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日本民間航空の歴史 デ ハビランド ヘロンとタウロンの歴史


      
History of the  De Havilland DH-114-1B HERON and DH-114-1B-TAW TAWRON in Japan

    

  登録番号 製造番号 タイプ 登録日 抹消 日    備   考
1 JA6151 14024 -1B 53/11/04 63/11/11 東広島市に展示 (撤去)
2 JA6152 14036 -1B  改造 -TAW 54/01/25 70/12/11 広島市郊外に展示 (撤去)
3 JA6153 14037 -1B 54/03/02 68/01/13 熊本県荒尾市に展示  (撤去)
4 JA6154 14031 -1B 60/09/15
伊藤忠第1次分
67/04/17 大阪府PLランドに展示  (撤去)
5 JA6155 14026 -1B 63/08/28 八丈島で墜落
6 JA6156 14020 -1B 60/10/31
伊藤忠第2次分
69/12/16 スカンジナビアへ売却
7 JA6157 14029 -1B  改造 -TAW 70/12/11  

    TAWRONへの改造

8 JA6158 14028 -1B 61/03/09
伊藤忠第3次分
62/03/10 幻の日東航空塗装 防府市に墜落
9 JA6159 14027 -1B 67/08/26 福岡市に展示
10 JA6160 14014 -1B 61/06/27
伊藤忠第4次分
67/03/13  
11 JA6161 14022 -1B 68/11/07 イギリスへ売却
12 JA6162 14016 -1B  改造 -TAW 61/10/23
伊藤忠第5次分
73/06/13 広島県府中市に展示
13 JA6163 14018 -1B  改造 -TAW 73/06/13  
14 登録なし

14023

-1B 四日市ヘルスセンターに譲渡
15 登録なし

14030

-1B 調布で解体 部品取り材

(注) 伊藤忠第〇次分とは、伊藤忠がガルーダインドネシア航空から取得して調布で整備した機体を示します

 

梅@リタイ屋さんのイラストは「日本に舞った英国王室専用機ヘロン物語」から許可を得て転載
印は写真募集中を示す

 

日本におけるヘロン


日本におけるヘロン

 日本国籍を得たデハビランド DH114 ヘロンは、JA6151から6163まで通し番号の13機ですが、未登録に終わった2機もあって、計15機が日本の土を踏んでいます。

・ 日本航空がデハビランドから買った3機

 日本航空は、コメット商談との抱き合わせで買わされたといわれ、すぐに日ペリへ貸与(後に譲渡に切り換え)しました。

・ 伊藤忠がガルーダ航空の中古機を買った12機

 ガルーダインドネシア航空は、ヘロンのオーバーホール時期が来たのに国内に扱える工場が無く、外国へ出したら新品を買うほどの金がかかる というので手放したといわれています。同社は、ヘロンをPK-GHA〜Pまでの14機(FとJが欠番)所有して おり、そのうち、Bは早く売れ、Pはクラッシュしていましたので、残る12機をすべて伊藤忠が引き取ってあげた訳です。 

 伊藤忠は、12機を2機ずつ輸入して調布の伊藤忠航空整備で再整備し、ローカル航空会社への売り込を図りました。しかし、4発エンジン機にしては15人程度しか客を乗せられないという採算性の悪さもあって、なかなか売れなかったらしく、伊藤忠整備でJA登録してから各社に所有権が移るまでにかなりの月日を要している機体が殆んどです。

 なかには日東航空の正規塗装を施しながらキャンセルされたものもありました。また、所有権移転までにリースした機体が多く、それらの正確な記録は不明です。

 なお、12機のうち、1機はガルーダインドネシア航空のレジ塗装のままで四日市ヘルセンターへ譲渡されて飛ぶことは無く、もう1機は部品取り用に調布で解体されています。

輸入してきたガルーダインドネシア航空の塗装
作図 佐伯邦昭  (広島航空クラブニュース30 1966/09発行 から) 

世界の航空機 1953年11月号折込

TAWRONについて    TAWRON

 日本の13機のヘロンのうち、東亜航空は7機を使って最大のユーザーであった訳ですが、ジプシークイーン空冷直列250馬力のエンジンの重量過多、クランクケース亀裂などの故障多発、部品入手の困難等々のために随分泣かされたようです。

