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航空歴史館 掲載10/01/03
追加10/01/14

  
 

海軍第11航空廠にかかるアメリカ戦略爆撃調査団による生産実績表について

呉市史の内容について公開質問
 

戦略爆撃調査団資料の閲覧について 青森空襲を記録する会
呉市産業部海事歴史科学館学芸課市史編さん係からの回答


 

 
 
201012

呉市長殿 

                      インターネット航空雑誌ヒコーキ雲 

                      制作者 佐伯邦昭

 

公開質問状    呉市史の内容について

呉市史第6巻第3章広海軍工廠・第11航空廠 第2節両工廠の生産と管理の動向590ページに記載されている3-5表 第11空廠航空機生産実績について公開で質問いたします。

589ページに「アメリカ戦略爆撃調査団の調査は、以上の航空機の生産を3-5表のように、機種別に総括している。本文の記述とやや異同はあるが、他の資料より具体的である。」とあることについて、下記のとおり疑問があります。

発行から年月が経過してはおりますが、市史が巷の研究者の重要な資料になっていること及び呉市の名誉のためにも、誠実な対応をお願いしたします。なお、この質問文及び貴市からのお答えはすべてインターネット航空雑誌ヒコーキ雲に掲載しますので、不明の点は不明として、あるいは調査が長期間に及ぶ時はその旨を必ずお知らせください

・ 第一 このアメリカ戦略爆撃調査団報告の表は、原文を呉市で翻訳されたのか、或いは翻訳したものを入手されたのか、その場合翻訳した機関名がわかればお知らせください。

・ 第二 「やや異同はあるが」とは、どの部分がやや異同なのかお示しください。

・ 第三 「他の資料より具体的」他の資料とは、何を指すのか代表的な資料名をご教示ください。

・ 第四 3-5表を呉市の正史上に(不確かなものという注釈なしに)掲載されるについては、それなりの検証を行っておられるものと推察します。しかし、市井の一航空史研究者が見ましても、不確かどころか明らかな誤りも散見されます。後世に正しい歴史を伝えるためにも、下記項目についてご教示ください

@ [2行目 昭和5年に1式海軍攻撃機80機という実績について  ?]

 海軍一式陸上攻撃機は昭和16年に正式採用となり以後三菱重工業で量産されますが、昭和5年に11空廠で80機とはどいうことでしょうか。一式という冠称は皇紀2001年(昭和16年)を示します。


A [3行目 
89式海軍機12機という実績について  ?]

 海軍八九式飛行艇のことでしょうか。


B [4行目 
90式海軍機6機という実績について  ?]

 海軍には九〇式水上練習機と九〇式艦上戦闘機がありますが、そのどちらを11空廠で生産したのでしょうか。


C [6行目 
91式海軍機238という実績について  ?]

 海軍には九一式水上偵察機と九一式陸上中間練習機がありますが、いずれも少数機です。238も量産されたとすれば赤とんぼで知られた九三式中間練習機(陸上、水上)とも思われますが、如何でしょうか。

D [7行目 14式海軍機60機という実績について  ?]

 海軍一四式水上偵察機のことでしょうか。


E [9行目 
4式陸上攻撃機30機という実績について  ?]

 海軍の九四式には艦上攻撃機しかありません。


F [11行目 
式海軍攻撃機24という実績について  ?]

 海軍九五式陸上攻撃機のことでしょうか。本文で度々著作を引用されている岡村純氏は、九五式陸攻は広廠と三菱で計8機が生産されたばかりで試験研究的な意味云々と書いていますが、それとは違う陸攻が生産されたのでしょうか。

G [13行目 99式海軍機10という実績について ?]

