伝説の時代から現代まで 航空史抜き書き
航空歴史館 掲載04/06/08
追加04/06/25

 


縛帯について


ヒコーキ雲トップページ額縁 (2004/06/01〜06まで掲出)

〔111〕 5月15日 三橋達也さん逝く 享年80歳
1964年2月29日全国封切 総天然色 航空自衛隊全面協力 今日もわれ大空にあり
主演 山崎二佐役 三橋達也 浜松の86から千歳の104へいざ!

 

日替わりメモ468番2004/06/02

  追悼 三橋達也 

 著作権失権までもう10年ありますが、東宝さん、お宅の宣伝でもありますのでチラシコピーをお許しください。

 三橋達也さんは、屋久島の娘が宇宙飛行士になる朝ドラの祖父役が見納めになりましたが、締まったいい役者でしたね。演技が渋いようでも要所できらりきらりと光っておりました。ぼろ布をまとっても上等の背広を感じさせる役者でした。

 今日もわれ大空にありは、総天然色がうたい文句の時代のヒコーキ映画でした。

 あの頃は鶴田浩二、高倉健、加山雄三、夏木陽介、佐藤充、松方弘樹、裕次郎、葉山良二、ら操縦服の似合う俳優がたくさん居ましたが、そこへインテリじみた気配を漂わせて入ってきたのが三橋達也でした。役柄から言えば裕ちゃんあたりがふさわしかったかもしれません。

 それでたいへんに申し訳ないのですが、もう一本の続・社長紳士録の森繁久弥、加藤大介、三木のり平の珍演技に腹を抱えて笑った方の印象が濃いという・・・ これじゃ追想録にもなりませんね。

 しかし、映画館のチラシが値打ちが出るとは夢にも思わない頃なのに、このパンフレットだけを40年後の今日まで保存しているところをみると、潜在的に強烈な印象を受けていたのでしょうね。

 それにしても広島東宝のゴム印の押し方はひどいですな。


縛帯について 大石治生さんから  2004/06/03 

 自衛隊発足間もなくの頃は搭乗服など旧軍時代の私物を使っていたそうですが、ヒコーキ雲表紙でご紹介されている「今日もわれ大空にあり」で出演者が装着している縛帯が旧軍の物のように見受けられるのですが?

 F-86やF-104の時代でもこの型式の縛帯を使用していたのでしょうか? 添付画像は、私が所有している九七式落下傘(二型)縛帯の複製品です。

 石原裕次郎主演の「零戦黒雲一家」では海上自衛隊機がアメリカ軍のマークをつけて超低空(安全高度違反?)で編隊飛行していたり、規則などで縛られてばかりの現在では考えられないようなアトラクションを行なっていたのですね。
 

 

 

 

 

 


元F-86DパイロットのNさんから 2004/06/04 

 俳優がつけているのはT-34とT-6の搭乗の時に使っていたものです。落下傘は尻の下にクッション代わりに敷きました。ジェット機になってからはあの形式の縛帯ではなく、尻の下には救命浮しゅ(デンギー)を置いていました。

杉山さんから

 旧軍の縛帯を作っていた藤倉工業が旧海軍仕様の縛帯を戦後も製作し、自衛隊に納入していました。
だから、同じものに見えて当然です。ジェット機に搭乗する時は、この縛帯とは思えませんが、そこまで確認出来ません

にがうりさんから

 縛帯のバックルは開発、製造した萱場資郎氏(萱場製作所)の製品に同じ形に見えます。参考に最近出た「日本海軍航空隊軍装と装備」(モデルアート4月号臨時増刊No.655)には日ごろ写真などで目にするものや珍しい知らないものまでが詳しく写真やイラスト、CGなどで載ってます。縛帯も出ていて「今日も〜」
スチール写真と同じように細部も似ています。大石さんの縛帯写真も本に同じです。

