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航空歴史館

航空産業遺産中島九一式戦闘機について

目 次

  1 佐伯邦昭から質問 05/03/20
2 (2-1) 所沢航空発祥記念館館長からの回答 05/03/25
  (2-2) 埼玉県知事上田清司さんからの回答 05/03/29
  (2-3) 九一式戦闘機学術調査プロジェクトリーダー 三野正洋さんからの回答 05/03/25
  (2-4) その他の方々からの意見 到着順 05/03/20〜05/03/28
3 航空遺産活用・保存等検討委員会の結果報告 06/02/17
4 ジュピターVI型の一般公開  07/03/31
5 シリンダーヘッドの動弁機構部への潤滑について 07/04/27
RC46 図書紹介 中島 九一式戦闘機中間報告 その1 その2 07/04/12

 

1 質問 佐伯邦昭


 

前段 

  旧陸軍の中島九一式戦闘機は、最初の国産制式戦闘機として、長い試行錯誤の末に生まれ、かつ、採用後も数々の改良を重ねて列国の技術水準にひけをとらない単葉の名戦闘機となりました。いわば昭和初期におけるわが国の先端産業を代表する工業製品です。

 所沢航空発祥記念館の格納庫にある九一戦は、写真のように発動機架胴体と垂直尾翼の一部を残すに過ぎない残骸であります。

 とはいうものの、細部にわたって無数の情報を有する宝の山という見方もできます。どのような経緯をたどってこんな無残な姿になってしまったかの詮索は別にして、国内に現存する唯一の九一戦実物として、歴史的産業遺産として大切にしたいものです。

 本来なら、倉庫の片隅に置いておくようなものではなく、適切な写真なり模型なり説明板なりを添えて本館内に展示して然るべきです。 

報道によれば

 既に新聞や航空雑誌で報じられていますが、三野正洋さんのグループが九一戦を復元しようとしています。

 所沢航空発祥記念館の九一戦残骸を傍らに置いて、別の復元模型を作られるのなら双手を揚げて歓迎します。しかし、不足部品つまりは翼や脚を新造してこの残骸に取りつけての復元ということであれば賛成いたしかねます。

 上の写真の胴体にペンキが塗られ日の丸が描かれた状態を想像してみてください。それだけでオリジナリティが完全に破壊され、当時の産業技術をチェックする機会は永久に失われてしまいます。つまり、文化財としての価値を喪失するのです。

 有名な興福寺の山田寺仏頭に、復元と称して胴や手足をつけたらどうなりますか?その途端に国宝を取り消され、世界中の物笑いになるでしょう。

小耳にはさんだところでは

 文化審議会では従来建造物だけであった登録有形文化財の中に建造物以外のものも含められるように改め、機械などの文化財登録の門戸を広げました。

 さすれば、当時の形を残して存在するこの九一戦は格好の文化財として指定される資格があります。そんな動きもあったやに聞きますが、最近の文化審議会の答申には所沢航空発祥記念館の九一戦は入っていないらしいです。

三野正洋さんと所沢航空発祥記念館長に聞きます

 全国的に九一戦の部品を探して、可能な限り実物を使うとおっしゃっているようですが、100%に近い部品が集められるとは到底考えられないし、仮に集まったとしても、エンジンの形がそれぞれ違う何型に復元するのかという次元で偽もののスタートになりはしませんか。

 繰り返しますが、九一戦残骸を傍らに置いて、これを参考にしながら別の復元模型を作られるのなら何もいいません。学者として細部を探求しながら完全な姿の戦闘機を復元してみたいという願望はよく理解できます。

 しかし、貴重な産業遺産の文化財に手を加えてショーモデルにしてしまっては、二度と元には戻りません。もちろん一般入館者は喜ぶでしょうが、それは研究機関としての博物館の魂を売り渡す行為になりませんか。

 ご所見をお聞かせください。

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2 回答と第三者からの反応

(2-1) 所沢航空発祥記念館からの公式回答

佐伯邦昭様

                             所沢航空発祥記念館長

                                浅 田 隆 一

91式戦闘機に関する所見について(回答)

 標記飛行機に関する三野氏から申し出につきましては、貴重な航空遺産であると考えますので慎重に対応する必要があると考えております。

 今後は、県とよく協議して取り組んで参りたいと考えています。

2


(2-2) 埼玉県知事 上田清司さんからの回答


 私あてにメールをお寄せいただきありがとうございました。
 ご提言の91式戦闘機は1930年代初めに製造された飛行機で、県が取得したものでございますが、当時の日本の技術力を把握するうえで、貴重な技術遺産であるという話は、私も聞いています。
 佐伯様のように、そのまま文化財として保存すべきとの意見がある一方で、完全復元すべきとの声も数多く寄せられております。ただ、復元をするにしても、県主体で、費用負担もしながら、旧日本軍の戦闘機を復元展示することは、県民全体の理解を得るのが難しいのではないかと考えています。
 今後の保管につきましては、万全を期すよう所沢航空発祥記念館に指示します。
 よろしくお願いいたします。

 佐 伯 邦 昭  様

                 埼玉県知事 上田清司


(2-3) 九一式戦闘機 学術調査プロジェクトリーダー 三野正洋さんからの回答

 On 2005/03/24, at 8:54, saeki wrote:

