日本におけるダグラスDC-3 1951年以降の歴史全目次t

 

G 海上自衛隊のDC-3 ”R4D-6”   


30年の重み R4D-6Q  鹿屋航空基地史料館 1999/10/06 撮影にがうり
 

目次

  R4D-6とは 供与と配属 貴重な展示物 よたよたの離陸離日
9021  R4D-6  9021号機 
9022 R4D-6  9022号機
9023 R4D-6Q 9023号機 鹿屋航空基地史料館の展示変遷
9024 R4D-6  9024号機

ダグラスR4D-6とは

 米海軍のダグラスR4D-6輸送機は、米空軍のC-47Bと同じ形式で、高々度用の二速過給器をつけたP&W R-1830-90Cエンジンを搭載し、キャビンには兵員28人までのベンチシートあるいは燃料タンクなどが積載可能で、暖房ヒーターを増強した機体で、ダグラス社のオクラハマ工場で157機生産されました。 
  日本の民間DC-3が使っていたR-1830-92エンジンとこのR-1830-90Cエンジンの外形上の違いはナセルのエアインテークと排気管で見分けられます。

供与と配属

 海上自衛隊は1959(昭和34)年に米海軍から4機のR4D-6(海上自衛隊ナンバー9021 9022 9023 9024)を受領しました。うち1機9023は電子機器訓練用のR4D-6Qでした。これら4機は鹿屋教育航空隊に配属されました。他に輸送手段をもたなかった海上自衛隊では、教育用というよりも人員等の輸送機として使われることが多かったといわれます。

 1961(昭和36)年9月1日鹿屋教育航空隊は群に昇格し、その下に第205教育航空隊が編成されて4機のR4Dが移管されました。
 次いで1971(昭和46)年12月20日、厚木基地に輸送及び訓練支援隊として第61航空隊が発足し、鹿屋の
90219022がYS-11Mなどとともに移管されました 。

貴重な展示物 9023 

  鹿屋に残された90239024は用途廃止によるものと思われ、9023はそのまま鹿屋航空基地史料館に屋外展示され、今や日本でみられる唯一のダグラスDC-3として大変貴重な資産となっています。

よたよたの離陸離日 9021 9022

 厚木に移った90219022も1年後には用廃となり、以後永らく厚木基地に放置してありましたが、1975(昭和50)年1月にNナンバーにかえて厚木を後にしました。

 厚木の常連マニアも首をかしげたという老朽機のよたよた離陸であったそうですが、その 11日後に9021が鹿児島空港で撮影されています。

 鹿児島からは、フイリピンに渡り9021がRP-C14 9022がRP-C287となっています。

 注 電子機器訓練機9023には次の二通りの説があります。
 R4D-6Q : C-47Bからの電子機器装備改造型
 R4D-7Q : 空軍のTC-47B訓練機から海軍型にして電子機器を装備
 鹿屋航空基地史料館の機体の胴体には-6Qとペイントしてありますので、ここではR4D-6Qをとりました。

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R4D-6 9021

1944/09/24 c/n 14643   R4D-6-DK USAAF 43-48827
1944/10/03 US NAVY BuNo 50745, NAS SanDiego Fleet Air Wing
1944/10/07 US NAVY VH-5(ambulance)
1944/12 US NAVY VE-3(special electronics unit)
1945/02 US NAVY VE-1
1946/04 US NAVY VR-11
1946/11/29 US NAVY Quonset point
1947/05 US NAVY SanDiego
1947/05 US NAVY Fleet Air Service Sq.11, Honolulu
1958/11 海上自衛隊へ供与 カ-9021 鹿屋教育航空隊
  第205航空隊
1971/12/20 第61航空隊 厚木航空基地
1972/10 第61航空隊で用途廃止 厚木に留め置き
1975/02/13 N62428として厚木を出発 
1975/02/24 鹿児島を経由してフィリピンへ 
  Delta Air Corp., Manila RP-C14
  Victoria Air, Manila RP-C14
1950/06/12 US NAVY R4D-6C VR-21, Guam

参考写真 US NAVYのR4D標準塗装パターン 撮影1968/05/01 伊丹新明和地区  提供幸田恒弘

 

1958/11/** 海上自衛隊へ供与 9021 鹿屋教育航空隊配属

撮影1959/10/20 大分空港 カ-9021と表示 機首ナンバーなし (C)大分合同新聞社 


撮影1959/12/10 小牧基地 戸田保紀

 ものすごく風が強い日で、その上寒くて往生しました日差しも弱くて露出不足のフィルムになりました


撮影1960/07/12 東京国際空港 戸田保紀


 
1960/09/01 第205教育航空隊発足とともに移管、鹿屋基地

1962夏休み
鹿屋航空基地 撮影Harby



 生まれて初めて乗った飛行機がR4D−6の9021号機でした。1962年、高校3年生の夏休みに1週間の鹿屋基地体験入隊で体験飛行をしました。この時のパイロットは大戦中は一式陸攻に乗っていたそうで、操縦しながらタバコを吸っていました。

