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図書室87 

 

A2330-4 宮城県栗原市(旧栗原郡若柳町) T-6墜落殉難之碑
       Monument of crashed T-6 , Kurihara City, Miyagi Prefecture 
 

◎ 平塚勝三等空佐殉難之碑、竹内慶文三等空佐殉難之碑

 殉難之碑は道路脇の田んぼの中にひっそりと建っており、もう知る人も少なくなって探すのに苦労しました。両脇のプロペラは事故機のものかもしれません。

撮影2012/09 遊佐 豊

52-0016の経歴

1955/02/01

c/n121-43235 US44-82513 航空自衛隊へ供与 第2操縦学校

1956/06/26

空中接触により宮城県若柳町に墜落

52-0025の経歴

195502/04

c/n182-445 US51-14803 航空自衛隊へ供与 第2操縦学校

1956/06/26

空中接触により宮城県若柳町に墜落

航空情報1956年8月号 国内ニュース

図書室 〜空を愛した男の死闘譜〜   死闘譜

 見事な七五調の文章と飛燕が12.7ミリと20ミリ機関砲を発射したイラストをご覧ください。上記、栗原市殉難の碑に眠る故平塚勝氏が書き遺したものを、従兄弟の平塚滋さんが〜空を愛した男の死闘譜〜として冊子に収録しました。

 陸軍幼年学校、陸軍航空士官学校を経て満洲の部隊にあった平塚勝少尉は、新造飛燕のパイロットとして明野に派遣され、訓練の後、ニューギニア戦線、負傷後は名古屋、そして終戦後は五式戦を台湾空軍に引渡す役目をもって、日本陸軍操縦士としての責務を終え、その技量を生かしてT-6訓練時代の教官として松島基地に在ります。

 不幸にして空中衝突の犠牲となりましたが、滋さんが復活させたこの記録を読みますと、勝さんはまさに文武両道の武人でした。次々に戦友と航空機が失なわれていく南方戦線にあって、遂には自らも被弾して鱶の泳ぐ海に落下傘降下する情景など、鬼気迫るものがあります。

 航空自衛隊時代の書き残しがないのは、ちょっと残念ですが、飛燕による死闘譜として歴史価値もあるのではないでしょうか。

 記録を整理して上梓した平塚滋さんは、この手記を少しでも多くの人の眼に触れてもらいたいと考えています。入手希望の方は、 s_hiratsukahotmail.com  (●に@を入れる)に連絡してください。

 

平塚 勝三等空尉に対するT-6操縦過程の免許状 1955年11月23日付け

   入間基地修武台記念館に保管 撮影平塚 滋