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日替わりメモ

早朝の更新作業でミス多発です 見付けたら直ちにメールしてください  
アドレスは
 dansahicat.ne.jp  を入れる

日替わりメモ 2月18日

A1387-2

都道府県展示機総覧 北海道  美幌航空公園のT-33A

 

〇  美幌航空公園のT-33A

  先週金曜日は北海道も晴れマークでした。美幌の雪原に唯一機残るT-33Aの姿、青空と雪に映えて神々しさすら感じます。“雪原に孤高の護り”という言葉がふっと浮かんできました。
 表紙絵に採用です。


〇  容量軽減について

 パソコンと保存用外付け機器の能力が情報過多に追い付けないようになり、トラブルが多発するようになりました。商売ではないので、そのためにマシンを買い替えるお金はなく、よって搭載情報の軽減を図って負担を軽くしていきます。

 その第一弾として、明日2月19日をもって製作会社別機名別索引を廃止します。
 約130社の機体、エンジンその他部品類約400点の索引(ジャンプ)で、機名などからヒコーキ雲に入るには便利なページなのですが、これだけの量になると、出し忘れやジャンプミスなど編集上の過誤も頻発し、私の重荷にもなっているためです。

 

 

日替わりメモ 2月17日

A4821-01

都道府県展示機総覧 福井県永平寺町 人希の里公園 OH-6D

 

〇 人希の里公園 OH-6D

  道元禅師が永平寺を開く前に滞在したといわれる上志比(えちぜん鉄道山王駅付近)に、OH-6Dが居りました。人希(にんきーと読む)の里公園のパットゴルフ場18ホールに囲まれた円形の広場に鎮座。ボールが当たったのか風防に穴が開いていますが、霞ケ浦で用廃になった機体が越前で展示されているとは驚きです。

 日本には、探せばまだ航空機展示があるということを思い知らされる今朝の更新でした。

 

日替わりメモ 2月16日

NN469

羽田飛来機通信 イラン・イスラム共和国国会議長特別機  A340-313X

 

〇  イラン・イスラム共和国政府専用機

  ヒコーキ雲上では9年ぶりのイラン政府のエアバスです。2010年は双発のA321-231、今年は4発のA340-313Xですが、機体のデザインは踏襲されており、政府専用機の中では美しい方に属します。

 エアバスと言えば、エミレーツの方針変更でA380の生産中止が決定されました。分担生産している欧州各国の工場の悲鳴が聞こえてきそうです。今後、双発機へ注力するのでしょうが、ボーイングの700シリーズと違って、エアバスの300シリーズ諸タイプは複雑で、どれが売れるようになるのか、よく分かりません。
 世界経済減速の一助になることだけは避けてほしいと願わずにはおれません。


〇 実機をはずして映画模型を展示する愚策 あいち航空ミュージアム

 報道によりますと、あいち航空ミュージアムは、三菱重工業から借受けた機体の展示を終了させ、映画「永遠の0」で使用された零戦52型の実物大模型を展示することにしたそうです。

 三菱の本意は知りませんが、博物館ともあろうものが、本物とダミーを取り換えてしまうという実に馬鹿げた愚策に唖然とします。

 穴埋めに、警視庁で運用されていたアグスタEH101-510 JA01MPを展示するとのことです。  

 なお、零式艦上戦闘機52型甲4708号は三菱の大江工場に再展示するとのことですので、ついでに設計を間違えたエンジンカウリングを本来の形に作り替えてほしいです。そして、気軽に参観できるようにOBの解説員も付けて公開してほしいです。

     

 

日替わりメモ 2月15日

CHINA

外国展示の日本国産機  中国北京 立川キ55九九式高等練習機 2013年の写真を追加 

1966CCCP

写真で見る大阪国際空港の歴史   1966年10月 ソビエト商工業展  カラー写真を追加 

 

〇  続 1966年10月 ソビエト商工業展 

 geta-oさんの写真を追加しました。ツポレフTu-134は、航空情報1966年12月号のグラビアに発表されているものと同じですが、ミルヘリコプターのカラー写真は初登場です。ライトに明るく照らされた機体はモノクロでは想像もできなかった鮮やかな色彩に驚きました。DAIHATSUの看板や山裾に並ぶ高層住宅の明かりが昼間とは違った風景を見せてくれます。

 その中からエンジンを双発にして世界中に売りまくったミルパッチ(Mi-8P)の原型V8を表紙絵としました。


〇 イギリスのデビッド マッカートニイさんから重ねて照会あり A5329-1参照

  Good morning to all Japanese aviation historians !
  Have any of your members answered the question about Twin Comanche JA5191.What has happened to this British royal family aircraft ? 
  Kindest regards David McCartney.

