茨城県

 

ひたちなか市 陸上自衛隊勝田駐屯地
水戸つばさの塔公園

:現地に展示または保存中のもの ×:過去のもの :現状不明

A3029 茨城県 Ibaraki Prefecture  ひたちなか市 水戸つばさの塔公園 (陸軍水戸東飛行場跡)  
                 
◎ 水戸つばさの塔公園  撮影2009/07/05 れすお

公園入り口の門標

◎ 陸軍キ45改二式複座戦闘機屠龍の三菱ハ102エンジンとプロペラ

◎ モニュメント

水戸つばさの塔




揮毫(元教導航空群司令 第六航空軍司令官 陸軍中将)菅原道大

 


 
碑文
 昭和十三年この地に千二百ヘクタールに及ぶ水戸飛行場を設定し翌年水戸陸軍飛行学校が開校 通信 戦技 武装 高射 科学戦 自動車 特操 佐尉官等の教育と研究を実施し 東部に陸軍航空審査部水戸試験場が設置された
 昭和十五年水戸南飛行場に陸軍航空通信学校が開校され 通信教育と研究を移管した
 戦局の要請により昭和十八年八月明野陸軍飛行学校分校が開校 水戸校は仙台に移駐した 昭和十九年六月に至るや分校は常陸教導飛行師団に改編 精鋭空中戦士の養成と研究に加え 本土防空の作戦任務を附与された
 この地にあつてその職に殉ずる者および昭和二十年二月十六 十七日の艦載機群邀撃等により身命を捧げた者その数百八十余柱 また南飛行場に於ても電鍵を片手に華と散つた者数知れず 更に昭和十九年十一月以降特別攻撃隊一宇隊 殉義隊 第二十四振武隊 第五十三振武隊 第六十八振武隊 平井隊 誠三十五飛行隊の勇士七十余人は 相ついで進発レイテ沖に 台湾 沖縄海域に敵艦船を求めて突入し国難に殉じた
 昭和二十年四月 師団主力は群馬県新田飛行場に移動し終戦に至った
 ここに終戦三十周年を期し 関係者ならびに有志相計りこの戦跡を後世に伝え 殉国英霊の偉業を顕彰し 祖国永遠の平和を祈念して この塔を建立する
            昭和五十年五月三日   水戸飛行場記念会

水戸飛行場内の神社にあった手水舎水盤 マークは日立飛教導隊のもの

境界標

陸軍航空通信学校の校門

 

A3020 茨城県 Ibaraki Prefecture  ひたちなか市 陸上自衛隊勝田駐屯地 陸上自衛隊施設学校  
                 
◎ 陸上自衛隊勝田駐屯地  撮影2007/10/21  ogurenko

 駐屯地防衛館に、隼U型のプロペラと??の風防がありました。茨城県内の航空基地の資料もそれなりに充実していました。昭和4、50年代に確立したと思われる展示物、手書きのパネル解説は、先人に対する尊敬と誇りを感じるものでした。

隼のプロペラ