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  航空歴史館

日本の民間水陸両用機研究 最終編集17/04/18

協力者 赤塚 馨、海上保安庁福原秀一飛行長、かかし、シシオ、高橋 豊、戸田保紀、中井潤一、にがうり、ねこ重A7M3-J、ET、FUKU、geta-o、HAWK、HAYAKAW、Kumagorou、MAVERIC、PAPPY、TR、Twinbeech、YS45 【まとめ佐伯邦昭】
参考文献 航空情報各号、鳳文書林日本航空機全集、朝日新聞社世界の翼ほか

 

目 次  

  JA記号 機    種 所有者 愛    称 備考
010 JA3010 Republic RC-3 Sea Bee 中日新聞社 飛龍  
043 JA3043 De Havilland DHC-2 Beaver 産経新聞社 日東航空 あさあけ         
059 JA3008 Piper PA18-25  朝日新聞社 小鳩 南極観測隊員訓練
JA3059 Cessna 180 朝日新聞社 さちかぜ 南極観測隊
111 JA3111 De Havilland DHC-2 Beaver 文部省 昭和  
115 JA3115 De Havilland DHC-3 Oter 産経新聞社 日東航空 つばめ  
165 JA3165 Cessna 185 Sky Wagon 関西航空 いぶき  
176 JA3176 De Havilland DHC-2 Beaver 関西航空    
302 JA-3302 Cessna 185 Sky Wagon 海上保安庁 302 南極観測隊
フロート付き写真募集
663 JA3663 Lake LA-4 Buccaneer 京都航空 有本産業    
JA3703 Lake LA-4 Buccaneer 京都航空
有本産業
Atsugi Flying AHub
   
JA3711 Lake LA-4 Buccaneer 京都航空 有本産業    
未掲載 JA3889 Cessna 185FSkayWagon 国立極地研究所   写真募集
925 JA3925 Piper J3C-65  君が淵学園   現役時写真募集
展示 所沢航空発祥記念館
966 JA3966 Cessna 206G 野崎産業 渋谷学園   東京航専
054 JA4054

N8408S
Lake LA-250 Renegade 個人    
Lake LA-250 Renegade
Lake 250 Turbo 270T
個人(米大使館員)   JA4054から移転
095 JA4095 Lake 250 Turbo 270T 日進興産    
118 JA4118 Lake 250 Turbo 270T 個人    
120 JA4120 Lake 250 Turbo 270 個人     
063 JA5063 Grumman G-21 Goose 中日本航空 長崎航空 はくちょう  
日東
航空
JA5057 Grumman G-73 Mallard 日東航空  日本国内航空 第一くろしお→くろしお  
JA5067 Grumman G-73 Mallard 日東航空 第二くろしお→はやしお  
JA5081 Grumman G-44 Super Widgeon 日東航空    
JA5090 Grumman G-73 Mallard 日東航空  日本国内航空 第三くろしお→おやしお  
JA5106 Grumman G-73 Mallard 日東航空  日本国内航空 みちしお  
JA5117 Grumman G-73 Mallard 日東航空  日本国内航空 はつしお  
 日本国内航空(旧日東航空)水上機の終焉
N1 N6671K
N114
RepublicRC-3 SeaBee Atsugi Flying AHub Lucky Lady V 1
N2  JA007P Cessna T207H 個人
?1 詳細不明 Cessna 206系か? 2 3 現役時写真募集
展示 産経宮崎新聞社

参考 De Havilland DHC-2 Beaverの陸上型

陸上型
JA3046 De Havilland DHC-2 Beaver 大和航空    
JA3047 De Havilland DHC-2 Beaver 大和航空    
JA3071 De Havilland DHC-2  Beaver  中日新聞社 若鷹  
JA3080 De Havilland DHC-2  Beaver  アジア航測    
JA3097 De Havilland DHC-2 Beaver 中日新聞社 新鷹         

 

 

