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虻田郡倶知安町 倶知安風土館 

:現地に展示中のもの ×:過去のもの :現状不明

 

A1113 北海道 HOKKAIDO 虻田郡倶知安町 倶知安風土館
 
 倶知安風土館の零式戦闘機主翼 航空歴史館総目次31から転記
2004/07/11 倶知安風土館1階展示場の説明
2006/05/08 木枠に入れて正式展示
2007/06/29 詳しい説明がつく
2011/08/15 ニセコ山頂九六式艦上戦闘機と零式艦上戦闘機について 日本雪氷学会誌より         

 

倶知安風土館1階展示場の説明 2004/06/18〜28 




倶知安風土館提供


@ 倶知安町の零戦にまつわるエピソード

2004年6月25日 倶知安風土館 岡崎学芸員から まとめ:OKUBO


1 プロペラ駆動
 1990年、最初に発見された当時の新聞記事にはプロペラを駆動するエンジン代わりの電動機を山頂へ持ち込んだといわれているが、実際に機体を使っての実験では、プロペラを駆動するのに機体のエンジンが使用されていたようだ。
 当時の住民の話によると、「向かいのニセコアンヌプリ(1,308m)の上からは雷のような音が聞えていた」とのことである。
 このほか 、寒冷時のエンジン始動なども合わせて研究されたようで、電力を引き込んだのも照明のほか、別のプロペラで独自の実験をするさいの電動機用電源としても使用されたらしい。これが「機体のプロペラは電動機で駆動した」となったらしい。
  (OKUBO注:機体に電動機を換装するとなればかなりの工事になると思う、回転数もー定数であればギアで調整できるが、可変であれば当時では制御が非常に困難だったと思う。また、電動機もかなり大きいのでうまく所定の位置に設置できるのかなど、難問が山積したことと思う。)


2 右翼以外の機体は何処に?
 当時を知る人の話では、「戦後の物のない時代に機体の存在を知っていた人は放置しておくはずはない。ほとんどが盗難にあったんだと思う。昭和21年の北海道新開にも出ていたけれど、エンジンを札幌で売りに出して検挙された人がいた。
 また、外板なんかも丸めてタバコのパイプや、加工して鍋・釜などにすれば飛ぶように売れた。そんなわけで、目につくものはすべて盗まれてしまったのではないかな。今まで右翼だけでも残っていたのが不思議なくらいだ。」ということで、今回回収した右翼の周辺では付属品、部品のようなものは一切確認できなかった。


3 花巻空港のプロペラ
 このプロペラは、ニセコアンヌプリに零戦が搬入された同時期に、北大低温科学研究所にも他の実験用に持ち込まれたもので、その後曲折を経て花巻空港に展示となったもので、来歴がはっきりしており、この零戦のものではないと聞いている。


4 今後の展示計画
 今回は右翼回収後の現物を確認するとの意味合いから6月18日から28日までの10開館日の特別展示をしたが、この後再梱包して保管し、その間に常設展示に向け準備をしたい。風土館としても多少の航空機に関する専門知識を蓄える必要もある。
 専門が昆虫なので、同じように空を飛んでも根本から違うので説明に冷や汗をかく。正式展示は町の予算との兼ね合いもあり、今のところ決まっていない。
 

A 展示全景 倶知安風土館提供
  スバル360と比較して大きさがわかります。



作図 OKUBO

B 胴体側から翼端に向かって見る 以下撮影:OKUBO
 
手前は主翼燃料タンク格納部、その向こうの開口部は弾倉か?

C リブは青竹色?
D 翼端から見る
右側はエルロンとフラップ取り付け部
E 後縁の胴体側から前を見る
F リブ
 右方のリブにGの文字が書いてある
G リブの文字
 SDCH 超々ジュラルミン
 ESD Extra Super Duraluminと思われる
H 翼端
 左手前は右舷燈 小さなプラスティック破片が残っている
I 裏返しの翼上面
 藁のようなものは小動物の巣らしい

木枠に入れて正式展示

 
 ニセコアンヌプリ山から降ろされ、倶知安風土館に仮展示された(下記)零式戦闘機の主翼は、平成17年度予算で常設展示が認められ、2005年11月から同館2階の特別展示コーナーで公開されています。

 透明の樹脂板で保護し木枠のフレームに入れ、前縁を下に立てて展示されています。フレームはボランティアによるものだそうです。

 樹脂板が照明に反射して見にくくなったことと、1m間隔の柱のために視線が細切れになって全体が把握しずらいのが残念です。

                         撮影2006/05/08 OKUBO

充実した展示説明 

 倶知安風土館に展示されているニセコアンヌプリ山北大観測所の零戦主翼に説明パネルがきちんと整備されました。

 翼端の折たたみ機構が残っていることなどのことから、日本に現存する唯一の零戦21型であるという研究成果を中心に、翼の構造などが説明板と対比しながら観察できるように工夫されています。

 その中で、圧巻は昭和19〜20年にかけて山頂で観測している写真が加わったことです。胴体、プロペラが風向に合わせて設置されている状況がよくわかります。

 写真は、館の許可を得て撮影しましたが、コンパクトカメラしか持ち合わせなかったので、様子だけでも見ていただきたいと存じます。 撮影2007/06/11 OKUBO


山頂の実験機・プロペラ・観測所
                 (複製)
 回転台に取り付けられた実験機(九六式)とプロペラ、そして右には観測小屋がある。観測小屋は当時の金額で約50万円で狩太村(現ニセコ町)の吉井荘蔵さんが請け負った。写真はアンヌプリ山頂の南西斜面から撮影されたものであろう。

写真提供北海道新聞社
(写真原板 宮城氏所蔵)


その他の説明の一部







翼型比較の模型


ニセコ山頂九六式艦上戦闘機と零式艦上戦闘機について    96

ニセコ山頂九六式艦上戦闘機と零式艦上戦闘

報告 ニセコ山頂着氷観測所の実験機の検証 
                 菊地勝弘 神田健三 山崎敏晴

                  日本雪氷学会誌雪氷68巻5号(2006年9月)より
 

 各種文献と豊富な写真資料により検証が行われた結果として、次のように結論が述べられています。

  以上述べてきた通り,ニセコ山頂着氷観測所で使用された実験機は、昭和18〜19年の冬が九六式艦上戦闘機で、昭和19〜20年の冬は零式艦上戦闘機に取り替えて実験したといえる。

 特に,ゼロ戦の胴体後部の写真は見当たらないが,黒岩の表現を借りれば,「あわれなゼ雪氷68巻5号(2006) ニセコ山頂着氷観測所の実験機の検証447ロ戦」のように,胴体の前部のみで,後部胴体のように見える部分は角材を組み合わせたものや、板を張り合わせたものであって、これらの板張りはあくまでも機首を安定して主風向に向けるためだけのものであったろう.

 この実験の時、胴体後部は使用されなかったか、始から用意されなかったのか、強風で吹き飛めばされたのかは分らない。

 一方,「九六式」はどこかシーラカンスに似ておりユ一モラスであるが、右主翼が無い。これも吹き飛ばされてしまったのではないだろうか。
 
 まだ推敲されるべき問題もあるが,実験機の機種及びこれに関連するいくつかの疑問については一応の結論が得られたと思っている。

 

全文は、下記に公開されています。(1列につなげて貼り付けてください)

http://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnlabstract_ja.php?cdjournal=seppyo1941&cdvol=68&noissue=5&startpage=441

 

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