     

 

日替わりメモ 2月12日

S2F-1

航空歴史館  グラマンS2F-1トラッカー研究 2機追加 カリフォルニア森林消防隊のシンボル

 

〇  アメリカへ返還した機体のひとつ カリフォルニア森林消防隊のシンボル

 Gulf4さんがロサンゼルス近郊の消防飛行基地に展示されているS2Fについて調べてみたら、元海上自衛隊の4146号機と判明しました。

 同機は、用廃後の写真が徳島で写されているので、日本で解体されてものと考えていましたが、アメリカへ帰っていたのです。消防機とする目的だったようですが、タンカーとして飛ぶことはなく、California Department of Forestry and Fire Protectionのシンボルとして基地のゲートガードを務めています。

 海自のトラッカーの展示は、鹿屋航空基地史料館の4131号機と共に二例となりました。

       

 

日替わりメモ 2月11日

OIA'1960

写真で見る大阪国際空港の歴史  1960年代 ドイツ シュドフラッグ社のダグラスDC-7C

OIA'1970

写真で見る大阪国際空港の歴史  1970年代 ビーチ100 デモフライト

 

〇 建国記念の日の佐伯節

 国会議長が天皇陛下について「戦争犯罪の主犯の息子ではないか」と述べたそうです。マッカーサーをはじめとする連合国が昭和天皇を裁くことをしなかったのは、理屈は別にして、そこに火を付けたら占領政策に重大な悪影響がでるという判断も働いたのではないでしょうか。

 にも拘らず70年もたってから隣国に軽々しく「戦争犯罪の主犯」呼ばわりをされるとは、ご子息の今上陛下のお気持ちを察するに余りあるものがあります。

 トップが変われば、いとも簡単に国際公約をひっくり返す国、事実を捻じ曲げて反論する国、そんな隣国が正しいのであって、日本政府の方が間違っていると堂々と主張している日本人がおります。 隣国の大統領や国会議長は大喜びでしょう。そんなのがブログで広まっている現状をとても悲しく思います。

 さあ、日の出時刻になりました、国旗を掲揚してきましょう。


 昨日の佐伯節

 建国記念の日だから国旗を掲げましょうと言ったら、 腰の引ける人が多いです。
 外国で日の丸を打ち振って応援しているテレビ映像を平気で見ている人も。

 建国について神話がどうの古事記がどうの日本書紀がどうのと理屈を垂れる前に、法治国家の国民なら、国が定めた法律による建国記念の日、祝うのが当たり前でしょう。嫌なら、法律を変えなさいよ。

 地球上で唯一、万世一系の天皇制という歴史を、盲目的に信じようが信じまいが、護憲派ならば、憲法に天皇陛下が国民の象徴として明記されていることをご存知でありましょう。さすれば万世一系の始祖神武天皇即位の日に国旗を掲げて、お祝いをしようではありませんか。

 こういうと、朝日新聞系の人々からすぐに保守反動、右翼、国粋主義、戦前回帰などのレッテルを貼られます。

 では、朝日新聞系の人々に問います。

ア  国旗を打ち振って自国選手の勝利を応援する人々の行動は、お祭り騒ぎのパフォーマンスに過ぎないのでしょうか。各国の国旗は利用されている道具に過ぎませんか?

イ  どこの国にも歴史があり、国民の血の中には脈々と受け継がれてきたその国のアイデンティティ(同一性)というものがあるはずです。日本人にも、国を愛するアイデンティティ があるはずです。愛国心は、戦後教育によって表面的には消し去られてしまいましたが、血の中には厳然と存在しており、日の丸を打ち振って日本人選手の勝利を願う行動へつながっているのではありませんか?

