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日本民間航空の歴史

Study of the Convair CV880 in Japan

協力者 赤塚 薫、高田和彦、戸田保紀、中西市蔵、濱野博司、geta-o、KUPANBA、MARU 【まとめ佐伯邦昭】
参考資料 日本航空20年史、航空情報各号、同1971臨時増刊「現用日本の航空機」、Aviation Weekほか 

 

CV880-22M関連略年表

日本航空株式会社のコンベアCV880-22Mの総括

登録番号 愛 称 1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970 1971  
JA8021 SAKURA                       アメリカへ N5865
JA8022 MATSU                       香港へ VR-HGF
 JA8023 KAEDE                       1965/2/27 壱岐でクラッシュ
JA8024 KIKU                       香港へ VR-HGG
 JA8025 AYAME                       アメリカへ N5866
JA8026 YANAGI                       アメリカへ N5858
JA8027 SUMIRE                       アメリカへ N5863 FAAの火災実験に使用
 JA8028 KIKYO                       1969/6/28モーゼスレークでクラッシュ
JA8030 銀座                       1966/08/26東京国際空港で炎上
更 番 外

東京国際空港展望デッキ入場券の航空機図案

 

キャセイ パシフィック航空、 シビル エア トランスポートのCV880-22M

 

新  1970年 日本万国博覧会へ飛来したCV990 大阪国際空港

 

 

CV880-22M関連略年表
1956/04/11 ジェネラルダイナミックス社コンベア社が国内線用のスカイラーク600の製作を発表
  ゴールデンアロー800と改称 後CV880と改称
1959/01/27 国内線用CV800-22原型初飛行 (国際線用CV800-30もあったが開発は中止)
  中距離型CV880-22M型を開発
1960/02/20 日航が技術調査団をコンベア社に派遣 ボーイング720などとの比較を検討
  日航がCONVAIR特別協同班を編成し、受け入れ準備を進める
1960/04 日航がCV880-22M 第1次分3機を発注  15億円/機
1960/10/03 CV880-22M 初飛行
1961/07/24 CV880-22M FAA形式証明
1961/09/08 JA8022松が羽田に到着
1961/09/20 JA8021桜が羽田に到着
1961/09/21 東京〜名古屋で招待飛行 1050キロメートル 57分
1961/09/25 JA8023楓が羽田に到着
1961/09/25 東京〜札幌線に投入
1961/10/01 東南アジア線に投入 〜沖縄〜香港、〜台北〜香港、〜香港〜タイ〜シンガポール
1965/01/04 日本国内航空がジェネラルダイナミックス社からリース 4年契約  JA8030銀座 
1966/07/01 日航が日本国内航空の幹線運行引き受け CV880とボーイング727をリース
1966/08/26 JA8030銀座が東京国際空港で操縦士技能試験の離陸滑走中にかく坐炎上 6人死亡 
1969/04/04 JA8027すみれが大阪国際空港でオーバーラン小破
1969/11 ボーイング社との747契約にCV880中古機売却援助金 30万ドル/機交付の条項を含める
1970/06 JA8024をキャセイパシフィックに売却 予備品込み5億400万円
  ボーイング747購入の下取りとして4機充当 75万ドル/機
1970/10/31 札幌〜羽田524便をもってCV880の運行停止
1971/04/21 最後のCV880、JA8021が羽田発 ボーイング社に引渡                                  TOP

総括

日本航空株式会社のコンベアCV880-22Mの総括

                                    1974年刊 日本航空20年史より

第1 発動機の問題

 本機のCJ805-3B発動機は戦闘機用エンジンの民間転用型で、整備が難しく、かつ故障が多かった。ことに南回り欧州線では、ほかにこの機種を使う会社が無いので、途中で部品の融通を受けたり他社に整備を依頼したちするわけにいかず、そのため定時発着がたもてないという事態がしばしば起きた。

第2 コンベア社の問題

 本機の売れ行きが不振で、コンベア社自体が熱意を失っていたため、修理のために補器類をメーカーに送っても、なかなか戻ってこないといった難点があった。

第3 運行上の問題

 運行上最も問題とされたのは、離陸時の不安定であり、また、低速時の前面風防の防曇不良も指摘された。

第4 販売の問題

 CV880を見切って売りに出したが、なかなか買い手がつかず、4機をボーイング747購入の下取りとしてボーイング社に引き取ってもらった。

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JA8021 Convair CV880-22M  日本航空  SAKURA 021

 

1961/07/07 c/n22-07-5 ロールアウト
1961/07/21 JA8021登録 日本航空 愛称SAKURA 定置場東京国際空港
1961/09/20 日航のCV880二番機として羽田に到着
1970/10/31 日航のCV880としてラストフライト 札幌〜羽田524便
1971/04/28 抹消登録 
  ボーイング747購入の下取りで売却 N5865
1976/12/16 マイアミで大破 消防訓練機材に転用

エビエーションウイーク誌 1961/07/24 


塗装の剥がれ 撮影1961/11/03 赤塚 薫  写真で見る東京国際空港の歴史1961参照  



撮影1961/11/23 geta-o


撮影1965/03 中西市蔵

撮影1966  大阪国際空港 濱野博司

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JA8022 Covair CV880-22M  日本航空  MATSU 022

 

1961/07/11 c/n58M
1961/09/01 JA8022登録 日本航空 愛称MATSU 定置場東京国際空港
1970/01/07 抹消登録 
  キャセイパシフィック航空へ売却 VR-HGF 