 海軍の九九式には艦上爆撃機と飛行艇がありますが、昭和14年の実績なら飛行艇の方だと思われます。

H もっとも各年と生産実績数にはほぼすべてに?マークが付きます。
 年と年度の区分も不明だし、制式採用の年月と大きく矛盾しているものもあります。従って数値には信憑性がないものと考えられますが、どのような根拠をもって
他の資料より具体的として掲載されたのかお示しください。 

 

追記

 以上、極めてドライな書き方をして恐縮ですが、当方とて確証をもって言っているのではなく、質問自体に誤りがあるかもしれません。その点はご了承ください。なお、参考資料は下記のとおりです。

出版協同社版 日本航空機総集「川西・広廠篇」「愛知・空技廠篇」「三菱篇」「中島篇」
出版協同社版 岡村純巌谷英一著 日本の航空機 海軍機篇
酣燈社版 太平洋戦争日本海軍機 
ほか 


2010/01/12 青森空襲を記録する会から 12

 
 佐伯さん 日ごろから正確さを求める調査姿勢、ご苦労様です。

 さて、件名戦略爆撃調査団資料につきまして、おそらく呉市では対応できないであろうと思いますので、勝手にこちらで受けさせていただきます。

 戦略爆撃調査団資料は国立国会図書館憲政資料室がマイクロフィルムで所蔵 、閲覧できます。
  
http://www.ndl.go.jp/jp/data/kensei_shiryo/senryo/pdf/USB_18_3.pdfの123ページ (下記)が第11航空廠提出の生産実績原票であり、目録で見る限り日本語となっています。同資料室の請求番号USB13リール227Aで確認するほうが手っ取り早いように思われます。

 県史や市史というものはほとんどその分野の素人ともいえる地元大学教授の監修になりますから、間違いが多い事がありがちです。しかも。それが権威を持って後世に伝わるのですから、その訂正はなかなか難しいものです。せめて、専門家のチェックを経てから出してもらえないものかということは常々実感させられます。

 とりあえず以上、ご参考まで。

 わが方でも戦前の日航輸時代の青森飛行場や当時のラジオビーコンの資料等を探していますが、なかなか見当たりません。たまにヤフオクなどで見ますがパン フレット1枚に8000円などという値がついたり、資料収集めというのは面倒なものだとつくづく思わせられます。

SECTION 2. JAPANESE DOCUMENTS

34. Army Air Arsenal and Navy Air Depots, Corporation Report No. 19 (air frames and engines) (final report and original draft)

c. Army air arsenal and Navy air depots (Eleventh Naval Air depot):
 (1) Explanation data for a AHaimant of the Allies.
 (2) Projected production.
 (3) Production data (part Japanese).
 (4) Maps.
 (5) Work sheets.


2010/01/12 呉市産業部海事歴史科学館学芸課市史編さん係からの回答

佐伯から :  とりあえずはお答えを頂いたことにお礼を申し上げます。内容は予想どおりで不満もありますが、仕方がないでしょう。

 なお、余分なことですが公費を使っての回答文書にしては、公用文の書式がでたらめです。正しい市史を編さんするのなら、すべての基本を忘れないようにして頂きたいものです。(老元公務員より)

日替わりメモ2010/10/16

○ 市史編さんの所管部局について

 都市歴史の編さんに最初に着手したのは1901(明治34)年の大阪市史であるとされています。以後、大阪市では市史の刊行を重ねてきて、今でも、発掘資料の公開や刊行など盛んに活動しています。もちろん他の大都市も同じだし、戦後は、町史、村史、部落史など小さな単位での地域史までブームが及びました。 我が町の歴史を正しく記述して後のちの世代に残してやろうという大変結構な取り組みです。

 さて、呉市史について調べようと、呉市に当りましたら、先日書いたように市史編さん業務が産業部海事歴史科学館学芸部に属しておりました。それで、ホームページの電話番号にしたがって海事歴史科学館学芸部へ電話しましたら

     「はい、大和ミュージアム学芸課です」
     「市史編さん係りをお願いします。」
     「はあ、何ですか?」
     「市史編さん係りへつないでください、学芸課の中にあるのでしょう?」
     「ちょっとお待ちください、聞いてみますので」

 頭へ来てガチャン!