 それとも別の理由があるのか論理的にきちっと説明してくださいな。 

                                建国記念の日の佐伯節 失礼しました

       

 

日替わりメモ 2月10日

S2F-1

航空歴史館  グラマンS2F-1トラッカー研究 2機追加 

 

〇 グラマンS2F-1トラッカー研究 新規2機 

 手落ちで2機入れ忘れていました。
 そのうちの4111号機の左下を切り取ってみるとかくの如し。

 白いブラウスとスカートの制服姿の女子中学生らしき集団の列は、今日的には希有な情景であるとBlue1さんの感想、プロペラ横の日傘らしきものも気になりますね。       

 

日替わりメモ 2月9日

S2F-1

航空歴史館  グラマンS2F-1トラッカー研究 新規6機  経歴と写真一応完了

 

〇 グラマンS2F-1トラッカー研究 新規6機  経歴と写真一応完了

 最後の供与機である4160(U型に改造後9151)をもって、全60機の経歴と写真を一応完了しました。写真掲載率は70%に達しました。毎度のことながら世界一の成果です。ご協力に感謝するとともに、印の補充や記載ミスの指摘など宜しくお願いします。

 さて、次の研究テーマは如何いたしましょうか。

 インターネット航空雑誌ヒコーキ雲を継承していただくための見直し作業が意外に手間取っていて時間を取られるので、苦しいですが、F-86Dを期待する声などもあります。眠ったまま捨てられる運命の古い写真を発掘して航空史の空白を埋める目的、その遂行のために踏ん張りましょう。

 

 

日替わりメモ 2月7日

VIP468

羽田飛来機通信 ドイツ連邦共和国首相特別機

S2F-1

航空歴史館  グラマンS2F-1トラッカー研究 新規3機  追加8機 

 

〇 ドイツ連邦共和国首相特別機

 メルケルさんの訪日をマスコミは大きく扱っていませんね。今のイギリスのEU離脱問題でもかってのリーダーシップが見られません。、政治家は引退を表明した途端に死に体になる典型のようで悲しい。せめて大阪サミットで輝いてほしいです。

〇 S2F-1トラッカー

 既発の機体にも、違う部隊の写真など引き続き多く寄せられます。今朝のトピックは、ETさんが羽田の1960航空ページェントで写した4126号機です。書かれた書体が海上自衛隊の初期のものであることにご注目ください。航空情報から転記したものを除いて、マニアによる最初期の写真です。航空文化財に値します。

 


〇 続 紫電改について

 CHAMPLIN FIGHTER MUSEUMから日本に送られたという機体は、手を加えずにアメリカへ送り返されたみたいです。

 加西市が制作している紫電改実物大模型は、 ほぼ完成のようです。
   https://smart-flash.jp/sociopolitics/61034

 

 

日替わりメモ 2月6日

L-19A/E

航空歴史館  セスナL-19A研究 1機追加 

 

〇 セスナL-19A研究

 久しぶりにL-19の投稿がありました。神谷さんが、伊勢市の野原で転覆している写真が地元新聞社の古い年鑑に載っているのを図書館で見付けてくれたものです。

 なお、神谷さんによると、デビッド マッカートニイさんから照会のあった三重県の国際秘宝館にあった機体の行方について、2007年に同館が取り壊された跡地は、.ビッグエクストラ玉城店になっているといことなので、早速Google Earthで同店の周囲を調べてみました。幸いに取り壊される前の2006/03/14の空撮がありました。N34°30′ E136°38′のあたりです。機影があるかどうか皆さんも当たってみてください。

 情報によると、元国際秘宝館社長の松野憲二氏は、展示品を500万円で売りに出していたそうで、その中に飛行機があったかどうかは不明です。A5329-1関連
 


〇  鹿屋ジャンクヤードのS2F-1 4152 N214AKについて

N214K表示 撮影1981/03/29 鹿屋航空基地 興野博史

 

昨日の疑問について、れあるさんから推論が寄せられました。

 佐伯さんの見解のように廃棄のための解体のように見えます。米国へ輸送し再組み立てするための分解には見えません。では、なぜ廃棄する航空機をあえて米国で民間登録したのか?

 私の想像ですが、解体した機体の全部又は一部を再度航空の用に供するためだったのではないでしょうか。N214AKから取下ろした良品パーツとして。SF-14152のままで解体してしまうと鉄くずになってしまいます。

 このように想像するのは、1997年に米国アリゾナ州Falcon Fildで、海上自衛隊の文字とマークが書かれた恐らくエンジンが入っていると思われる容器(コンテナ)を目撃しているからです。目撃場所はGoogleマップでMarsh Aviationと表示されている所の左斜め下の所です。
  https://www.google.co.jp/maps/@33.4606856,-111.7209234,180m/data=!3m1!1e3?hl=ja
 当時は容器が山積みになっていて、その中に複数の海自表示の容器が混じっていました。