Republic RC-3 SeaBee  JA3010 飛龍   3010

JA3010の経歴

1947/04/29 c/n723 SE-BXD Smith, Kirkpatrick & Co.Ink.,Inc. この項目は不明確
1952/07/08 横浜港に泊着 東京国際空港で組立
1952/07/28 JA登録 中日新聞社 愛称飛龍  定置場中日大府飛行場
1952/08/15 中日大府飛行場において披露式挙行
1953/02/27 大府飛行場離陸後にエンジン不調で不時着大破
1953/03/11 抹消登録  飛行時間98時間40分

航空情報1952年12月号より 左は中日新聞社 Piper PA20 JA3011 白鳩

羽田整備場で組み立てた直後の撮影と思われます。管制塔は米軍時代からのもの1-1 

撮影日、場所不詳 提供かかし



 中日新聞社は、1952/06/01に航空部を設置し部員を揃えたものの機材の入手が遅れて、固定翼のSeaBeeとPiper PA20は8月から、ヘリコプターは11月になってから活動を開始しました。他社がCessna 195(朝日、毎日、読売)やCessna 170(産経)を揃えた中で、なぜ水陸両用のSeaBeeを選んだのか 知りたいところです。

 それにしても飛龍という愛称には驚きます。たしかに龍が頭をもたげて飛ぶ姿を連想しますが、事実は次のようなことではないでしょうか。
 中日新聞社が使用した大府飛行場では、終戦までに陸軍四式重爆撃機飛龍の組立が行われていたこと、それと、終戦日以降行き場を失った飛龍を使って、飛行場奉仕のお礼を込めて10日間くらい近在の人を乗せて飛行したというエピソード等に関係した命名と考えられる訳です。

中日大府飛行場の歴史 (1978年刊 あいちの航空史より)

1941/10 知多郡大府町の丘陵地に三菱重工業が専用飛行場及び組立工場の建設開始
1944 三菱航空機知多整備工場(滑走路1000m併設)完成
1945/08/15まで 陸軍四式重爆撃機飛龍を組立 最盛時月産60機
  小田万之輔工場長が飛行禁止命令が出るまで近在の人を乗せてお礼飛行
1952/08/15 中日新聞社専用飛行場として開設(滑走路420m)
1958/07 中日新聞社機が小牧空港へ移動し、中日大府飛行場閉鎖

                                                                      TOP

 

De Havilland DHC-2 Beaver 水上機型 JA3043 あさあけ  043
1953/03/03 c/n446 JA3043登録 産経新聞社 愛称あさあけ 定置場阪神飛行場
1959/07/15 徳島港にフロートから脚出しのまま着水し、前のめりで倒立(日東航空機)
63/04/01 日東航空に譲渡 (産経新聞が使用)
1964/07/04 滋賀県滋賀郡志賀町(現大津市)
琵琶湖近江舞子海水浴場開きを取材中に失速して墜落
1964/08/15 抹消登録

日本航空機全集より

日本航空機全集より



陸上型に改修中か 撮影1960/01/07 八尾飛行場 Twinbeech




陸上型に改修  撮影1960/03/13 八尾飛行場 Twinbeech



撮影1962/06/05 東京国際空港 geta-o

同上

 

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Cessna 180 JA3059 さちかぜ  Piper PA18-125 小鳩 朝日新聞社   008

JA3059の経歴

  c/n30058 伊藤忠航空 定置場八尾空港
1953/07/01 JA登録 朝日新聞社 愛称さちかぜ 定置場東京国際空港
  1956年 第一次南極観測隊に参加
1968/05/16 昭和航空 定置場八尾空港
1975/03/11 平塚利弥 定置場岡山空港
1981/07/09 抹消登録 

第一次南極観測隊に参加したCessna 180 JA3059 さちかぜ

     詳細は宗谷時代の南極観測隊航空機研究RS-10参照

Cessna 180 JA3059 さちかぜ  (朝日新聞社 1956年11月刊 世界の翼1957年版より)