A6M232さんから

 東宝の縛帯は、本物の海軍離脱器・縛帯だと思われます。ウルトラマン?だったか?には零戦にも使用された98式射爆照準器が付いたシーンがあるそうです。保管していたのは事実だと思います。

 縛帯(装着帯)の件では初期の航空自衛隊でも使用されたのですね。当時のパイロットの方の投稿は重みがあります。

 チラシを良く見ると戦後に使用されたアメリカ規格のナイロン縛帯の特徴である両縁に黒い点線がある物に見えます。右写真と同じものです。 

 となると私の考えは間違ってました。映画の使用のため戦後のレシプロタイプの古い装着帯を貸し出した可能性の方が高いですから。

 肩部分の金具も丸みがあるタイプでなく戦後の四角い加工がされた物に見えます。この金具は昭和30年前後だと思いますそれ以前の戦後タイプは旧軍と同じ形状物を使用する傾向があったと思います。

 もっと大きな写真か全身写真をみれば、素材面で24年頃の試作タイプ〜30年初めまでのどの時期かわかるかもしれません。

 

 この写真は戦前のストックされた胸部離脱器が戦後の空挺に使用されてアメリカの離脱器タイプに落ち着くまでの変革の歴史です。

 安全性を高めるために安全栓(ロック機構を2重ロックする為のバネ)が付加されていきました。(写真では付いていませんが溝が判ると思います)

 航空自衛隊の物はサッパリ分かりませんが映画チラシの写真の胸部離脱器タイプは戦前に作られストックされていた物だと聞いた事があります。(写真の左上矢印)


大石治生さんから 04/06/25

 縛帯の話題では、やはりA6M232さんから空挺絡みの話題が出てきましたね。

 この旧軍仕様の操縦者用縛帯は胸の位置にある離脱器あたりで、拳ひとつの隙間ができるように帯(おび)の長さを調整するとのことですが、実際に調整してみると、身動きするのが大変だと実感できます。使い慣れて多少くたびれた状態なら少しは楽になると思いますが、それでも戦時中の写真で、縛帯姿のスナップが少ないのは搭乗直前まで地上では身動き取れなくて苦しいから装着しなかったからなのではと納得しました。

 海上自衛隊で使用している米軍等で用いられている背負式落下傘は訓練で操作したことがあります。

 解放式キャノピーの練習機なら背面飛行で操縦席の床を蹴ってとか、ジェット機では射出座席で脱出など簡単に紹介されてますが、実際にはマイナスやプラスGが掛かってて操縦席にへばり着いたり体の安定が取れずに困難な状況で必死に脱出を試みているのでしょうね。

 ※対潜哨戒機などの搭乗員訓練では、操縦不能での墜落時からの脱出を想定して、飛行中プラスG状態で腕立て伏せさせられたり、生き残るための厳しい訓練をしていました。
 


映画「今日もわれ大空にあり」の出演機 SZさんから

 映画今日もわれ大空にありで俳優が搭乗、又は俳優が搭乗している設定であった機体の現在を知るためのヒコーキ雲から調査してみました。残念ながら判明した現存機体は…たった4機だけのようですね

 カザマ3尉が訓練中ゴーアラウンドした機体…   T−6G #076 美幌航空公園

 千歳へ向かうササ2尉がタキシーアウト時搭乗していた機体…  F−86F #865 麻績村航空資料館

 千歳基地へ到着(タッチダウン)した時点でヤマザキ隊長とササ2尉が搭乗していた機体… F−86F #910 幸田町郷土資料館

 ヤマザキ隊長がラストフライト前に撫でた機体… F−104J #510  中富良野森林公園

 機体の使い回しのため、機番がコロコロ変わっている上に画質のため判別できない場面もありましたのでまだあるかもしれませんが…

 6人のパイロットで、判明しただけでも33機を使い回しているので何とも言えませんね。もうすこし機番をしっかり固定して撮影していればよいのに!と思うばかりです。