 ついでにFalcon Fildの話しです。ここにはCHAMPLIN FIGHTER MUSEUMがありました。
   https://en.wikipedia.org/wiki/Champlin_Fighter_Museum 

 このミュージアムでは紫電改の修復が行われました。5機の紫電改が運び込まれ、1機目はスミソニアンに、2機目は日本に?、3機目はここに展示されました。私が現認したのは、3機目のレストア作業と作業終了後の展示のみです。 

 このミュージアム、6度訪問したのですが、20年前、最後に訪れたときには、隼のリバースエンジニアリングが動き始めていました。

佐伯から :  鹿屋ジャンクヤードのS2F-1は部品取り、なるほどです。脚などをシアトルへ運んで、消防機として活躍していた僚機の予備品としてストックされた等々と考えられます。
 なお、文中の「紫電改2機目は日本に」というのは、大いに??です。
  わが国には愛媛県宇和海で引き揚げられた愛南町紫電改展示館に唯1機あるのみですから。

 加西市が制作している紫電改実物大模型は、もう完成しているのでしょうか。鶉野飛行場資料館への展示が楽しみです。

 

 

日替わりメモ 2月5日

S2F-1

航空歴史館  グラマンS2F-1トラッカー研究 新規6機  追加3機 

 

〇 S2F-1トラッカー研究

 今朝のトラッカー更新の中に、厚木、徳島、鹿屋での用廃後の写真が7機あります。その中の鹿屋ジャンクヤードで写した4152は、部隊名と海自・Buナンバーを無造作に塗り消して、胴体にN214AKと仮表示のような書き方でペイントしてあります。用廃後5年も経ってからの撮影で、脚はなくスクラップ寸前の状態です。

 FAAの記録でも、一応N214AKで登録してあるものの、none表示が多く、果たしてアメリカへ返してALASKA AIRLINESで使われたのかどうか疑問です。鹿屋で解体されたとするのが正解のように思われます。

 


〇 訂正  01/29にF-27フレンドシップのJA8637について次のように書きましたが、KUPANBAさんが写真をよく見ると末尾はやはりGのようだと知らせてきました。

(注) JA8637の売却先の記号を下郷資料及び日本の民間登録機データベースがZK-DCGとしていますが、写真からの判断等によりヒコーキ雲ではZK-DCCとしました。

 拡大してみるとまさしく‥ 早朝の老眼には見え難い人騒がせな書体ですが、Cに非ずGでありました。お詫びして訂正します。

   

 

日替わりメモ 2月4日

VIP467

羽田飛来機通信  カタール国首長特別機

 

〇 カタール国首長特別機

 カタールといえばで森保ニッポンを破って優勝した記憶が生々しいですが、折も折というかカタール国首長が747など4機を連ねて訪日しました。シリアに抑留されていたジャーナリストの解放に尽力してくれたそうで、総理も外務省も歓迎ムードでした。戦略対話を創設して友好関係を深めていきます。

 ところで、羽田のVIP専用スポットは、4機も来ると大変ですね。ハロースクエアさんの写真でもANAの機体が並んでいるのその向こうに尾翼だけちょこっと出ているものしか見えない特別機もあります。

 オリンピック期間中の羽田については、横田空域の一部を日本で管制しして新ルートを確保できたようですが、大量に飛来するVIP機の処理が、他人事ならず心配です。要人を降ろしたらすぐにセントレアや関空へ行かせてステイさせるのでしょうが大変 、先日書いたように、国内線一部の発着を厚木基地に回せば、かなりのスポットが空くと思うのですがねえ。

  

 

日替わりメモ 2月3日

A3052-1

都道府県展示機総覧  カーマニアが茨城県大洗町にあった富士KM-2と再会

 

〇 大洗町にあった富士KM-2と再会‥

  と言っても、実物は阿見町の某氏宅にありますので、岩手県のteteenlairさんが再会したのは富士KM-2/TL-1研究KM-2 6242写真でした。カーマニアの彼が、十数年前にドライブした地域を奥さんと尋ねてブログに発表しているのですが、左の写真の場所が分からないので、自衛隊の飛行機などを手掛かりにネットサーフインしていて辿り着いたというわけです。  
                         

teteenlairさんの撮影 2002/10/12 シシオさんの撮影

 teteenlairさんは 「このような写真が残っていることに、妻とともに、非常に驚き、同時に場所が判明したことに興奮したと書いてきました。偶然というか、こういう喜び興奮を与えられるヒコーキ雲として編集者冥利に尽きます。

