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仙台市若林区
陸上自衛隊霞目駐屯地  飛行場空撮 飛行場灯台 道路標識
陸上自衛隊霞目駐屯地  常設展示機
陸上自衛隊霞目駐屯地 防衛館 飛翔
  航空歴史館 逓信省仙台地方航空機乗員養成所の赤トンボ
航空歴史館 1967年 東北大博覧会の展示機
航空歴史館 陸上自衛隊LM-2 最後の展示

 

A2301 宮城県 Miyagi Prefecture 仙台市 陸上自衛隊霞目駐屯地
    
飛行場空撮 霞目駐屯地 主滑走路708m 芝滑走路400m  撮影2004/10 

新管制塔

撮影2016/01/06 遊佐 豊

飛行場灯台

撮影2015/11/15 伊藤憲一

主灯 (白色 緑色の回転 霞目駐屯地では夜間飛行時のみ点灯)

断芯標示灯 (橙色 主灯が故障した時に点灯して、それを知らせる)

航空障害灯 (赤色 終夜点灯)

 20年ぐらい前でしょうか、陸自霞目駐屯地の飛行場灯台が、異常な点灯をしていたのを見たことがあります。主灯は正常に回転していたのですが、1回転するごとに、ある同じ位置で同じ時間だけ灯火が消えるという現象を繰り返していたのです。
 そして、消灯している間のみ、すぐ脇にあった、それまで、点灯しているのを一度も見たことがなかった灯火が点灯するという現象でした。橙色の灯火でした。調べると、それが断芯標示灯でした。
 

道路標識

撮影2014/06/16 遊佐 豊

 


 

A2302-01 宮城県 仙台市宮城野区 陸上自衛隊霞目駐屯地
       Kasuminome Army Camp, Wakabayashi-Ku, Sendai City, Miyagi Prefecture 
 
   
◎ 富士ベルUH-1H 41703 

41703の経歴 

1988 C/N1H-103 陸上自衛隊へ引渡  
  北部方面ヘリコプター隊で用途廃止
2010 霞目駐屯地に展示

みちのく魂と記入 撮影2013/0624 遊佐 豊

撮影2012/04/15 hikoukizuki

撮影2010/09/26 伊藤憲一(立入禁止区域 許可を得て撮影) 
 

◎ 三菱LR−1 22008 

22008の経歴 

  MU2B-26 c/n359 
1977 LR-1 22008として陸上自衛隊へ引渡 
2006 東北方面ヘリコプター隊で用途廃止
2006 霞目駐屯地に展示

輝け!みちのくと記入 撮影2013/0624 遊佐 豊

撮影2012/04/15 hikoukizuki

撮影2007/05/20 伊藤憲一(立入禁止区域 許可を得て撮影) 

◎ 川崎ヒューズOH−6D 31138 

31138の経歴 

1980/12/24 c/n6439 陸上自衛隊に引渡 第8飛行隊
  西部方面ヘリコプター隊で用途廃止
  霞目駐屯地に展示

撮影2012/04/15 hikoukizuki


撮影2007/05/20  伊藤憲一

× 川崎バートルKV-107U-4 51720 
1969/07/19 c/n4042 陸上自衛隊へ引渡
1990/04/02 第1ヘリコプター団で用途廃止
  霞目駐屯地に展示 撤去時期不明

現役時

撮影1981/10/18 木更津駐屯地 伊藤憲一

1993年

撮影1993/10/08 伊藤憲一

 

 川崎ヒューズOH-6D 31137 

31137の経歴 

1980/03/13 c/n6428 陸上自衛隊に引渡
  用途廃止
  霞目駐屯地に保管 2012/04/15現在廃棄処分状態

撮影2013/02/18 遊佐 豊  テール部分が無くなり、キャノピーが割れています。

撮影2012/04/15 hikoukizuki

撮影2004/04/11 伊藤憲一   記念行事展示 普段は格納庫に保管されている模様

× 川崎ヒューズOH-6J 31068
1974/12/13 c/n6372 陸上自衛隊に引渡
航空学校所属 浜松航空祭 撮影1982/11/14 伊藤憲一
1989/04/19 宇都宮校で用途廃止
  霞目駐屯地に展示
  撤去