 たまたま、メキシコで高地運航に適するように340馬力という強力なライカミングの水平対向エンジンに換装したスーパーヘロンというのが現れ たのを参考として、わが社のヘロンもエンジンを変えようじゃないかとなり、そのトップを切ったのがJA6157です。新明和伊丹工場でコンチネンタルの水平対向260馬力エンジンに換装されました。

 重量も形状も違うエンジンを取り付けるのですから、気流や重心や取り付け部の剛性など一から検討し直す必要があり、東大の3m風洞でテストしたりして、まるで新造機のようだったと思われます。

比較

 

DH114-1B Heron

DH114-1B-TAW Tawron

エンジン

Gipsy Queen GQ30Mk-2 250hp

Continental IO-470-D 260hp

プロペラ

De Havilland PD135 212/1  重錘型

Hertzel HC-A2XF-2-2B  フルフェザリング

燃料

91/96

100/130

排気

集合排気管

単排気 増速排気管

暖房

排気利用

荷物室にジャニトロール型ヒーター設置

総重量

5850kg

5630kg

巡行速度

140mph

159mph

航続距離

1200mile

800mile

上昇限度

17500ft

18000ft

TAWRON 1号機 JA6157の改造後の写真
            撮影1964 新明和伊丹工場 平田邦久 提供関西航空史料研究会

コンチネンタルIO-470-D水平対向6気筒 260馬力エンジンに換装


 

タウロンの計器盤 

 JA6157、6152、6162、6163がヘロンからタウロンに改造されました。6153と6156は、何故かヘロンのままで飛んでいます。

 この改造が成功であったのかどうか、つまり、東亜航空は改装費のモトが取れたのか ? 延命という見地から見るならば一応成功と言えるのではないでしょうか。

東亜航空のヘロンとタウロンの1964以降の使用期間

  1964 1965 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973
JA6151     Heron          
JA6152 Heron Tawron      
JA6153 Heron          
JA6156 Heron        
JA6157 Tawron      
JA6162 Heron Tawron
JA6163 Heron Tawron

 JA6157の改造を報じた航空情報は、● ヘロンTAW誕生  ● 「経済性を高めるため日本で改造」という見出しを付け、編集後記に「地味な仕事ながら、日本の航空技術がここまで広がりを見せたという意味で、大変重要な興味あるものだった」と評価しています。

 

JA6151 De Havilland DH114-1B 全日空 白鷺1号    151
1953/08/21 c/n14024 114-1B G-ANAX
1953/11/02 コーンズ商会により輸入 羽田到着
1953/11/04 JA6151登録 日本航空  定置場東京国際空港
1954/02/01 日本ヘリコプター輸送に貸与 愛称白鷺1号 定置場東京国際空港
1954/11/30 会社表示を日ペリ航空に変更
1959/05 全日空(1957/12日ペリから変更)に譲渡  (現物出資)
1961 藤田航空
1963/11/01 合併により全日空
1964 東亜航空 定置場広島空港
1968/11/11 抹消登録
1968/10/21 東広島市 賀茂ドライブイン屋上に展示  解体時期不明

世界の航空機 1953年11月号


G-ANAXとして羽田に到着した時のイラスト 1966年発行広島航空クラブニュース第40号から 佐伯邦昭



日ペリ航空 撮影1957/03 東京国際空港 戸田保紀



日ペリ航空イラスト 梅@リタイ屋


全日空本空輸 撮影1960 名古屋空港 幸田恒弘


全日空本空輸 撮影  大阪国際空港 高田和彦






全日空イラスト 梅@リタイ屋



東亜航空 撮影1965 広島空港 幸田恒弘


東亜航空 撮影日不明 広島空港 中井アルバム

 

日替わりメモ 2011年8月6日

〇 ヘロン、タウロンにイラストを追加

 1年前に発行された「日本に舞った英国王室専用機ヘロン物語」は、梅@リタイ屋さんのイラストと物語風の解説で日本のヘロンすべてを取り上げた好個の本です。何よりも、航空機とそれを使う会社を暖かい目で見ているところが、同じヘロンを扱っても、ギスギスしたものにしかならない佐伯とは対照的です。