JA3008の経歴

1952/07/26 形式PA-18-125 c/n18-1225 朝日新聞社 愛称小鳩 定置場東京国際空港
  1956年 第一次南極観測隊航空機要員の訓練に使用
1970/02/26 日本学生航空連盟 第6号 定置場八尾空港
1971/12/27 形式PA-18-135に変更
1972/05/29 抹消登録 
1972/10 大阪国際空港に展示 撤去済み

第一次南極観測隊航空機要員を訓練したPiper PA18 JA3008

Piper PA18-125 JA3008 小鳩 (訓練のみ)
ヘリコプターは、ベル47G JA7024 ペンギン (南極隊参加)
 (朝日新聞社 1956年11月刊 世界の翼1957年版より)

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De Havilland DHC-2 Beaver 水上機型 JA3111 南極観測機 昭和  111
1957/09/04 c/n1049 JA3111登録 文部省南極観測本部 愛称昭和 定置場 調布飛行場
1957/10 海上保安庁に所管替え
1957/11 第二次南極観測隊に参加
1958/11 第三次南極観測隊に参加
1959/11 第四次南極観測隊に参加
1961/02/27 岩手県釜石沖に不時着水没
1961/03/29 抹消登録

南極にて JA3111 昭和号  氷上ではスキーを装着 撮影 海上保安庁福原秀一飛行長 

詳細は宗谷時代の南極観測隊航空機研究RS-10参照

 

De Havilland DHC-3 Oter JA3115 日東航空 つばめ   115
1958/02/26 日本観光飛行協会が名称を日東航空株式会社に変更
1958/03/27 c/n233 神戸港に泊着 東洋綿花扱い
1958/04/08 JA3115登録 日東航空 定置場大阪空港
1958/04/26 つばめ 命名披露式、招待飛行挙行 八尾飛行場
1958/05/01 堺港をベースに徳島、白浜線に就航
1963/05/01 淡路島鶴羽山(ゆづるはさん)の中腹に衝突 乗客9名死亡 正副機長重傷
1963/05/14 抹消登録

撮影日(胴体に社名とつばめが未記入で、1958/04中旬と推定) 八尾飛行場 提供 かかし   

同上


撮影1960/02/07 八尾飛行場 Twinbeech           



撮影 八尾飛行場 geta-o

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Cessna 185 SkayWagon  JA3165 関西航空 いぶき  165
1961/01/04 c/n11850104 JA6165登録 関西航空 定置場八尾空港 
1961/11/08 琵琶湖で着水失敗事故
1975/09/04 用途廃止
  大分市日本文理大学教材機

撮影1962/02/21 琵琶湖浜大津 geta-o

撮影1963/07/07 琵琶湖浜大津 Twinbeech




滋賀県 旧関西航空水上機基地 
A5207 参照


大分県 日本文理大学 
A8403 参照

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De Havilland DHC-2 Beaver 水上機型 JA3176 関西航空   176
1963/02/01 c/n1511 JA6176登録 関西航空 定置場大津市 
1973/01/29 定置場八尾空港
1977/01 社名変更関西航測 定置場調布飛行場
1982/01/21 抹消登録 アメリカへ売却

撮影1963/07/07 琵琶湖浜大津 Twinbeech

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Cessna 185 JA-3302 海上保安庁    302
1961/08/18 c/n0158 N11B JA3302登録 海上保安庁 定置場羽田航空基地 
1961/11 第六次南極観測隊に参加
  定置場広島空港 海上保安庁パイロット訓練に使用
1964/04/28 広島空港へ着陸時に横転大破
1964/10/12 抹消登録