 次に総務企画部総務課へ電話して尋ねたら、「市史編さん係りは中央図書館の3階にあります。電話番号はかくかくしかじか」   という訳で市外電話を3回も掛け直しでした。

 各都市の組織を調べてみました。
      大阪市は中央図書館市史編纂所、
      東京都は総務局公文書館、
      京都市は行財政局歴史資料館、
      横浜市は行政運営調整局法制課横浜市史資料室、
      札幌市は総務局行政部文化資料室 、
      名古屋市は総務局行政システム部市政資料館‥ 
 およその傾向はお分かりと思います。多くが総務部門か図書館業務の中に置いています。

 呉市が、海事歴史科学館の傘下においているということは、呉の歴史を海事中心、特に呉海軍工廠と造船が呉の歴史であるという捉え方をしているのでしょう。公文書として中立の立場で市史を編さんするのに、これは非常に危険なことです。特に、大和ミュージアムの館長の指揮下にあること自体が歴史を著しく偏向させてしまう危険をはらみます。

 市議会委員会の所管が、総務委員会でなく産業委員会で市史編さんをとりあげるなんて、全くナンセンスです。

 呉市は、実際に仕事部屋となっている中央図書館傘下にするか、もしくは総務部門に戻すべきだと思います。田舎の役場か、と物笑いにされないうちに。

日替わりメモ20100122番

呉市長から回答

 このたびは、「市長へのメール」をお寄せいただき、誠にありがとうございました。いただきましたご意見について、次のとおりお答えいたします。今後とも、市民の皆様に信頼される市政を進めるため、お気づきの点をお寄せくださるようお願い申し上げます。
                   呉市長 小村和年 担当課:人事課(電話0823-25-3291

市史編さん業務の所管について

 この度は、海事歴史科学館学芸課にお電話いただいた際に適切な対応ができず、大変申し訳ございませんでした。呉市ホームページ内にある組織一覧表にある市史編さん係の掲載の仕方については、ご指摘いただきましたように分かりにくいため、修正をしました。

海事歴史科学館学芸課 資料収集・保管・展示等、文書の保存活用、呉市史の編さん 宝町 0823-25-3047
kaizi@city.kure.lg.jp
中央図書館3階 0823-21-0757(市史編さん)
sisi@city.kure.lg.jp

 また、呉市の組織につきましては、高度化・多様化する市民ニーズや地方分権の進展に伴う権限移譲に迅速で的確な対応をするため、スリムで効率の高い組織の構築を図る目的で、平成20年度から現在の編成で業務に取り組んでいます。

 以前、呉の歴史に関する業務については、市史文書課・海事歴史科学館・入船山記念館という3つの部署が関わっており、現在の市史編さん業務については市史文書課が所管していました。

 海事歴史科学館学芸課は、組織の見直しを行う際に、呉市の歴史に関する調査・研究、資料収集等の業務を集約するため、3つの組織を再編統合して新たに設置した部署となりますので、ご理解いただきますようお願いいたします。

・ 呉市長さんのお答えは、20年度の組織改正でいろいろと検討したことと、その結果、効率優先の再編統合になったことを伺わせます。大和ミュージアム狂想曲に人事課までもが踊っています。

 しかし、市史編さん係(中央図書館内)も入船山記念館も実質的にはそれぞれの場所で独自の仕事をしているのに、命令系統だけが海事歴史科学館学芸課所属というのは、現場の職員さんはとても不愉快だろうと思うし、海事歴史科学館の学芸課長はあくまで大和ミュージアムが所管であって、呉市全体の歴史に責任を負わせるという発想は非科学的そのものと思います。

 組織のスリム化で、市史文書課を市史編さん係に格下げしたのはやむを得ないと思いますが、歴史科学と組織という兼ね合いで見るなら、せめて他都市のように総務部門もしくは教育委員会図書館部門に置くべきでした。20年度に変えたものをすぐに改めるのは難しいかもしれませんが、大和ミュージアム狂想曲に踊っているかのごとき呉市のこれからの歴史科学に対する姿勢(田舎の役場からの脱却)を見守りたいと思います。

 

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