 どうぞイラストをお使いくださいとのメールを頂きましたので、その暖かい目で画かれたヘロンとタウロンの絵をたくさん拝借しました。ヘロンを使った国内全社の色彩がこれではっきりしました。

 それで思い出して、私が45年前に広島航空クラブニュースに載せたイラストも引っ張り出してみました。まったく下手としか言いようがありませんが、ヘロンの日本到着1号機G-ANAXのJALの派手な塗装や、胴体の上にHFアンテナ線を張っているなどは、まずいながらも珍しい記録なので併せてアップしておきました。

 本を提供して頂いた戸田保紀さんと梅@リタイ屋さんに感謝します。

   賀茂ドライブイン 撮影1973/05/05   MACH3


賀茂ドライブインのその他の写真はA6419-3へ 

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JA6152 De Havilland DH114-1B 全日空白鷺2号 114-1B-TAW 東亜航空 6152

1953/10/16 c/n14036 G-ANFF
1954/01/12 日本の耐空証明取得
1954/01/13 JA6152登録 日本航空  定置場東京国際空港
1954/02/01 日本ヘリコプター輸送に貸与 愛称白鷺2号  定置場東京国際空港
1954/11/30 会社表示を日ペリ航空に変更
1959/05 全日空(1957/12日ペリから変更)に譲渡  (現物出資)
1962/*/*   東亜航空 定置場広島空港
1965/04/23 新明和工業でエンジン換装 DH114-1BTAW 機名TAWRONと改称
1970/12/11 抹消登録 広島県佐伯郡大野町チチヤス乳業に払下げ
1970〜1979 チチヤス ハイパークに展示
1979   岩国市岩村鋼材でスクラップ

日本ヘリコプター輸送 まだ白鷺2号を表示していない 撮影1954/04/02 福井正夫



日ペリ航空 撮影 東京国際空港 杉浦 博


全日空 撮影 東京国際空港 geta-o


TAWRON改造後 東亜航空 撮影1965/09/19  広島空港 佐伯邦昭


 東亜航空 撮影1967/0917 大分空港 PAPPY



TAWRON
国道2号沿い チチヤスハイパーク入口付近 撮影佐伯邦昭 (2000年の航空史探検博物館トップページから) 


撮影1987/08 岩国市岩村鋼材 佐伯邦昭

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JA6153 De Havilland DH114-1B 全日空 白鷺3号  153

1953/10/53 G-ANFG De Havilland Aircraft Co.
1954/02/17 c/n14037 114-1B 耐空証明
1954/02/19 日本航空へ売却
1954/03/01 東京国際空港へ到着
1954/03/02 JA6153登録 日本航空  定置場東京国際空港  日本ヘリコプター輸送に貸与 愛称白鷺3号 
1954/11/30 会社表示を日ペリ航空に変更
1959/07/31 全日空(1957/12日ペリから変更)に譲渡  (現物出資)
  伊藤忠航空整備
  日本遊覧航空→藤田航空
1961/03 東亜航空 定置場鹿児島空港
1967/03/02 東亜航空において退役式  のち100万円で売却
1967/12 熊本県荒尾市「三井グリーンランド」に展示 解体時期不明
1968/01/13 抹消登録

日本ヘリコプター輸送 撮影1954/09/20 下郷松郎


日ペリ白鷺3号 1960年頃発行の絵葉書 提供Twinbeech



全日空本空輸 撮影1959 東京国際空港 提供JAHS

    




全日空 撮影1958/08 東京国際空港 ET


全日空 撮影1960/05 福岡空港 戸田保紀

(元写真) 板付基地のノースアメリカンF-100が見える


日本遊覧航空 撮影1961/04/29 東京国際空港 提供JAHS


東亜航空 撮影1963/09 広島空港 佐伯邦昭



三井グリーンランド 撮影 門上俊夫

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JA6154 De Havilland DH114-1B 日本遊覧航空 ミス八丈   154