Cessna 185 JA-3302  撮影1961/10/18 東京国際空港 geta-o

 この撮影の直後にフロートに付け替えられて第六次南極観測隊参加で宗谷に搭載されたと思われます。

詳細は宗谷時代の南極観測隊航空機研究RS-10参照

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Lake LA-4-200 Buccneer JA3663 JA3703→N593LA  JA3711   663
Lake LA-4 Buccaneer JA3663
  c/n530 N39380
1973/03/01 JA3663登録 京都航空 定置場滋賀県滋賀郡志賀町下今宿
1977/07/04 琵琶湖でハードランディングによりプロペラブレードが胴体上面を破損
1979/09/04 有本産業
  登録未抹消  河口湖自動車博物館

撮影1973/07/15 八尾空港 geta-o

 

撮影2004/08/11 河口湖自動車博物館 ねこ重  

Lake LA-4 Buccaneer JA3703

  c/n593 N65661
1974/03/28 JA3703登録 京都航空 定置場福井空港
1979/09/04 有本産業→原田正昭 定置場滋賀県滋賀郡志賀町下今宿
1986/07/19 竜ヶ崎飛行場で胴体着陸中破
1991/03/18 抹消登録
1991/03/10 厚木フライングクラブへ売却 N593LA

撮影1981/06/07 霞ヶ浦 旧鹿島航空隊跡のスリップ geta-o

 この当時は入り口に有本産業の看板がありましたが、機体には何も書いてありませんでした。後方柵の向こうに見えるのが霞ヶ浦です。この場所に度々行きましたが管理の人を見たことはありません。当然飛んでいるところも見たことがありません。

撮影1983/03/08 竜ヶ崎飛行場 ET

 

撮影1984年頃 調布飛行場 井上剛

元写真

機首とキャビン上部が壊れているようなので、調布へ修理に来ていたのかもしれません。

撮影1993/05/09 厚木航空基地ちびっこヤング大会 geta-o

 

Lake LA-4 Buccaneer JA3711

  c/n597 N65667
1974/04/16 JA3711登録 京都航空 定置場滋賀県滋賀郡志賀町下今宿
1979/09/04 有本産業
  登録未抹消
  宮城県築館町レストランひまわりに展示 現状不明 A2303参照

撮影1979/11/24 入間基地 国際航空宇宙ショー ET

撮影1981/06/07 霞ヶ浦 旧鹿島航空隊跡のスリップ geta-o

撮影1989/08 宮城県築館町レストランひまわり シシオ
 

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Piper J3C-65 JA3925      925
1941 c/n6328 N35361 
1983/05/21 N35361抹消登録
1983/08/23 JA3925登録 君が渕学園 定置場熊本県八代市八代大島マリーナ
1985/10/31 安藤幸男 定置場熊本県天草郡矢野町
  用途廃止 登録未抹消
1993 所沢航空発祥記念館に展示

撮影 所沢航空発祥記念館 YS45   (現在は格納庫に保管)
 

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Cessna 206G  JA3966    966
1986/09/25 c/nU20606892 JA3966登録 野崎産業 定置場大西飛行場
1997/07/30 渋谷学園(東京航空工業専門学校) 定置場鳥取空港
1999/09/18 抹消登録 アメリカへ売却

撮影1993/11/27 北九州航空 geta-o


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Lake LA-250 Renegade  JA4054 → N8408S   N2
1987/10/16 c/n61 N8408S
1989/01/30 JA4054登録 坪井一郎→坪井仁子 定置場阿見飛行場
1990/06/02 琵琶湖で漁船の波によりハードランディング右補助フロート破損
1992/02/03 JA抹消登録
  アメリカ大使館員へ譲渡 N8408S再登録
  ターボ付きエンジンに換装されレーク250ターボになった模様
2003/01/15 Nナンバー抹消登録 http://www.airport-data.com/aircraft/N8408S.html 参照

撮影1989/09/23 阿見飛行場 geta-o

撮影1997/11/09 立川防災航空祭 A7M3-J (エンジンにKake 270Tと記入 ライカミングTIO-250装備か)