 体験入隊期間中に我々の面倒を見てくれたパイロットのTさんは、数ヶ月後にP2V−7で輸血用血液を輸送中に奄美大島で山腹に墜落して亡くなったことが印象に残っています。また、小銃を使って捧げ銃、担え銃(ササゲツツ、ニナエツツ)や歩伏前進等の体験をしましたが数年後に○○党が問題にして
中止になったそうです。(9022の該当欄も見てください)
1963/10 尾翼の塗装変化205 9021と表示 機首番号表示  熊本空港 撮影1963/10 Harby
撮影日不詳

胴体上面の白塗装廃止 広島空港 撮影日不詳 撮影 JAHS


エンジン整備中 提供海上自衛隊


 

1971/12/20 第61航空隊発足とともに移管、厚木航空基地

尾翼の205を61に書き換え
1972/10/** 海上自衛隊用途廃止
1974 厚木航空基地にて 売却に備えてエンジン等整備

厚木航空基地 撮影1974 A-330

1974/**/** J.Skinner N62428
1975/02/13 厚木からフェリー

61-9021と日の丸を消して飛び立つ  1975/02/13 厚木基地 撮影GO! NAVY 

 
1975/02/24 鹿児島空港からフィリピンへ

撮影1975/02/24 鹿児島空港 T67M

 鹿児島を出発するまでの11日間という長い日程を考えてみますと、外洋を越えられるように機内タンクを増設したり、老朽化した部分を修理交換し、試験飛行もしていたのではないでしょうか。1975年というと、R4DやC-47を整備していた新明和伊丹工場は既にありませんので、同じく伊丹の全日空整備に入庫していたのかもしれません。

1975/**/** Delta Air Corp., Manila RP-C14
1981現在 Victoria Air, Manila RP-C14
 この会社の写真はAir-Britainhttp://www.abpic.co.uk/search.php?q=RP-C14&u=reg&sort=most_popularにあります

22

R4D-6 9022

1944 c/n 14673   R4D-6-DK USNAVY 50751
1958/11 海上自衛隊へ供与 カ-9022 鹿屋教育航空隊
  第205航空隊
1971/12/20 第61航空隊 厚木航空基地
1972/10/31 第61航空隊で用途廃止 厚木に留め置き
1975/02 N62427として厚木を出発 
1975/02 鹿児島を経由してフィリピンへ 
  Phili Air RP-C287
1960/09/01 1963 宇都宮航空祭に飛来 撮影geta-o


白塗装廃止 提供海上自衛隊


 
1962夏休み 撮影Harby 9021の該当欄参照


撮影Harby 9021の該当欄参照
1971/12/20 第61航空隊発足とともに移管、厚木航空基地

尾翼の205を61に書き換え る直前の撮影1971 A-330

1972/10/31 海上自衛隊用途廃止

1972/10/30 厚木基地での引退セレモニー  「まなづる」は海上自衛隊公式愛称 撮影FA300


航空情報1972年12月号国内ニュース



 
1974 新 厚木航空基地にて 売却に備えてエンジン等整備

厚木航空基地 撮影1974 A-330


            

1974/*/* J.Skinner N62427
1975/2/13 厚木からフェリー
1983現在 Phili Air RP-C287
この会社の写真はAir- Britain http://www.abpic.co.uk/search.php?q=RP-C287&u=regにあります

23

R4D-6Q 9023

1944 c/n 16347   R4D-7Q-DK USNAVY 99824
1958/11 海上自衛隊へ供与 カ-9023 鹿屋教育航空隊
  第205航空隊
1971/12/20 第61航空隊 厚木航空基地
1972/10 第61航空隊で用途廃止
1974 鹿屋航空基地史料館航空公園に展示
形式 c/n 16347  R4D-7Q-DK   海上自衛隊では胴体にR4D-6Qと表 示
  US NAVY BuNo99824
1958/11/** 海上自衛隊へ供与 9023 鹿屋教育航空隊配属

カ-9021と表示 機首ナンバーなし 1959/10/20 大分空港 撮影門上俊夫


右翼に懸架装置あり 撮影時期場所不明 撮影幸田恒弘

 
1960/09/01 第205教育航空隊発足とともに移管、鹿屋基地
1972/**/** 海上自衛隊用途廃止
1974/**/** 鹿屋航空基地史料館に展示

撮影1979/04/01 山崎正博


撮影1981/03/29 KUPANBA


撮影1991/05/02 KUPANBA


撮影2002/12 佐伯邦昭

ドア閉鎖


 

台風による損傷 撮影2004/12/06 佐伯邦昭



撮影2005/04/28 KUPANBA

24

R4D-6 9024

1944 c/n 16479   R4D-6-DK USNAVY 99839
1958/11 海上自衛隊へ供与 カ-9024 鹿屋教育航空隊
  第205航空隊
1971/12/20 第61航空隊 厚木航空基地
1971 第61航空隊で用途廃止
1960/09/01 第205教育航空隊

撮影1965/08/08 仙台空港 菅原 康

1971/**/** 海上自衛隊用途廃止