1954/

c/n14031 DH114-1B

1954/04/09

 PK-GHO Garuda Indonesian Airways

1960/09/15

JA6154登録 日本遊覧航空 定置場東京国際空港

1960/10

日本遊覧航空 愛称ミス八丈 定置場東京国際空港

1961/02/15

東京国際空港整備場でダブ機に接触され小破

1961/06

社名変更 藤田航空

1962

1963/11の合併以前から全日空機として使用

1963/11/01

合併により全日空 訓練機として八尾空港常駐 名称TR-54

1967/02/13

八尾空港で誘導路をはずれ中破

1967/04/17

抹消登録

 

大阪府富田林市PLランドに展示

撮影1961/03/07 東京国際空港 geta-o


日本遊覧航空イラスト 梅@リタイ屋



日本遊覧航空 撮影1960〜1961 大阪国際空港 高田和彦


藤田航空 撮影1962/01/05 東京国際空港 赤塚 薫

藤田航空 撮影1962/05 提供JAHS


藤田航空 (社名の全日空の理由は下記) 撮影1962/06/03 東京国際空港 にがうり


・ 藤田航空のJA6154が合併前に全日空の塗装とは

 1963/08/28、藤田航空のJA5155ミス大島の八丈島墜落事故で、翌日になって僚機の痛ましい姿を発見したJA6154ミス八丈は 、藤田航空ではなく全日空のマークでした。
 それは、藤田の吸収合併を前提として全日空が社長を送り込むなど全面的に支援しており、藤田の飛行機も実質的に全日空機としていたからです。 この写真が全日空になっているのを不審に思って撮影者に尋ねたところ、そういう歴史が判明しました。事故の捜索や後始末の運搬などは全日空が 本機やDC-3を使って全社挙げて取り組んだということです。

 (なお、事故機のJA5155は、藤田から東亜航空へ貸出されたのをリースバックして団体旅行に使用していたもので す。)

全日空訓練機 撮影1964/04/20 八尾空港 Twinbeech

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JA6155 De Havilland DH114-1B 日本遊覧航空 ミス大島   155
1953/11/18 c/n14026 
1953/12/03 PK-GHI Garuda Indonesian Airways
1960 伊藤忠取得再整備第1次分
1960/10/ JA6155登録 日本遊覧航空 愛称ミス大島 定置場東京国際空港
1962秋頃 東亜航空へリース  (八丈島線をF-27と交替し余剰となったため)
  東亜航空で広島〜松山線に就航
1961/06 社名変更 藤田航空
1963 八丈島への団体遊覧のため東亜航空からリースバック
1963/08/28 八丈島への団体遊覧のため東亜航空からリースバック
団体輸送中に八丈富士山腹に墜落
1963/08/28 抹消登録

日本遊覧航空 撮影1960/11/21 東京国際空港Bラン geta-o


藤田航空 東亜航空からリースバック後か 東京国際空港 撮影1963 幸田恒弘


藤田航空イラスト 機首のミス大島を塗りつぶし 梅@リタイ屋 



東亜航空へのリース時代のイラスト 社名の文字のみを変更していた 佐伯邦昭

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JA6156 De Havilland DH114-1B     156
1953/07/14 c/n14020 DH114-1B
1953/11/04  PK-GIA Garuda Indonesian Airways
1960/05 伊藤忠による取得第2次分 調布で再整備
1960/10/31 JA6156登録 
1961/02/25 東亜航空 定置場鹿児島空港
 時期不明 東急電鉄? 愛称東急くろがね号
1969/12/16 抹消登録  
  Fjellfly Air Services
1970/01/07 LN-BFX Scandinavian Air Transport

撮影日場所? 胴体と尾翼の帯は東亜航空カラー 尾翼のTAWマークを消している   提供JAHS

 (2012/04/30 写真はJAHSの提供により掲載しましたが、撮影者が門上俊夫さんと判明し、 氏の申し出により削除しました。 )

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 JA6157 De Havilland DH114-1B(-TAW) 東亜航空  157
1954/01/21 c/n14029 DH114-1B
1954/02/17  PK-GHM Garuda Indonesian Airways
1960/05 伊藤忠による取得第3次分 調布で再整備
1960/10/31 JA6157登録 
1961/04/07 東亜航空 定置場鹿児島空港
1964/03/14 エンジン換装のため新明和工業伊丹工場に搬入
1964/08/24 新明和工業での作業完了
1965/04/23 DH114-1B-TAW 形式証明取得 
1968/11/05 使用停止
1970/12/11 抹消登録  
  所沢市 国際航空大学で解体