撮影日不明 厚木基地 にがうり


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Rake 250 Tarbo Renegade JA4095   4095
1989/08/21 c/n97 N8429R
1989/12/15 JA4095登録 日進興産 定置場鹿児島
1995/05/15 松原博 定置場岡南空港
1996/05/18 岡山県吉井川に水没中破
1999/11/20 廃機
1999/11/29 抹消登録  (熊本市 崇城大学教材)
2006/10/13 撤去

撮影1990頃 鹿児島空港 TR

元写真

 


撮影2004/06/23 - 10/22  崇城大学構内 FUKU

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Rake 250 Tarbo Renegade JA4118    118
 
1989/12/06 c/n101 N3569E
1990/08/27 JA4118登録 日本ビジネスジェット 定置場仙台空港
1990/10/09 川添修也ほか 定置場仙台空港
1990/12/03 仙台空港でハードランディング中破
1991/01/25 抹消登録 

撮影1990/12/01 仙台空港 Kumagorou

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Rake 250 Tarbo Renegade  JA4120    118

 

19 c/n109 N85482
1991/07/25 JA4120登録 長谷川清ほか 定置場仙台空港
  岡本弘樹 定置場青森空港
1997/03/24 株ワッツ 定置場ホンダエアポート
2000/08/16 抹消登録 アメリカへ売却

撮影1994/05/19 仙台空港 geta-o

 

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Grumman G21 Goose JA5063 中日本航空 はくちょう→長崎航空   5063 50
1942 c/n1153 USNAVY 0209B → G21 N1376V
1960/09/10 東京国際空港到着
  G21(2枚ペラ7席)からG21A(3枚ペラ10席)に改造
1960/09/13 JA5063登録 中日本航空 愛称はくちょう 定置場名古屋空港
  長崎航空(リースと思われる) 定置場 大村空港 大村〜対馬線に就航
1965/03/24 抹消登録 
  カナダへ売却 CF-SBS


新明和甲南工場 説明と他の写真は新明和甲南工場のグラマンG21グース参照

撮影1963/09/15 名古屋空港 赤塚 薫




撮影 名古屋空港 高橋 豊





新明和興業伊丹工場  碇 紀夫 2枚の写真は1965年カナダへの売却待ちの時期の撮影と思われる



長崎航空の表示 当然ながら尾翼の中日本航空マークは消されている

カナダへ売却

 1965年2月に解体して横浜港からカナダへ海上輸送されました。売却の交渉は中日本航空が行なったと思います。(川村保敏氏証言)

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日東航空のGrumman G73、G44    日東


日東航空の水上機路線

 日東航空株式会社は産経新聞グループが大阪に設立したもので、不定期航空事業免許を1960年1月11日に取得して、中小型水陸両用機による路線を開設しました。
 使用した水上機は、Grumman G-73マラード、Grumman G44 Super Widgeon(予備)、De Havilland DHC-3Oter、De Havilland DHC-2Beaverです。
 最盛期の水上機路線は下図のとおりですが、1964年4月15日に富士航空、北日本航空と合併して日本国内航空になってから徐々に整理され、1966年には一部陸上機に置き換えられて全廃されました。


1 Grumman G73 Mallard JA5057

1950/12/19

ロールアウト c/nJ-56 N5118, N51181

 

所有ジェネラルモータース 会長専用機 飛行5000時間

1959/12/09

東洋綿花が輸入 羽田に到着 以後東京国際空港で整備

1959/12/29

JA5057登録 日東航空 愛称 第一くろしお 定置場 大阪国際空港

1960/02/20

第一くろしお命名式 伊丹事業所完成披露式挙行

1964/04/15

合併により日本国内航空

1967/06/03

抹消登録 パナマユニバーサルトレードコーポレーションへ売却 CF-YOC 

撮影1958/12/13  新規登録前に東京国際空港において整備中 戸田保紀

このほか 同日撮影の詳細写真はT59-1参照

 GM社の会長がフィッシング用の自家用機として使っていた機体で、急死により売りに出されました。

日東航空第一くろしお 撮影日場所不明 (この写真の持ち主はご連絡ください)