  

 

日替わりメモ 2月2日

図書室85

図書室  名古屋三点クラブ会報 平成31年1月号 平成30年例会

 

〇 名古屋三点クラブ会報 平成31年1月号 平成30年例会

 文筆専門の活動は別にして、アマチュアのクラブ活動で中心メンバーになっている人は、このような機関誌を創りたいなと思うに違いありません。

 それは、会員のキズナを深めることと共に、記録として活動の内容を将来のクラブ員などに伝えておきたいという願望によるものです。

 我がインターネット航空雑誌ヒコーキ雲もその目的もあって日々取り組んでいますが、如何せん、電子が反乱を起こせば、瞬時に墓場行きのネット刊行物に過ぎません。やはり、紙記録にしておきたいです。

 うらやましき名古屋三点クラブ会報が何故立派に存続しているのか、佐伯流の勝手な推測も付け加えて紹介しました。

  

 

日替わりメモ 2月1日

A5329-1

都道府県展示機総覧  三重県玉城町にあったPA-30 JA5191について照会

S2F-1

航空歴史館  グラマンS2F-1トラッカー研究 新規7機  追加4機 

 

〇 イギリスのデビッド マッカートニイさんから照会

 ヒコーキマニアにとっては関係のない国際秘宝館なる場所に投げ捨てるように置いてあったパイパー機のその後の行方について照会がありました。イギリス王室にゆかりのある航空機だったそうで、そんな機体が何故日本に売られてきたのか不思議ですし、そんな経歴があろうとなかろうと用廃後の扱いは情けないです。

 ネットによると国際秘宝館は2007年に廃館しており、Google Earthで三重県玉城町世古の県道47号線を丹念に当たってみましたが、元国際秘宝館らしきものは見当たらず、飛行機の姿も見えません。

 些細な情報でもあれば、マッカートニイさんに知らせてあげたいと思います。


〇 グラマンS2F-1トラッカー研究

 MAD、下面レーダーを展伸した写真の機体にたどり着きました。なんと着艦フックまで降ろしているショットは、多分本邦初公開でしょう。表紙絵に採用です。興野さんによると、第11航空隊はサービス精神旺盛だったそうですから、飛行展示でも際どいことをやっていたのでしょうね。1970年代、まだおおらかな時代でした。

    

今日は
何の日
1954年 日本航空が日本ヘリコプター輸送にヘロン3機を貸与(後に現物出資として譲渡)掲載ページヘロン研究

1967年 第3航空団のT-33A 81-5354が春日井市の二子山古墳に墜落 掲載ページ  ロッキードT-33A研究

2001年 第13飛行教育団のT-1Aが最終飛行 掲載ページ  富士T-1A/B研究

 


インターネット航空雑誌ヒコーキ雲編集ノート お願いなど 

日替わりメモ 2018年5月15日


〇 感想と提案  Kさんから

 毎朝の更新お疲れ様です。昨日の「今日は何の日」を見て下郷さんのお名前が目に留まりました。ご命日だったのですね。 頂いたCDの記録を時々開いておりますが、氏の人柄が滲んでいる事を感じます。 どんなお声の方だったのか・・・・・と思います。 フィールド・ワークを実践された方ですね。 今は天国で時間をかけ更に各地を行脚されておられることでしょう。

  4且29日にご紹介の「中公新書 日本軍兵士 −アジア・太平洋戦争の現実」を地元図書館にWeb予約いたしました。 その予約順位が93番目という事で驚きました。梅雨に入ってしまいそうです。

・ ヒコーキ雲への投稿の取捨選択について

 佐伯さんの元には毎日何件程の投稿があ るのでしょうか。新参者の私ですが、何を投稿したか、そしてダブらぬ為に先月からエクセル表に纏め始めました。昨年8月から27回に至って おり、いささか驚いています。 因みに打率(? 採用率)は七割四分というところでしょうか。それについて思うことが あります。

 誰しも投稿が取り上げられることを願っていると思います。
 
当然ボツもあります。理由はいろいろありましょう。 一番は投稿規定やタイムリー、中身の質、内容の優先順位等々と思います。投稿規定は表紙の一番下と、日替わりメモの最下段のNOTEにありますが、内容的な意味での規定は無いように思われます。