1984年 新明和工業での作業

 ジプシー、クイーン70エンジンを取り外した 撮影1964 平田邦久 提供関西航空史料研究会 

以下 TAWRONへの改造の写真参照

新明和伊丹工場でエンジン換装後の姿 撮影1964 平田邦久 提供関西航空史料研究会 


撮影1965/04 広島空港 佐伯邦昭 


尾翼にTAWRONの文字を書き入れた

   

1番エンジン始動 撮影日不明 広島空港 JAHS


撮影1965/09/07 広島空港 佐伯邦昭

 
   
    

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JA6158 De Havilland DH114-1B 東亜航空    158
1953/10/21 c/n14028 114-1B 
1954/02/17  PK-GHL Garuda Indonesian Airways
1960/05 伊藤忠による取得第3次分 調布で再整備
1961/03/09 JA6158登録  この頃日東航空の塗装を施す (仮契約か?)
1961/11/03  東亜航空 定置場広島空港
1962/02/23 広島〜防府線開設試験飛行中に防府市戸田(へた)山に墜落
1962/03/10 抹消登録

幻の日東航空ヘロン  撮影1961頃 調布空港  幸田恒弘 

    
 (日本のヘロンで日東航空塗装はこの1機のみ。しかし日東がヘロンを使った記録は無い)

東亜航空 撮影日不明 広島空港 提供JAHS


東亜航空 撮影1961 広島空港 佐伯邦昭

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JA6159 De Havilland DH114-1B 富士航空  159

1953/10/09

c/n14027 DH114-1B

1954/02/05

PK-GMK Garuda Indonesian Airways

1960

伊藤忠による取得第3次分 調布で再整備

1961/03/09

J6159A登録 定置場東京国際空港

1961/06/24

富士航空 定置場東京国際空港 

1964/04/15

合併により日本国内航空 定置場東京国際空港

1967/08/26

抹消登録

 

廃棄機体を東亜航空が購入 広島で日本航空学園の実習に活用

1968/07/16

広島空港から福岡市へ陸送

1968/

東亜航空から福岡市へ寄贈 貝塚公園に展示

富士航空 撮影1961/12/27 東京国際空港 赤塚 薫


富士航空 撮影1963/10/18 東京国際空港 赤塚 薫

   
富士航空イラスト 梅@リタイ屋  (6158は6159の誤り)



日本国内航空 撮影1967/03/21 東京国際空港 PAPPY



撮影2000/11 佐伯邦昭 (貝塚公園での塗装の変遷はA8101参照)


日替わりメモ 2011/06/08から

○ ヘロンの思い出

 1960年代、広島空港へ行けば必ずヘロンが見られました。F-27やYS-11に目を奪われてあまり写真を撮っていないのが心残りですが、ヘロンにまつわる思い出はいろいろとあります。

 その中で最たるものは、大嘘の新聞記事であります。

 日本国内航空のヘロンは、1967年に相次いで廃棄処分され羽田整備場のモノレールが運河トンネルを出たところに放置して ありましたが、その中の旧JA5159を東亜航空が引き取って、多分部品取りのためと思うのですが、胴体と翼を束ねたまま広島のハンガー横に置いていました。

 それを、日本航空学園の夏季実習により東亜航空機として再組立し、東亜航空から福岡市へ寄贈され、東区の貝塚公園に展示されました。

 その際の中国新聞記事がすごいのです。

 「東亜航空は、同機を新品として2680万円で買い、離島空路で使っていたが採算が合わないので、福岡市長からのたっての希望で贈呈することにした」と‥。

 贈呈した1968年には、東亜航空所有のJA5151と5153が引退していますので、この両機のことなら辻褄が合いますが、5151は広島県の賀茂ドライブイン、5153は熊本県の三井グリーンランドへ譲渡されていますので、福岡へ行くわけがありません。

 スクラップを引き取っておいて「2680万円で買い、離島空路で使っていた」なんてねえ! 誰かが大嘘をついて福岡市民や新聞読者をだまそうとしたのか、もう時効ですから、犯人は名乗り出て来て頂きたいもので‥。