撮影1963/04 大阪国際空港 高田和彦



撮影1965/11/03 入間基地 戸田保紀


キャセイ パシフィック航空へ売却

VR-HGF 撮影1970/04/01 東京国際空港 geta-o

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JA8023 Covair CV880-22M  日本航空  KAEDE  023

 

1961/07/19 c/n22-07-7
1961/09/08 JA8023登録 日本航空 愛称KAEDE  定置場東京国際空港
1965/02/27 壱岐空港でクラッシュ
1965/03/05 抹消登録 

撮影1963 東京国際空港 高田和彦



航空情報1965年4月号国内ニュース


 当時の壱岐空港の滑走路は1200×30メートル

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JA8024 Covair CV880-22M  日本航空  KIKU 024

 

1962/05/02 c/n22-07-60
1962/06/07 JA8024登録 日本航空 愛称KIKU  定置場東京国際空港
1970/06/26 抹消登録 
  キャセイパシフィック航空へ売却 VR-HGG

撮影1963/05 名古屋空港 高田和彦

キャセイ パシフィック航空へ売却

VR-HGG 撮影1973/01/14 東京国際空港 geta-o

 

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JA8025 Covair CV880-22M  日本航空  AYAME  025

 

1962/05/10 c/n22-07-61
1962/06/07 JA8025登録 日本航空 愛称AYAME  定置場東京国際空港
1971/04/12 抹消登録 
  ボーイング747購入の下取りで売却 N5866

大阪万博協賛 撮影1970 名古屋空港 高田和彦

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JA8026 Covair CV880-22M  日本航空  YANAGI  026

 

1961/10/24 c/n22-00-46
1963/07/03 JA8026登録 日本航空 愛称YANAGI  定置場東京国際空港
1971/03/29 抹消登録 
  ボーイング747購入の下取りで売却 N5858

撮影1965/05/08 東京国際空港 戸田保紀



撮影1966/03/21 東京国際空港 geta-o

   前縁・後縁フラップ全開の状態、後縁フラップ2枚の間に補助翼が見える  黒煙が特徴


撮影1970 名古屋空港 高田和彦

1970 大阪万博 

 

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JA8027 Convair CV880-22M  日本航空  SUMIRE  026
1962/08/13 c/n22-00-48
1963/03/01 JA8027登録 日本航空 愛称SUMIRE  定置場東京国際空港
1965/02/26 千歳で前脚がでず、羽田に引き返して着陸
1969/04/04 大阪国際空港でオーバーラン事故
1971/04/12 抹消登録 
  ボーイング747の下取りで売却 N5863
  FAAの火災実験に使用

航空情報1965年4月号国内ニュース

撮影1966/03/15 東京国際空港 戸田保紀





撮影1966 大阪国際空港 濱野博司

大阪国際空港でオーバーラン事故 撮影1969/04/05 濱野博司

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JA8028 Covair CV880-22M  日本航空  KIKYO 028

 

1962/09/13 c/n22-00-49
1963/03/22 JA8028登録 日本航空 愛称KIKYO  定置場東京国際空港
1969/06/25 モーゼスレークで乗員訓練中クラッシュ
1969/06/28 抹消登録 

撮影1966/03/15 東京国際空港 戸田保紀

撮影1969/04/08 東京国際空港 戸田保紀

航空情報1969年8月号

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JA8030 Covair CV880-22M  日本国内航空  銀座  301

 

1961/07 c/n22-00-45 スイス航空 HB-ICM → ジェネラルダイナミックス社
1965/01 日本国内航空がジェネラルダイナミックス社からリース 4年契約
1965/01/04 JA8030登録 日本国内航空 愛称銀座  定置場東京国際空港  札幌〜東京〜福岡幹線に就航
1966/07/01 日本国内航空の幹線を日本航空に委譲 本機をリース 日航は訓練機として使用
1966/08/26 東京国際空港で技能試験中 滑走路を逸脱して炎上 6人死亡
1966/10/11 抹消登録 

スイス航空時代

HB-ICM 撮影1961/12/21 東京国際空港 geta-o


日本国内航空時代

撮影1965 東京国際空港 geta-o


日本航空時代

航空情報1966年10月号国内ニュース

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 番外

番外 東京国際空港展望デッキ入場券の航空機図案

 CV880の写真は裏焼き、胴体のJAPAN AIRLINESを消しています。日航以外の各社に配慮したということでしょうか。

 この図柄が何時から採用されたのか不明ですが、スタンプ日付の1946(昭和46)年というと、既に前年の10月をもってCV880の路線運行が停止され、最後の機体がボーイング社に引き取られた後なので、時代遅れの図柄となってしまいました。

提供MARU







 
裏焼きで胴体のJAPAN AIRLINESを消してある

 

番外 キャセイ パシフィック航空のCV880-22M

 

 キャセイ パシフィック航空は、もと日航の機体を含めて4機のCV880-22M型を所有しました。日本にも飛来しています.

VR-HFS

VR-HFS 撮影1966  大阪国際空港 濱野博司


VR-HFZ

VR-HFZ 撮影1970/01  大阪国際空港 KUPANBA

VR-HGF

JA8022

VR-HGG

JA8024

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番外 シビル エア トランポート(CAT)のCV880-22M

 

Civil Air TransportはCV880-22Mを1機所有しました。

B-1008 撮影1966  大阪国際空港 濱野博司




 

 日本万国博覧会に大阪国際空港に飛来したCV990   万博

BALAIR CV990 HB-ICH 撮影1970/07 濱野博司





MORDAN AIR CV990 N-5614 撮影1970/08 濱野博司

MORDAN AIR CV990 N5607 撮影1970 濱野博司