・ そこで提案 

 以前、「記者は読者の皆さん」そんな記述があったと思います。そこで、「受信メールや手紙受領からの手順のあらまし」の中に、下記の一文を書き加えて頂ければ、記者としては高みを目指し励めるのではと。

   『採用の有無を  「採用」 「不採用」 「預かり」 等の表記で返信する』 をNOTEに追加する。不採用ならばその理由を佐伯節調にズバリそして簡潔に 返信する。  

  なるべくお手間を取らせぬようと思っていますが、如何でしょうか。内容的にボツなのか、編集長のファイルの挟まったまま行方不明なのか投稿者も安心出来るのではと思った次第です。 高みを目指す新米記者よりの勝手なお願いです。


 佐伯から : 痛いところを衝かれたねえ! しかし、これは、ヒコーキ雲を始めた時からの懸案というか、投稿の皆さんのご不満の最たる事案であります。日々のメールに対して、受け取ったとの礼も返してこないのは傲慢であると言って付き合いを絶った人も居ます。

@ でもねえ、考えてみてよ。航空史の空白を埋めるためとかの立派なテーマを掲げてはいるものの、内容がここまで幅広く深耕されてくるとは全く想像もできずに始めたサイトであり、不遜ながら言わせて頂くと、ここ10年くらいは投稿に追いまくられている状態です。

A 商売として付きっ切りという訳にはいきませんので、原則として早朝の2〜4時間で、頂いているメールや手紙の検討、文献や他サイト参照、自分独自の研究までこなすとなると、7時半くらいまでの更新作業とアップロード作業が手一杯です。

B 言い訳を継ぎ足しますと、高齢による脳の退化、眼の老化(これが特に厳しい)、持続力の減退もあり、早朝だけではこなしきれないので、日中にヒコーキ雲を手掛ける時間が増えてきたのですが、家事や町内や同窓会等諸用務、それに人生の終活作業もあって、どれもこれも中途半端であります。おまけに我が家の裏に接して15階マンションの工事が始まり、昼間は騒音と振動の毎日であります。

C よってますますメール返信を怠る度合が増えています。どうかお許しください。

D Kさんが言いたいのは、採用・不採用の基準をはっきりさせることでしょう。
 私にはそのような基準を設ける学識はありません。ですから55年前に広島航空クラブニュースを出した時から「ヒコーキマニアの自由な広場」を標榜してきました。どなたでも自由に発言(投稿)できる広場を目指すことに今も変わっておりません。対象範囲の不揃い、レベルの上下、具体の大小、ミスの内包など様々に混合しています。それを、平均化していく力はないのです。 ただ、私の脳のレベルで文章を直したり、写真を修整したりしているので、そのフィルターを通過する意味では事実上の採用・不採用になっているかもしれませんね。

E ですから、採用・不採用を原則として返信することはありません。余程のことが無い限り、頂いたものは掲載します。いつまでたっても載らないのは、私がその所在を忘れているものとみて挨拶抜きで催促してください。その時にはお詫びとともに返信いたします。

F 今日現在も、写真や書籍をアップしなければならない予備兵が山積しています。ぼつぼつ片付けていきますが、その間にも新しい重要な情報が寄せられることでしょう。

 Kさん、ご提案に対して返事になりましたか? いい機会として、日頃の考えを書かせて頂きました。ありがとうございました。

    

 

情報のご提供者に更にお願い

 受け取る方から無理が言える義理ではないのですが、1人編集を助けるつもりで次の4点にご考慮頂けるととても助かります。

@ 写真はJPEG方式の添付ファイルで送ってください。
 
最近、メールのメッセージ欄の中に挿入したり、Wordに納めて送ってくださるのが増えており、画像の取り出しに手間が掛かって紹介が遅れてしまうのです。 

A 画像は横1000ピクセル以上が好ましいです。合計20メガ程度でも一度に 受信可能です。

B 画像は加工せず、生のまま送ってください。生だと撮影時刻が分るので、特にニュース編集の際に助かります。 

C 印刷物の複写には、奥付など発行日と発行者が分る部分を必ず添付してください。こちらでの調査の手間が省けますので。


・ 既にお気付きかと存じますが、既出の展示機などを再掲する場合に、元ページの写真を大きいものに替えるなど見直しを進めています。

 航空史探検博物館を始めた頃には、パソコンの容量が小さいために、何もかも小さく載せざるを得ませんでした。小写真は横355ピクセル、大写真は横600ピクセルでした。
 現在は、ニュースフラッシュは横800ピクセル、その他のジャンルでは原則として横640ピクセルに統一しています。従って見直しの場合も原則横640ピクセルに拡大している訳です。
 ただし、拡大しようにも原版のストックが見当たらないものがあります。提供者の方で気が付いたら改めて大きいサイズで送って下されば、より見やすくなりますので、協力してください。

