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航空歴史館 掲載14/12/17
追加17/04/23

川崎KAL-1、-2の歴史

 

目 次

KAL-1  1号機 

 設計者 土井武夫技師の回顧

 陸上自衛隊0001の写真
KAL-1  2号機 1962年 名古屋空港

1965年 大阪市交通科学博物館へ譲渡

2014年 かかみがはら航空宇宙科学博物館へ譲渡
KAL-2

1号機 2号機の経歴と写真  
 

 

1 KAL-1 1号機 JA3066  
 

設計者 土井武夫技師の回顧

〜 いざ設計を始めてみると、あまりにも完全な空白期間のため、詳細設計に適用すべき規格、規定の類が確立しておらず、また、関連産業もすっかり航空関係とは無縁になっていたので、リベット1本に至るまで設計、製作しなければならない状態であった。
 発動機は、当時アメリカの軽飛行機に多く用いられていた水平対向六気筒のライカミングGO-435-C2型(240馬力)を採用し、機体は近代的な低翼単葉、全金属製、引込機構を持つことを基本方針とした。資材調達が最も重大な問題となり、結局、発動機、プロペラ、補機類、計器類は一切を輸入に仰ぐこととしたが、降着装置をはじめ、構造部材、電気、油圧等諸系統の大部分は、国内業界の熱心な協力を得て、なんとか間に合わせることができた。現在ならば、ごく容易かつ安価に入手できる排気管の材料の如きが、どうしても検査に合格せず、米軍の軍曹殿にモグリで分けて貰った覚えもある。 〜
                   (昭和50年日本航空協会刊 日本民間航空史話“KAL-1型の台湾飛行”より)     

1953/07/20 c/n1001 ロールアウト
1953/07/07 JA3066登録
1953/07/21 初飛行
1954 20001 防衛庁(陸上自衛隊)
1964/06/17 防衛庁用途廃止 以後消息不明

航空情報1953年10月号



 

1954年1月22日の写真 提供 鈴木 博(元大蔵省職員) 

 1954(昭和29)年1月22日、川崎航空機株式会社での写真です。背景は川崎航空機岐阜工場格納庫です。私が飛行機を邪魔して立っており、飛行機の前部しか写っていないものですが、それでも資料価値ありとの佐伯さんが言うので送ります。川崎のオカルさんと呼んでいましたね。

 その夜、各務原市内で行われた宴会、戦後初の国産機完成の宴としては鍋を囲む質素なものでしたが、招待されたのが運輸次官、運輸省大臣官房会計課長、大蔵省私、招待側が川崎航空機社長、川崎岐阜工場長、KAL-1設計責任者という顔ぶれです。

佐伯注 : 運輸省会計課と大蔵省という顔ぶれからして
 エンジンや計器の輸入外貨割り当て等で国が関与し、
 それに伴う検査での出張だったのでしょう。

 

1954

新明和伊丹工場 撮影日は陸上自衛隊時代1954〜1964の間 荻田 守 提供関西航空史料研究会

 

 

 

2 KAL-1 2号機 JA3074   
1953/09/18 c/n1002 JA3074登録 川崎航空機工業 定置場岐阜県稲葉郡蘇原町
1965/07/10 大阪市交通科学博物館へ展示
1965/07/19 JA抹消登録
2014/03/31 大阪市交通科学博物館廃館
2014/12/02 かかみがはら航空宇宙科学博物館へ展示

1962年 名古屋空港   1962

撮影1962/03/07 名古屋空港 高橋 豊





1965年 大阪市交通科学博物館へ譲渡  提供小山澄人 


 ボランティア仲間の川崎重工OBの方から頂いた写真です 。川崎社用機のKV-107に吊り下げられているKAL-1 2号機(JA3074)が写っています。

 川崎重工OBの方々の話では、大阪の交通科学博物館まで空輸していった時の写真、とのことなのですが、このような吊り下げ状態で大阪の市街地上空を飛行したというのは考えにくく、半信半疑なのですが・・・。

 航空ショーか何かでKAL-1を使ってKV-107のホイスト能力をデモしているところだ、と言われる方もおられるのですが、KAL-1についてはリサーチ不足でして、本当のところはわかりません。

