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 国産旅客機YS-11の歴史 

[3] YS-11の日本国内登録全機 の経歴と写真  番外編

ナンバーの変わり種 

@ AナンバーのYS-11  南西航空 JA8696 ゆうな    VASP向けc/n2059号機

   @-1   南西航空 JA8696 ゆうな

   @-2  VASP向けc/n2059号機

   @-3 PI-C962のPを消して飛んでいた例 

A JQナンバーのYS-11  大韓航空向けJQ2104ほか

B JAナンバーに一度も登録していないYS-11の例 Philppinas Orient Aieways PI-C962

C JAナンバーに登録されながら日本の航空会社に属さなかった例

@-1 AナンバーのYS-11 南西航空 JA8696 ゆうな 

撮影1968/04/30 名古屋空港 akiba17 提供PAPPY


 レジがJAでなくA8696です。はじめは光の加減かとも思っていましたが、左主翼下のレジも良く見ると明らかにA8696とマーキングされています。 JA登録が5月11日ですからその前の試験飛行の時のもののようです。南西航空参照
 



 

@-2 AナンバーのYS-11 VASP向けc/n2059号機

撮影1968/03/09 名古屋空港 akiba17 提供PAPPY 


 これははっきり確認できますがA8692でJAではありません。JA登録が4月1日ですから登録前の撮影になります。明らかに意図的に”A”にしているようです。何故にこの様になっているでしょうか、当然航空局は認めているのでしょうね? 登録前の試験飛行はみんな”A”で飛んでいた可能性があります。
 

 

@-3 PI-C962のPを消して飛んでいた例 (下記Bに記述) 

A JQナンバーのYS-11 大韓航空向けJQ2104     JQ

撮影1969/04/01 名古屋空港 akiba17  提供PAPPY 
c/n2104であれば03/27に初飛行したばかりのピカピカの新造機


 


 c/n2104は、この後1969/12/19に日航製造所有でJA8751に登録され、大韓航空カラ―に塗装されましたが、キャンセルになり、翌1970/01/06にOlympic AirwaysのSX-BBJに登録変更され、1977年に日本へ帰ってからは東亜国内航空でJA8757に登録されます。
 ”JQ”はSTOL実験機の飛鳥が試験飛行の時に付けていました。
 JQ8501 → JA8501  A4402参照

JA8757の経歴

1969/03/27

c/n2104 YS-11A-301 JQ2104で初飛行 (後改修-600) 

1969/12/29

JA8751登録 日航製造  (後にJA8751はc/n2121 Piedmontniに付与)

 

大韓航空カラ―に塗装するもキャンセル

1970/01/06

SX-BBJ Olympic Airways

1970/08/20

JA8757再登録 日航製造

1970/12

LN-MTA Mey Air

1976/10/04

JA再々登録  日航製造 東亜国内航空リース 愛称かいもん 定置場東京国際空港

1980/10

東亜国内航空  愛称かいもん 定置場東京国際空港 

1981/03/04

JA抹消登録   N113NP Mid Pacific Airlones

JQナンバー機のリスト (2011/03/26 下郷リストから)

 YS-11の”変わり種No.”のJQですが、全16機が確認されました。製造番号にJQを冠していた理由は、ロールアウトしたものの、販売先との交渉が契約に至っていないなどのために、国籍記号を付しての耐空証明が得られないために、特別の許可を得て飛行を行うためと推定されます。

c/n

JQ No.

初飛行

JA No.

