、そのあたりをダイナミックにえがき、更に当時の航空行政(自家用機に関しては今もあまり変わっていない)等への言及もあって、好個の文献となっています。

 読んで面白い文章でもあるので、どこかの航空雑誌が取り上げてくれないかしら。

       

今日は
何の日

1964年 ヘンリー大江氏のPA24コマンチ N7958P 太平洋を横断して羽田に到着 掲載ページ 写真東京国際空港の歴史 

 

日替わりメモ 7月6日

今日は
何の日

1939年 海軍が各務原飛行場でに十二試艦戦の初の官試乗を実施 

1960年 全日空がビッカース社からリースしたバイカウント1番機 G-APKJ 羽田に到着 
                       掲載ページ
 写真で見る東京国際空港の歴史 バイカウント研究

 

日替わりメモ 7月5日 本日の更新

DC-6B

航空歴史館  日本におけるダグラスDC-6B研究 JA6202、6208のカラー写真を追加

F86D研究

航空歴史館  航空自衛隊ノースアメリカンF-86Dセイバードッグ研究 新規5機 更新3機

S2F-1研究 航空歴史館  海上自衛隊グラマンS2F-1トラッカー研究 新規1機

 

〇  DC-6Bの写真を追加

  戸田さんの羽田の写真を見直していたら、DC-6Bのカラー写真が2枚出てきました。1960年1月の撮影ですから、カラーフィルムは高値の華の時期だったと思いますが、昨日のメモは取り消します。

 

〇 航空情報1960(昭和35)年5月号から

 調べ物があって航空情報1960年5月号を開いたら、アートページからグラビアページまで思いがけない多くの写真にぶちあたりました。

・  F-86Dセイバードッグ : 航空自衛隊提供の小牧基地第3航空団でのF-86D訓練の模様が6ページにわたって紹介されています。実戦配備前の訓練時のもので、尾翼は米軍のエンブレムとシリアルナンバーを白く塗りつぶしたままで、鯱マークはまだ入っていません。24発のマイティマウス ロケット段を傘立てのような運搬車で運んでいる写真もあります。ヒコーキ雲未掲載の機体が5機もあり、これで全122機中の写真掲載率は81.1%に達しました。

・  S2-1Fトラッカー : アートページの見開きでF-86Dと並んでいます。海上自衛隊が鳴門海峡の上で写した精悍な飛行姿です。これで全60機中の写真掲載率は83.3%に達しました。

・  渡辺俊彦さん : Mail Box読者の頁に彼の投稿写真が載っています。
 今年3月に亡くなり、先日そのお別れ会が開かれたそうです。 この撮影から59年目羽田のターミナルビル屋上で倒れたということです。ベテランの飛行場スポッターらしい壮烈な最期だったのですね。
 彼は、早稲田を卒業すると東亜航空に入社し、広島でも働いていましたが、私にはマニアとしての付き合いの記憶がありません。日本エアシステム退職まで、セミプロの飛行場スポッター
として稼いでいたのでしょう。(上の写真はスチンソンL-5の歴史に拝借しています)

       

 

日替わりメモ 7月4日 本日の更新

DC-6B

航空歴史館  日本におけるダグラスDC-6B研究 JA6205 City of Osakaのカラー写真を追加

 

〇 DC-6Bの写真を追加

 日本におけるダグラスDC-6Bの活躍は1950年代前半から約10年の期間で、ヒコーキ雲には、サターン航空塗装の練習機を除いてモノクロ写真しかありませんでしたが、JA6205 City of Osakaのカラー写真が出てきたので、加えておきました。スライドからの紙焼きのようで程度はよくないですが、日航マークが鶴丸に代わる以前の撮影で、一応歴史の記録として。


 実は、ノースアメリカンF-86D全機の経歴と写真が終わった時点で、次はダグラスDC-8を期待すると、早々とたくさんのカラー写真を送りつけてきた人がいます。今のうちに出しておかないと、陽に当たらないまま焼却場行きになってしまうという危機感のなせる仕業か?
 やれやれ、また新シリーズかと気が重いのですが、日本のフラッグシップをDC-6Bから引き継ぎボーイング747に引き渡すまで世界に羽ばたいた38機の航跡は圧巻です。やらざるを得ないじゃろうて!
 初号機が日航へ来た時の状況は写真で見る東京国際空港の歴史
1960年に詳しく紹介していますので、それ以降の各機の歴史、皆さんからの写真を待ちます。 

・ もちろんF-86D技術ノートの後部インレットなどの研究を終えているわけではありません。全天候迎撃戦闘機の概念を変えた傑作機として、まだまだ論を広げていくつもりです。

   

今日は
何の日

1954年  日東航空(産経新聞チャーター)のビーバーJA3043 琵琶湖海開きを撮影中墜落 
                                     掲載ページ 水陸両用機の歴史
 

 

7月3日

今日は
何の日

1951年 大阪飛行場が大阪国際空港に昇格  掲載ページ 写真で見る東京国際空港の歴史 
1952年 羽田に初めてのジェット旅客機 コメット1型の飛来 掲載ページ  写真で見る東京国際空港の歴史 
1971年 東亜国内航空YS-11 JA8764ばんだい 函館空港北の横津岳に墜落 掲載ページ  YS-11研究TDA

 

日替わりメモ 7月2日 本日の更新

CONVAIR

航空歴史館  日本におけるコンベアライナー研究 写真を追加

 

〇 コンベアライナーの写真を追加

 CV240とCV440の写真を数枚追加しました。新発見のようなものではありませんが、このまま紙焼きで眠らせておくのももったいないと思いますので。後学のマニアのために何かの参考になればと。

       

 

日替わりメモ 7月1日 本日の更新

F86D技術

航空歴史館技術ノート  F-86Dの後部胴体の空気取入口について 飯野先生の試論

A8601-13 都道府県展示保存機総覧  宮崎県航空大学校 H18 JA5174 現役時の写真
Heron 航空歴史館  デ ハビランドDH-114ヘロンの歴史 JA6151、JA6161に写真を追加

 

〇  F-86Dの後部胴体の空気取入口  飯野先生の試論

 機首に大きなレドームを付けた結果、エンジン用空気取入は機体中央線より下方になり、操縦席の後方あたりで中央線に戻した結果、エンジン上部に流れる冷却空気が少なくなるので、その補充のためのインレットではないかという試論であります。
 86系列の中では独特の空気の流れですから、鳥養鶴雄さんの見解や、
昔のアメリカの航空雑誌も当たってみてほしいところです。

〇 ヘロンの歴史

 今朝追加した4枚の写真の前後を虫眼鏡で見ていきますと、当時の全日空は、機体の文字をよく変えています。それぞれに意味を検討してのことだと思いますが面白いですね。

 また、ヘロンへの乗降用タラップが羽田と名古屋で形が違うというのも面白いです。大したことはない虫眼鏡ですが、モデラーさん、タラップ特集という試みなど如何かな。

       

今日は
何の日
1931年 兵庫県城崎に日本海航空(同族経営)設立  掲載ページ 日本海航空(株)について
1952年 羽田飛行場返還式挙行 東京国際空港初代空港長の中尾純敏氏就任 
                                    掲載ページ
写真で見る東京国際空港の歴史 
1954年 防衛庁、陸上、海上、航空各自衛隊発足