日本国内航空時代 撮影1964/04以降 中井潤一

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2 Grumman G73 Mallard JA5067  67

1960/07/05

c/nJ-40 JA5067登録 日東航空 愛称第二くろしお 定置場 大阪国際空港

 

愛称はやしおに変更

1964/02/18

尼崎市田能二ノ坪に不時着大破、爆発

1964/02/25

抹消登録  

撮影1962/05 大阪国際空港 にがうり

同上

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3 Grumman G44 Mackinon Super Widgeon JA5081  81

1961/04/12

c/n1430 JA5081登録 日東航空  2500万円で購入 

1964/04/15

日本国内航空

1966/05/10

抹消登録  売却 パナマ N317RA

  Super Widgeonはマラードの予備機として導入されましたが、実路線ではほとんど使われることなしにリタイアしました。

撮影1960/09/25 大阪国際空港 Twinbeech

同上 向こうに日東航空第二くろしお


撮影 大阪国際空港 geta-o

同上 


撮影1964/04以降 提供 中井アルバム

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6 Grumman G73 Mallard JA5090   90

1961/06/19

c/n J-6 JA5096登録 日東航空 愛称第三くろしお 定置場大阪国際空港

 

愛称おやしおに変更

1964/04/15

日本国内航空

1966/09/22

抹消登録 売却 N7306

撮影日不詳 提供 中井アルバム

同上

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7 Grumman G73 Mallard JA5106    106

1961/06/19

c/n J-38 JA5106登録 日東航空 愛称みちしお 定置場大阪国際空港

1964/04/15

日本国内航空

1966/05/25

抹消登録  売却 パナマ N7338

JA5106 撮影1962/05 大阪国際空港 にがうり


撮影1963 Twinbeech


1963年 広島空港まつりにて  佐伯邦昭


腰に手ぬぐいをぶら下げたお兄ちゃんが出迎える中 タキシング



フレンドシップと向き合う位置へ  MAZDAキャロルとMAZDAT1700三輪トラックも待機

 


8 Grumman G73 Mallard JA5117    117

JA5117の経歴

1961/06/19

c/n J-54 JA登録 日東航空 愛称はつしお 定置場大阪国際空港

1964/04/15

日本国内航空

1966/06/03

抹消登録  売却 パナマ N7356

撮影1964 Twinbeech


撮影1965/09/04 大阪国際空港 佐伯邦昭


 9 日本国内航空(旧日東航空)の水上機の終焉    nittoend

航空情報1965年11月号国内ニュース



飛ばなくなったマラードとウイジョン 撮影1965/09/04 大阪国際空港 佐伯邦昭

日替わりメモ2010/12/11から転記

  日東航空のマラードとウイジョンの末期写真

 全く個人的なことですが、1965年の夏の甲子園(優勝は帝京高校)が終わって、各新聞社が場内で使っていたテレビ受像機を社員に払い下げるというので、その1台をわざわざ広島から大阪まで貰いに行ったことがあります。行きは東亜航空のコンベアCV240、帰りは特急しおじ号という、人様が聞けばタダヨリ高イモノハナイの典型でありました。(それでも、新品を買うよりは安くついたかもしれません。)

 もちろん我が方の魂胆は、この機会にテレビをくれる義兄一家と交流をはかること、それ以上に、たまには飛行機を利用して広島と大阪の飛行場を場内から写そうということでありまして、持ち帰ったゼネラルテレビは両親を喜ばせた程度ということでした。

 ネガを見ますと、降りてから時間をとって写しても注意されなかったらしく、タイ航空のカラベルをはじめ、ノール262、727、バイカウント、F-27などがあります。そして、その時には、こんな奴も写しておくか程度のショットが草むらの中に置かれていたマラード2機と Super Widgeonでした。今頃になって、その写真と航空情報が伝える日本国内航空の老朽機処分方針を重ね合わせましたら、末期の状態だったのかと理解できました。