 

 

日替わりメモ 12月28日


〇 図書からの転載について

 図書からの転載について説明しておきます。

@ 酣燈社航空情報 2008年2月13日付け文書で「弊誌が出典であることを明記」の条件で使用許可を貰っています。道義上、古典文献化している1970年代以前の航空情報誌からの転載を原則としています。

A AGC出版からも、原則使用OKの許可を得ていますが、道義上、航空史の空白を埋めるための最小限の使用にとどめています。

B 文林堂の出版物 社是として包括使用許可を貰えないので、一件ごとに申請することになりますが、少々面倒なので最近は遠ざかっています。

C 単行本などは、図書室で表紙の写真と目次や巻頭言など最小必要限度の転載を行いますが、写真や本文は、著作権期間内であれば許可を求めて転載しています。

D 世界の航空機その他廃刊雑誌などの著作権の切れた図書については、無許可で使用しますが、これも航空史の空白を埋めるための最小限の使用にとどめています。
 

 以上、佐伯は著作権に関する専門知識を持ち合わせていませんので、違法行為を犯しているものがあるかもしれませんが、常識的には、速度80km制限の道路を少々オーバーして走っているようなものと心得ております。

 人々の目に触れなくなって久しい史資料など発掘して、我が国の航空の歴史をより広く正しく後世に伝えていきたいというインターネット航空雑誌ヒコーキ雲の目的を「忖度」してくだされば幸せです。

 

 

受信メールや手紙受領からの手順のあらましを書いておきます。

 メールを読む

 航空に関係あるメールは、本文はメモ帖又はWordに移して、Dドライブの @航空写真保存のアイウエオ階層の中から A氏名毎のホールダー保存する。添付ファイルも同じフォルダーに保存する。大抵の場合は、氏名毎のホルダーの中に新規に B「2017-0000**基地航空祭」といったホルダー新設する場合が多い。(つまりツリー構造は3〜4段階になる)

 Wordの添付で送られてきた画像は、「ファイルに保存する」から上記Bへの手間が増える。

 郵送で写真が送られてきた時は、1枚ずつスキャナーにかけて複写し、1枚ごとに名前を付けてA氏名毎のフォルダーに保存する。これには随分時間を食う。

 以上で保存した資料の中から、毎朝、どれかを選んでインターネット航空雑誌ヒコーキ雲ホルダーの都道府県別やニュースフラッシュなどのファイルに区分して移し替え、横800ピクセルや横640ピクセルに揃えて、傾きや不要部分のカットなど修正を施し 、1画像ごとに件名を付して、ホームページ作成サイトのFrontPageにコピーする。

  その際に、投稿者に確認や質問の必要が生じたら、メールで答えを求めるために後日へ先送りとなる。

 FrontPageでは、既存ページの更新若しくは新しいページの作成作業を行い、画像を張り付け、説明などを書き入れる。この際に機名や歴史や環境などを書籍やネットで調べるので、これに相当のエネルギーを消費する。

 目次など関連ページへのジャンプができるようにハイパーリンク作業を行う。これにもかなり時間を食う。

 更新若しくは新規ページが完成したら、日替わりメモを書き、トップページに更新項目を継ぎ足してFrontPageを閉じ、有料契約している転送サイトを通じて同じく有料契約しているプロバイダーに送って終了となる。

 如何ですか。ブログ(直接投稿)形式のネットなら定められている方式に従って書き込みと画像添付だけの操作で済みますが、自前のホームページは、その数十倍の手間が掛かることをお分かりいただけましたか。

 昨日は、昭和57年度航空総隊総合戦技競技会の参加機の編集を終え、転送サイトへ送る寸前に、何か間違った操作をしたらしくて、dansa@hicat.ne.jpが見つかりませんという表示が出てすべてアウト、その復旧に3時間かかりました。こういうアクシデントも随時発生 というのが現状です。

      

 