撮影2004/04/11  伊藤憲一
 

 
 

× 川崎ベル H-13H 30169 

30169の経歴 

1963/12/23 c/n265 陸上自衛隊へ引渡  
1976/04/28 用途廃止
1985年現在 霞目駐屯地に展示 撤去時期不明

撮影1985/07 遊佐 豊


× 川崎 H-13KH 30207 

302079の経歴 

1965/12/24 c/n30207 陸上自衛隊へ引渡  
1979/02/14 用途廃止
1985年現在 霞目駐屯地に展示 撤去時期不明

撮影1985/07 遊佐 豊

× UH−1B 41569 

41569の経歴 

1971/07/27 c/nMH-70 陸上自衛隊に引渡
1990/03/20 用途廃止
  霞目駐屯地に展示
2010/09現在 撤去

撮影2010/04/18 hikoukizuki


撮影2007/05/20 伊藤憲一 

 

× 川崎ヒューズOH-6D 31138

31138の経歴 

1980/03/15 6429 陸上自衛隊に引渡
  用途廃止
  霞目駐屯地に展示 2012/04/15現在不明

撮影2004/11/23  伊藤憲一 

× シコルスキーH-19C 40029 

40029の経歴 

1962/04/27 c/nM55-041 陸上自衛隊に引渡
1976/12/24 用途廃止
  霞目駐屯地に展示
2004/07 撤去

撮影2004/04/11  伊藤憲一






 

 

 

 

 

 

撮影2001/04/15  伊藤憲一

撮影1985/07 遊佐 豊

× 富士ベルUH-1B 41569 

41569の経歴 

1971/07/27 c/nMH-70 陸上自衛隊に引渡
199003/20 用途廃止
  霞目駐屯地に展示
2006 撤去
撮影2004/04/11  伊藤憲一
  

撮影2001/04/15  伊藤憲一

× 川崎ヒューズOH-6J 31054 

31054の経歴 

1974/01/31 c/n6357 陸上自衛隊に引渡
1962/06/26 用途廃止
  霞目駐屯地に展示
  撤去

撮影2001/04/15  伊藤憲一


霞目のヘリコプターについて 伊藤憲一 
2004/04/19記

 UH−1BとOH−6Jは、正門すぐ右脇に並んで展示されています。H−19Cはそこから約50m離れて、芝生広場の一角に展示さ れています。今の時期は桜に囲まれます。3機とも、説明表示板があります。内容が、やや簡素な感じもするのですが、機体は大切に扱われている感があります。

 H−19Cには、特に思い入れがあります。1963年にUH−1Bが導入され、1969年頃には、北部、東部、中部、西部の各方面ヘリ隊にUH−1Bが配備されていたようですが、霞目の東北方面ヘリ隊だけは、H−19Cのみでした。最盛期は1971年頃で、約18機のH−19Cがいました。
 機番は、06、07、09、10、12、13、15、16、17、18、20、21、22、23、27、29、30、31等だった記憶があります。

 1972年2月に初めて3機のUH−1Bが配属され、その後、−1B、また、新鋭の−1Hが増備されるにつれて、H−19Cは徐々に少なくなって行きましたが、最終的には1976年頃まで使われたようです。上述の18機は、その後、転属はしていないと思います。全て、霞目が終焉の地となったのではないでしょうか。
  なお、上述UH−1B3機は、41520、51、77でした。41577は、新造機で配備と思われますが、この機体は、翌1973年6月14日、山形県で演習中、数mの高度から、失速、墜落、破損してしまいました。そのまま用廃になったのか、航空誌等にもほとんど写真も載っていないようです。(私も撮影機会はありませんでした。)