 伊丹の東亜航空のスポットと建物が端っこであったために、のんびりと老朽機置場まで写せたのでしょう。よき時代のなんでもない写真が45年後に蘇った次第です。

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Republic SeaBee 個人所有 The Lucky Lady V    N1

1-1 N6671K 撮影1959/09/29 東京国際空港 戸田保紀

 





1-2 N6671K 撮影1962/01/05 東京国際空港 赤塚 薫


1-3 N6671K 撮影1962/07/14 東京国際空港 赤塚 薫


 常に、エルクーペと並べて置いてありました。しかし、飛んだのを見たこともないし、話にも聞いたことがありません。厚木へは飛んでいったのでしょうか。(赤塚)


・ 厚木にて ATSUGI AERO AHUB

2-1 N6671K 撮影 1969/12/09 厚木基地 HAYAKAWA 

 箱のようなもので機体を支えており、主翼とプロペラがありません

2-2 N6671K 撮影1971/05/16 厚木基地三軍統合記念日 PAPPY 

 主翼と車輪が復活していますが、まだプロペラがありません。トラトラトラ撮影に使われた九七艦攻(T-6)も見えます

REPUBLIC RC-3 SEABEE #950 http://www.seabee.info/rc3_950.htm から引用

1947-05-?? Manufacturing Serial Number950 N6671K
1947-07-30 Officially delivered from Republic Aviation Corp. to Philadelphia Aviation Corp.; Philadelphia, Pennsylvania, USA.
1959/09/29 羽田整備場で確認(上記写真のとおり)
1969-??-?? Acquired by NAS Atsugi Aero AHub; NAS Atsugi, Japan.
????-??-?? Cancelled from US CAR.
????-??-?? Registered on US CAR. N114
1972-02-15 During landing training on Lake Kasumigaura,  the aircraft water-looped, nosed over and sank.  The 50 year old flight instructor (620 hrs on type) and the student escaped without any injuries.
  The aircraft was salvaged and supposedly returned to the USA for rebuild.
1996-08-21 Approximately 1200 Pacific daylight time, N114N experienced a loss of engine power while on final approach to Blakely Island Airport (S08), Blakely Island, Washington. The airplane landed short of the runway and collapsed the landing gear.

Due to the extent of fire damage to the engine, it could not be determined if there were any mechanical failures or malfunctions.

 N6671Kをいったん抹消し、再整備のうえ下記N114Nに登録し 、霞ヶ浦で訓練飛行中に墜落し、それを引揚げて米国へ運んで修理し、1996年にワシントンで陸離事故を起こすまで飛んでいたということです。


ATSUGI AERO CLUB N114N

3-1 N114N 厚木 撮影1971/12/12 HAYAKAWA 

3-2 N114N 厚木 撮影1972/02/14 HAYAKAWA 


この撮影の翌日、霞ヶ浦に墜落し ました。

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現役の水上機 Cessna T206H JA007P       007

JA007Pの経歴

2007/11/07 c/nT20608528 
2007/11/07 JA登録 加藤正雄 定置場南紀白浜空港

撮影2008/06/20 八尾空港 若松 提供Twinbeech

撮影2013/04/28 四万十川 HAWK

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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詳細不明のCessna      不明    966

撮影2010/09/05 宮崎市大口 産経宮崎新聞社 MAVERIC 左側の文字は産経宮崎


右側胴体 ROVERTSON社のストールキットのマーク


撮影2002/07/14 まるヨ

 2002年と2010年を比べると、宮崎経済新聞社が産経宮崎新聞社になり左胴体の表示が変わっているだけです。2002年にA8605へアップした時点では、宮崎経済新聞社のホームページに宮崎市大淀川河口の水上機の写真があったように記憶しています。(現在の産経宮崎ホームページには航空機は何もでていない)

 機体の形状からCessna 206系と推定されますが、解明を待ちます。(佐伯)
 

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