情報のご提供者にお願い

 受け取る方から無理が言える義理ではないのですが、1人編集を助けるつもりで次の4点にご考慮頂けるととても助かります。

@ 写真はJPEG方式の添付ファイルで送ってください。
 
最近、メールのメッセージ欄の中に挿入したり、Wordに納めて送ってくださるのが増えており、画像の取り出しに手間が掛かって紹介が遅れてしまうのです。 

A 画像は横1000ピクセル以上が好ましいです。合計20メガ程度でも一度に 受信可能です。

B 画像は加工せず、生のまま送ってください。生だと撮影時刻が分るので、特にニュース編集の際に助かります。 

C 印刷物の複写には、奥付など発行日と発行者が分る部分を必ず添付してください。こちらでの調査の手間が省けますので。


・ 既にお気付きかと存じますが、既出の展示機などを再掲する場合に、元ページの写真を大きいものに替えるなど見直しを進めています。

 航空史探検博物館を始めた頃には、パソコンの容量が小さいために、何もかも小さく載せざるを得ませんでした。小写真 は横355ピクセル、大写真は横600ピクセルでした。
 現在は、ニュースフラッシュは横800ピクセル、その他のジャンルでは原則として横640ピクセルに統一しています。従って見直しの場合も原則横640ピクセルに拡大している訳です。
 ただし、拡大しようにも原版のストックが見当たらないものがあります。提供者の方で気が付いたら改めて大きいサイズで送って下されば、より見やすくなりますので、協力してください。

 

 

 ◎ 写真提供についてお伺いします    


 郷土出版社の「ふるさと小牧」の取材をしております篠原と申します。航空機関連の素晴らしいHOME・SITEMAP・サイトマップページを拝見させていただきました。来年、小牧市 は市制施行60周年を迎え、それに際して来年3月に小牧の古い写真の写真集の取材を行っております。 ご存知の通り、小牧市において空港の歴史 はかなり大きなポジションを占めるのですが、現在の県営名古屋空港の積極的な協力が得られず、空港の写真も自衛隊、行政の協力のみで、あまり、良い写真が集まりません。
 その折に、このHOME・SITEMAP・サイトマップページに出会いました。や はり、マニアの方々、素晴らしい写真で歴史的な機体や風景が多いです。そこで、ぜひ、当社の写真集に写真を掲載させて頂きたいのですが、可能でしょうか? もちろん、写真提供者名を入れ、提供者に は完成した写真集を贈呈致します。よろしくお願い致します。
     郷土出版社 東海地方取材担当 
     編集プロダクション 拠n球デザイン 代表取締役 篠原史紀

 上記のとおり依頼がありました。趣旨は悪くないので協力してあげたいと思います。ついては、次のクレジットを入れ、かつ写真撮影者(提供者)に本を贈るという条件で承諾していただけるかどうかお伺いします。

    撮影者名と「提供インターネット航空雑誌ヒコーキ雲」を明記


・ 今後もすべてこの方式でやりたいので、ご賛同をお願いします。

 今回の案件だけでなく、今後申し入れのあるすべての案件に適用したいと存じますので、ご賛同をお願いします。反対の方は24日までにメールしてください。格段のご意見がない人について はご承諾されたものとして扱わせていただきます。                                  2014年11月18日 インターネット航空雑誌ヒコーキ雲制作 佐伯邦昭

 扱いを決定します

 期限までに回答があったうち、お一人から商業目的のものへの提供は断るとの意思表示がありましたので、それに従います。そのほかの人については、上記の方針で扱うことに決定いたします。
 外部へ提供する前には、必ず
撮影者(提供者)にお知らせすることを約束します。それに応答の無い人及び連絡不能の人について は、当方へ一任扱いとさせていただきます。

          2014年11月25日 インターネット航空雑誌ヒコーキ雲制作 佐伯邦昭

       

 

 

CD頒布 CD頒布

機関誌「つばさ」と「AOZORA 蒼空」の全ページ(入手できているもののみ)
        

裏方の見た呉海軍工廠

歴史学者や艦船の専門家が脚色した歴史書と違って、見たまま、経験したままを素朴に記述している点がひそかに高い評価を得ているものと思います。日本海軍の艦艇や水上機に関心を持つ人に、改めて推薦しておきます。CD頒布のお知らせの中の思い出文も併せて参照してください、

       

 

送料込実費2000円で頒布中 メールで申し込んでください。(sa@hicat.ne.jpの頭にdanをつける     

        

更新 2019/02/18 07:51