JA 登録

Note

2046

JQ2046

1967/09/06

JA8685

1968/01/06三井物産

1967/12/02 LANSA OB-R-907

2088

JQ2088

1968/11/28

JA8832

1983/03/29富士工業

1969/06/24 Austral Airlines LV-JLG

2089

JQ2089

1968/12/01

JA8756

1969/12/01日航製造

1970/02/16 Air Afriqueリース TR-LPG

2104

JQ2104

1969/03/27

JA8757

1969/12/19日航製造

1970/01/22 Olimpic Airways SX-BBJ   後にTDAかいもん

2105

JQ2105

1969/04/03

JA8750

1969/08/28日航製造

1969/10/31 東亜航空リース

2106

JQ2106

196904/12

JA8758

1970/01/09日航製造

1970/01/17 Plimpic Aieways SX-BBM  後にTDAきたみ

2107

JQ2107

1969/04/19

JA8774

1969/12/17日航製造

飛行試験に使用時JA8759と誤記入
1970/12/21 大韓航空リース

2110

JQ2110

1969/05/28

JA8762

1969/12/05日航製造

1969/12/26 Chaina Airlines B-156  後にANA

2128

JQ2128

1969/10/30

JA8821

1979/04/19全日空

1970/02/05 Air Afriqueリース TR-LPJ

2129

JQ2129

1969/11/01

-

-

1971/03/29  Gabon Government TR-KIA

2135

JQ2135

1970/01/27

JA8763

1970/04/04東亜航空

後にTDAえらぶ

2139

JQ2139

1970/03/05

JA8779

1971/04/26日航製造

1971/04/28 Korean Airリース HL5222

2141

JQ2141

1970/04/3

JA8765

1970/06/04日航製造

1970/06/05 東亜航空リース 後にTDAやしま

2142

JQ2142

1970/04/14

JA8766

1970/07/24日航製造

1970/07/24 東亜航空リース 後にTDAとくのしまa

2146

JQ2146

1970/6/20

JA8772

1970/06/20日航製造

1970/10/29 全日空

2152

JQ2152

1970/9/21

JA8759

1970/09/21日航製造

1970/12/01 日本国内 後にTDAだいせつ

日替わりメモ2011/03/26

〇 JQナンバーの謎について

・ 無線局名(呼出符号)   はねぶたさんから

 JQ
レジについてですが、あれは無線局名(呼出符号)と航空機製造関係者から聞いたことがあります。つまり、(当時の)運輸省ではなく郵政省管轄の記号番号です。

 最近はあまり見ない気がしますが、昔は引渡前の新造機等で時々見られました。慣例なのか申請なのか規則なのかはしりませんが、当時のJAナンバーと同じ付番則に従っているものが多く、新規登録後はQAに書き換えるだけで良いようになっている場合がほとんどだったように思います。

 想像しますに、但し書きによる未登録機の試験飛行は認めても、未登録のレジを記入したり名乗ったりすることは認めない、が、登録記号に類する呼出符号は明記しなければならない、とするような硬直運用の結果なのではないかと。

 最近は現実的な運用を認めたために見かけないのであって、国内産の民間新規登録機が少ないから見かけない、訳ではない、と思いたい、のであります。

・ 電波法によるものか  宮津さんから

 耐空証明書がなければ、航空の用に供してはならない、大原則です。
しかしながら、航空法第11条但し書きで、申請の上、国土交通大臣の許可があれば飛行出来ます。私は某ヘリポートのBK117C1型の試験飛行で、”航空法 第11条但し書き”が機内に搭載してあったのを見たことがあります。
 
 YS-
11が、基本型式承認が発行されていても、一部改造等にて飛行証明する必要がある場合、耐空証明書が発行されません。航空機として、型式証明がなければ認められない、同時にJA番号の取得もできません。
 
 
しかし、電波法で、呼び出し番号を決める必要があります。よって、JQxxxxというコールサインにしたのではないのでしょうか。ちなみに、電波法も、耐空証明書がなければ試験電波発射の許可がいります。
耐空証明書の発行により、正式な無線局となります。 
 
電波法は、詳しくないので、JQの意味は知りません。以上。知っている範囲です

佐伯から : アマチュア無線で ハロー CQと呼びかけているあれと同じような意味だったのですね。 それで電波法令を見てみましたが、その膨大な条規の数々に恐れをなしました。JQの文字がどこにあるのか教えてほしいです。

 なお、ハロー CQのアマチュア無線局がこのたびの大震災と原発事故に際して陰ながら活躍されていることを申し添えておきます。

 

B JAナンバーに一度も登録していないYS-11の例 Philppinas Orient Aieways PI-C962  

JA8757の経歴

1965/07/20

c/n2012 YS-11-107 初飛行

1965/10

PI-C962登録 Philippinas Orient Aieways

1974/01

合併でPhilippine Airlines

1985/01

N103MP Mid Pacific Airlines  MELANIE VALENCA

1985/01

Jabirin Leasing

1988/06

KOA Holdings Inc

1989/09

XA-RQU Aerosierra de Durango

1998/11

用途廃止 メキシコ Durango空港で僚機への部品取り後解体

     以上、一度もJAナンバーに登録されることなく生涯を終えた

 Philppinas Orient AiewaysのPI-C962は、JAナンバーに一度も登録していないYS-11の例ですが、耐空証明取得までの間は、第1文字のPを消して飛んでいました。

 拡大 左翼下面のナンバー


 拡大 胴体ファイレット部分のナンバー
   

 元写真 撮影1965/ 名古屋空港 akiba17  提供PAPPY 

 航空情報1965年8月号 基地から空港から   
 航空情報1965年12月号 基地から空港から   

Philippinas Orient Aieways   名古屋空港 撮影1965/10/17 下郷松郎


名古屋空港 尾翼のマークを変更している  撮影1966〜1967 高木洋一

大阪国際空港 1968/04/23 倉本正章

 

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C JAナンバーに登録されながら日本の航空会社に属さなかった例 

C-1 JA8685    4

JA8685の経歴

1967/10/22

c/n2050 YS-11A-205 初飛行 後-500改修

1968/01/06

JA8685登録 YS-11A-205 -500改修 三井物産

1968/01/28

N156P Piedmont Airlines "CHRRY BLOSSOM PEASMAKER"

1979/01

Pinehurst Airlines (以後各社遍歴)

2001/08/28

抹消登録 フロリダ州フォートローダーデール空港で解体

名古屋空港 1967/10/22初飛行の時のものと思われる 下郷松郎

C-2 JA8762

JA8762の経歴

1969/05/28

c/n2110 初飛行 YS-11A-2195 

1969/12/05

JA8762登録 日航製造

1969/12/26

B-156 中華航空公司

1970/08/12

台湾松山空港のアプローチ中 建物に接触墜落

名古屋空港 撮影1969/12/26 倉本信章

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