 もっとも、貝塚公園の機体の打刻を調べたら、JA5151又は5153の方であったということになるかもしれませんので、お近くの方、東区の公園管理担当課に頼んで内部を探索してみませんか。

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JA6160 De Havilland DH114-1B 藤田航空   160

JA6160の経歴

1953/04/29 c/n14014 DH114-1B
1954/02/05 PK-GHA Garuda Indonesian Airways
1960 伊藤忠による取得再整備第4次分
1961/06/27 JA登録
1962/09/18 藤田航空 定置場東京国際空港
1964/04/15 日本国内航空
1967/03/13 抹消登録

藤田航空 撮影1962/09/23 八尾空港 Twinbeech


藤田航空 撮影1963/01/10 東京国際空港 赤塚 薫


日本国内航空 八尾空港 撮影1965 幸田恒弘

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JA6161 De Havilland DH114-1B 藤田航空  161

JA6161の経歴

1953/07 c/n14022
1953/11/12 PK-GHG Garuda Indonesian Airways
1960/05 伊藤忠による取得再整備第4次分
1961/06/27 JA登録
1961/12/29 藤田航空 定置場東京国際空港
1963/11/01 合併により全日空 訓練機として八尾空港常駐 名称TR-61 
1968/11/07 抹消登録
1968/10/29 G-AXPE Trad Air
1969/05/14 G-AXFH Shackleton Aviation
1969/05/21  Channel Airways
  Peters Aviation

撮影1962/01//05 東京国際空港 赤塚 薫



全日空 撮影1964/04/04 大阪国際空港 Twinbeech


全日空 撮影1966/10/16 八尾空港 音川 務


全日空 撮影日場所不明 ADFループアンテナが2本になる 中井アルバム

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JA6162 De Havilland DH114-1B 114-1B-TAW 東亜航空  162
1953/08 c/n14016 DH114-1B 
1953/10/29 PK-GHC  Garuda Indonesian Airways
1956/10 Field Aircraft Service G-AOXM 
1960/05 伊藤忠による取得再整備第5次分
1961/10/28 JA6162登録 伊藤忠航空整備
1962/07/10 東亜航空 定置場広島空港→鹿児島空港
1965/04/23 エンジン換装 DH114-1B-TAW 形式証明取得
1971/05/15 東亜国内航空
1973/06/13 抹消登録
  広島県府中市上下町 中元クリーニング工場に展示

東亜航空ヘロン時代 撮影1963/03 熊本健軍飛行場 興野博士



撮影1972/08 屋久島空港 T67M


 撮影2016/09/13 佐伯邦昭

その他の写真は広島県府中市中元クリーニング

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JA6163 De Havilland DH114-1B 114-1B-TAW 東亜航空    163
1953/05 c/n14018 DH114-1B
1953/10/22 PK-GHD  Garuda Indonesian Airways
1960/05 伊藤忠による取得再整備第5次分
1961/10/28 JA6163登録
1962/04/20 東亜航空 定置場松山空港
1965/04/23 エンジン換装 DH114-1B-TAW 形式証明取得
1971/05/15 東亜国内航空
1973/06/13 抹消登録

撮影 タウロンに改造直後 1965/04頃 平田邦久 提供関西航空史料研究会


東亜 国内航空時代 撮影1971/07/06 鹿児島鴨池空港 T67M



東亜国内航空時代 撮影1973/05/10 鹿児島鴨池空港 T67M


東亜国内航空イラスト 梅@リタイ屋

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De Havilland DH114-1B(製造番号14023) JA登録なし  201

製造番号14023の経歴

1953/08 c/n14023 DH114-1B
1954/01/25 PK-GHH  Garuda Indonesian Airways
1960 伊藤忠航空整備が取得
1962/12/10 三重県四日市市 四日市ヘルスセンターへ譲渡展示  撤去時期不明 

四日市ヘルスセンターで組立作業中 撮影1963/01/15 下郷松郎 


航空情報1963/03 

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De Havilland DH114-1B(製造番号14030) JA登録なし  202

製造番号14030の経歴

1954 c/n14030 DH114-1B
1954/05/31 PK-GHN  Garuda Indonesian Airways
1960 伊藤忠航空整備が取得
1963/03/30 部品取り用材として解体

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