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航空歴史館技術ノート 掲載06/06/20
追加06/06/24

 

陸上自衛隊機の黄色文字について

 目 次

@ 問題の発端
A 伊藤憲一さんの考え
B geta-oさんの写真
陸上自衛隊関連 陸上自衛隊T-34について質問と答え

@ 問題の発端

 静岡市三保の旧東海大学航空宇宙 科学博物館に展示してあったセスナL-19A 11010のカラー写真で、機体の文字が黄色で書いてあることについて、飛行中年さんから「塗り替えた可能性はないでしょうか?  私の記憶では陸上自衛隊で黄色文字の記憶は無いのですが。」という意見が寄せられました。

                           撮影1980/01  KUPANBA

 

A これに対して伊藤憲一さんから、次の意見が寄せられました。06/06/19

 三保のL-19の文字の色 06/06/19

 1960年代終わりごろ、白文字機に混じって、黄色文字のL-19が霞目駐屯地付近で飛行しているのを見た記憶があります。また、このころ、霞目に確か2機いたLM-1も、21010号機は白文字でしたが、21005号機は黄色文字だった記憶があります。(後に、21005号機も白文字になったように思います。)

 残念ながら、手持ちの写真はありません。雑誌などでも黄色文字のカラー写真は見つけられませんが、古い時代のモノクロ写真の中に、L-19とLM-1の文字が日の丸の縁よりも少し暗く写っているものがあり、多分、これらは黄色の時のものだと思います。
 素人マニアから見た推測ですが、L-19やLM-1は、(他の機種はわかりませんが) 自衛隊発足当時、機番、陸上自衛隊の文字とも黄色と制定され、そのあと、1960年代初め〜半ばごろ、白に変更になったのではないでしょうか。
 

B 更に、geta-oさんから、写真とともに、次の意見が寄せられました。

三保のL-19の文字の色 06/06/20

 三保のL-19Aは、私が若い頃撮影した時分は、伊藤憲一さんの推論と同じく日の丸の縁の白色の差から見て黄色で書かれていたと思います。

撮影1963 宇都宮 第12飛行隊時  geta-o


 三保に展示される前は、用途廃止後、木更津で教材及び展示用においてありました。

撮影1972/10/08 木更津駐屯地 ST-4  geta-o

 L-19の古いカラー写真がありませんでしたので、伊藤さんが見たと書いているLM-1の黄色文字機を送ります。

LM-1 21010 撮影1967/03/04 調布飛行場   geta-o

 以上のようなことで黄色文字は用途廃止以前から塗られていたのではないかと思います。


C 結論

 伊藤憲一さんとgeta-oさんの論証により、少なくとも陸上自衛隊のL-19とLM-1には、文字を黄色で書いた機体が存在していたことがわかりました。

 なお、航空ファンイラストレイテッド108自衛隊航空機オールカタログp170の川崎KAL-1(戸田保紀さん撮影)の写真も、尾翼のJG0001の文字は日の丸外縁の白とは明らかに異なっており、1960年代前半までの陸上自衛隊機にこのような塗色が存在していたことを裏付けています。

 


更に陸上自衛隊機関連

陸上自衛隊T-34について質問 飛行中年さんから

 1969年、入間に陸上自衛隊岩沼分校のビーチクラフトT-34Aメンター 60509が飛来しましたが、通常機首に書いてあるSIの文字が尾翼に書いてあり、エンジンカバーには0509?の数字が書いてある機体を見かけました。(写真左)

 他の機体(写真右)は全面サーモンピンクらしい色ですが、60509は尾翼の数字も5桁、翼端はデグローに塗ってあり、機体の塗装も白黒ですが比較してみると違うような気がします。
 この機体について何か判れば教えてください。

60509は、現在陸上自衛隊八尾駐屯地に展示してあり、マークはM(中部方面航空隊)で連絡任務の通常塗装です。

 

回答 航空自衛隊の感覚で塗装したのではないでしょうか 伊藤憲一さんから

 陸上自衛隊T-34Aについて、推測ですが次のように思います。                     
                     
 陸上自衛隊のT−34A(9機)は、航空自衛隊から移管されたものであり、60509号機に限らず、移管された当時は塗装が航空自衛隊仕様(全面銀色で、翼単部が蛍光オレンジ)だったと思われます。そして、番号などの記入も、当初、航空自衛隊の感覚で入れたものではないでしょうか。航空自衛隊機はフルのシリアルナンバーと部隊マークは垂直尾翼に、下3桁のラジオコールナンバーは機種に記入されたものが多いので、それと同じような記入をされたものと思います。                     

 そのあと、順次、前面オレンジ色に塗装し直され、ナンバー等の記入方法も、LM-1と同じ様に、陸上自衛隊方式に変更されたものと思います。
                     
 なお、現在、八尾駐屯地に展示されている60509ですが、航空情報1971年11月号の「基地から空港から」の大阪版で、『・・・仙台基地から飛来したT−34メンター(SI JG−0509)が機首にMと書きなされて配属になりました。』とあります。 
                    
 よくわかりませんが、このころはオレンジ色に直された後と思いますが、なぜ、展示機がもとの
航空自衛隊色でナンバー記入が陸上自衛隊方式なのか、不思議にも思います。この辺の詳細を知りたいものですね。
                     
 余談ですが、更に後の話ですが、これら9機のT−34Aの中で、塗装がLM−1と同じように、前面OD色(翼単蛍光オレンジ)の写真を雑誌で見たことがあります。