  

A2301 宮城県 Miyagi Prefecture 仙台市 陸上自衛隊霞目駐屯地防衛館 飛翔
    
◎ 陸上自衛隊霞目駐屯地防衛館 飛翔 撮影2007/05/20  伊藤憲一

陸軍九五式1型乙練習機 赤とんぼ の模型(長さ、幅、ともに約50〜60cm)
 

 逓信省仙台地方航空機乗員養成所の機体 詳細は
 

仙台飛行場の金属製プレート 撮影2008/04/20  YS-11

額入り説明文から切り取り
海軍一式陸上攻撃機のプロペラ(金属性、鋳物?) 九五式1型練習機(通称「赤とんぼ」)のプロペラ(木製)
スピナー

 スピナーの説明文について
 正確には、プロペラ軸の先端に取りつける覆いで、フックは始動車の始動棒を引っ掛けてプロペラ軸を回転させるもの、とでも表現 すべきでしょうか。知覧にある疾風のように、これは日本陸軍機特有のスピナーであり、図示されている零戦など海軍機にはフックがありません。
 貴重な資料だと思うので、わかりやすく正しい解説 を行ってほしいのと、でき得れば寸法などから機種を探ってみていただきたいものです。(佐伯)

機銃掃射跡のある格納庫鉄骨

 

LM−1のプロペラ

霞の目飛行場の格納庫が仙台市交通局のバス車庫に 2006/09/21伊藤憲一

 航空に関する話題をひとつお知らせします。
 それは、戦後まもなくの話ですが、仙台市交通局のバス車庫に霞の目飛行場の格納庫を移設して作ったという話題です。ただし、写真は送れません。航空とは関連の無いHPで偶然発見したものです。

 このHPは、「仙台市完全非公認・仙台市営バスのページ」という、rondoさんという方が主宰されているものです。
 メニューの[昔のおもひで]→[バスのある光景]でたどり着きます。上から4番目、5番目の2枚の写真に車庫を解体している写真があり、これは、霞の目飛行場の格納庫を移設したというコメントがあります。この写真は手前の古いバスを見せるのが主題と思うのですが、私は、このコメントにもひっかかりました。
 なぜ、また、どのようにして移設したのか知りたくなったのですね。

 実は、これを発見したのは2年ほど前なのですが、これは、インターネット航空雑誌ヒコーキ雲の話題に値するものかなと思い、管理人のrondoさんに、私の実名を出し、貴誌を紹介させていただきました。そして写真提供をお願いし、また移設理由とその方法も分かれば教えていただきたいと申し出たのですが、丁重にお断りの回答をいただきました。
 確か、rondoさん自身の写真でなく提供写真であったこと。また、その提供者にも話をしていだだいたようですが、提供者自身もその写真の所在が不明との理由だったと思います。

 そこで、私も、仙台市交通局50年史などの書物や新聞などを調べたのですが、その範囲ではこの広瀬車庫は霞の目の格納庫を使用したとの話しは見つけられず、確証は得られませんでした。分かったことは、この広瀬車庫の開所は昭和25年、閉所は昭和52年とのことです。

 写真から見ると、確かに格納庫のような形をしているし、これが本当ならば、戦後まもなくの話でもあり、物資不足等の理由とも思えるのですがどうやって運んだのか非常に興味があります。それとも、このような例はこの当時、普通にあったのでしょうか。現在の陸上自衛隊・霞目駐屯地の格納庫から、広瀬車庫のあったところまでは、おおよそ北西の方向、仙台駅をはさんで、約5.1kmです。

 まずは、このHP「仙台市完全非公認・仙台市営バスのページ」をご覧ください。ちなみにこのHPはローカル(一地方の公営バスを中心に扱っているという意味で)なものですが、延べアクセス者は150万人を超えており凄いHPと思います。