 はっきりした撮影時期も当方ではわからないのですが、KAL-1 2号機はJA登録抹消(1965年7月)後、1、2年は川崎重工に置かれたままの状態で引き取り先を探していたそうですので、そのくらいの時期ではないかと思われます。(2003/08/17記)

トラック輸送でした 木村 宏さんから連絡  トラック

 そもそもKAL-1は、川崎航空機様より東京の交通博物館に寄贈のお話しがあり、協議の結果、大阪の交通科学館(当時の呼称)で受けることとなったものです。

 私と上司が各務原に出張し、搬出・搬入方法等を打ち合わせ、輸送は、工場より館まで主翼を取り外し貨物トラックで輸送しました。小山さんの疑問のとおり、バートルで大阪まで空輸したのではありません。

 交通科学博物館での組立は、川崎重工技術者の手で行われました。その後、より一層の教育効果を高める目的から、コクピットを覗けるように階段を設置し、また、エンジンカバーを透明アクリルに換えました。外したカバーが紛失しているとのことですが、残念です。

  朝日新聞の「東風」が加わるまでKAL−1は唯一の実機として多くの入館者に親しまれ、航空の歴史・文化にいささかなりとも寄与したであろうと、しみじみ回顧しております。(2013/12/29記)


1973年 大阪市交通科学博物館

三点姿勢で見学タラップ付き 撮影1973/02/04 吉田家

 


1980年

三点姿勢でタラップ無し 撮影1980/08 KUPANBA


2008年

天井吊り下げ 撮影2008/07/05 HAWK


2013年 閉館前

2013年の状況 撮影2013/09/22 佐伯邦昭

 

各務原

2014年 かかみがはら航空宇宙科学博物館へ    

収蔵庫で組立完了 撮影2014/11/30 小山澄人



館内展示 撮影2014/12/02 小山澄人


右エンジンカバーは交通科学博物館当時の透明アクリルのままです。オリジナルのカバーは紛失してしまったとのことでした。


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KAL-2

 

KAL-2の歴史

 川崎航空機は、陸上自衛隊用に開発 しましたが、富士航空機のLM-1にやぶれ、試作2機は海上自衛隊と航空自衛隊に引き取られ、海上自衛隊は徳島で連絡などに使用したのち、同基地に展示しました。 航空自衛隊機は陸上自衛隊を経て、所沢航空発祥記念館に展示されています。

× 川崎 KAL-2 ト-9001 

1954/11/25 c/n1021 初飛行
1955/12/17 海上自衛隊へ引渡 館山→鹿屋→館山
1966/04/20 徳島で用途廃止
  徳島航空基地に展示  
  撤去解体時期不明

海上自衛隊 館山航空基地 A3513-03参照

海上自衛隊徳島航空基地

酣燈社1969年刊 写真集自衛隊の航空機

撮影日 撮影者不詳 A7101-1参照

◎ 川崎KAL-2 航空自衛隊41-1555 → 陸上自衛隊20001 

川崎KAL-2の経歴

1954/12/23 c/n1022 航空自衛隊に引渡 40-1555 価格1450万円 実験航空隊所属
1964 陸上自衛隊へ所管替 JG20001 明野駐屯地
  用途廃止 木更津駐屯地に保管
1993 所沢航空発祥記念館に展示

現役時 航空自衛隊

航空自衛隊 40-1555 撮影1959/12/10 小牧基地 戸田保紀


 航空自衛隊 40-1555 撮影1962/03 岐阜基地 高橋 豊


現役時 陸上自衛隊

陸上自衛隊 20001 D(武器補給処) 撮影1964/11/29 大阪国際空港  馬場 功

陸上自衛隊 20001 D(武器補給処) 撮影1966/12/22 大阪国際空港 濱野博司


陸上自衛隊 20001 D(武器補給処) 撮影 明野駐屯地 高橋 豊 


明野駐屯地に展示?

陸上自衛隊 20001 D(武器補給処) 撮影1969/09 明野駐屯地 高橋 豊

 


木更津駐屯地に保管A3514-01

撮影1980/10/10  KUPANBA


所沢航空発祥記念館展示A3326-01

撮影2002/07/02  佐伯邦昭

 

      撮影2010/03/09 MAVERIC
      
 

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