 おはようございます。ごもっとなご質問ですので、きちんとお答えします。

 この91戦については産業遺産でもあり、また復元の対象でもあります。私は復元推進派ですが、その程度、方法にに関しては正直なところ迷っております。また現状維持か、復元(胴体)プラス複製(主翼など)か、ということではどなたも絶対にこのようにすべきだ、といった確信は持ち得ないと思います。

 たとえば現状維持ということでも
 1:まったく手を加えずこのままにしておく
 2:とりあえず洗浄、防錆剤を塗布しておく これについては専門メーカーにすでに相談済みです。
 3:錆の進んだ部分を除去し、完全な処置をして、不活性ガスのガラスケースにおさめる
などいくつかの方法が考えられます。

 さらに機体には当然ながら錆が広がり、塗装ははげ落ち、さらに異種金属間の電触も進んでいます。

 現状維持を主張なさる一部の方からは、機体のほこりも錆も歴史そのものであるから、いっさい手を加えるべきではない、という意見も寄せられています。しかし私個人としては、この意見には全く賛成出来ません。貴重な技術遺産でもある91戦が遠からず朽ち果てていくのを傍観すべきだ、ということですから。

 また重大なことは、発見されてから11年、記念館に運び込まれてから約8年、その存在を知っていながら、だれもがこの重要な航空機に関心を持たなかったことではないでしょうか。

 少なくともなんとかしなければならないと、行動を起こした人は私の知る限り皆無です。

 この学術調査にとりかかる以前にも何回か見学しておりますが、最初の頃はコンクリートの床に転がしてありました。(もしかするとムシロが敷いてあったかもしれません)

 途中から簡単な台座に載せられましたが、これも少々問題があり、昨年秋に我々が作り直しました。スタッフにこの分野の専門家(機械設計)がおりましたので。

 それから、復元の発想の根拠への質問ですが、本音を申しますとあまり厳密な根拠はありません。強いていえば91戦とほとんど同じ状態、つまり胴体だけが存在し、主翼などを複製し、復元したイギリスの博物館のウオーラス水上機を知ったから、でしょうか。

 より端的には91戦がこのまま朽ち果てていくのを見るにしのびなかったということです。

 この点につきましては、航空ファン04年4月号掲載の佐伯さんの記事の趣旨と全く同じです。あの文章には感銘を受けましたのでお読みでない方のために再録しますが、P74にR-53小型機についての次のような文章があります。
 「(この貴重な航空機の将来について 付加 三野)今後の方針を協議する雰囲気もなく、
放っておけば朽果てる運命にあることだけは確かである」

 まさにおっしゃるとおりで、立川飛行機R−53こそ、見方によっては91戦よりもさらに貴重な機体です。ともかく我が国における戦後の航空再開一号機(残っているものにしては)です。なんとしてもきちんとした状態で、残しておくべきでしょう。

 繰り返しますが、私が91戦の保存(どのような形であれ)にささやかながら努力しているのも、本当のくず鉄にしてしまってよいのだろうか、の一言につきます。多分誰かが立ち上がらなかったら、あのまま何十年と眠り続け、結局廃棄となったであろうと思われます。

 長くなってしまい申し訳ありませんが、最後に次の2点よろしくお願いいたします。
1:ヒコーキ雲でも討論の資料となると思われますので、この文章を掲載の場合には全文を省略なしで載せてください。
2:ご多忙中恐縮ですが、あの記事の後R−53に関して、何かの反応があったと思いますので、それらをぜひお知らせいただきたいと思います。これは本当に楽しみにしています。
 あの機体も放っておけないとと思いますので。
 
 意見を述べさせていただいたことを感謝します。日本大学 三野正洋 050325

 

佐伯から注 : 航空ファン04年4月号掲載記事中の意見は、新立川航空機株式会社内に非公開で保管されているR-HMとR-53について述べました。あの記事に関しての反応ということですが、すくなくとも私の手元にはひとつも来ておりません。


(2-4) その他の方々からの意見 到着順 (文意を損なわない範囲で編集しています)

Aさんから 修復が”修理”になるのでは 

 技術は分かっても、肝心の文化の取り扱いがまるで分かっていないと、このような場合、修復が”修理”になる危険性が大です。


Bさんから きちんとした作業なら復元すべきです 

 91戦残骸の取り扱いですが見方はいろいろあると思います。文化、産業遺産と見てオリジナル性を優先するか?外観優先の復元で往時を偲ぶか?

 愛知万博の目玉はマンモスの頭部らしいですが、これはまさにオリジナル優先そのものなのでしょう。(笑)

 しかし、航空機の場合は必ずしも原状のままが良いとは思いません。特に91戦で言えばへしゃげた墜落残骸部分とは違い立派に構造部を残し大きな形で胴体、翼の一部もあります。(知覧の零戦なら残骸そのもので復元は不要です)

 その組み立てをして足らない部分を航空機材料で正規の製作すれば立派な復元機になり、多くの人たちの目に触れるならば、格納庫内で中途半端な原状より遥かに良いと思います。実際の航空機破損修理と同じ修理をすればいいのです。
 91戦レベルなら手作業が主ですから。

 ただしその材料、手法がいい加減だと、どこのものとは書きませんが外観だけはそれらしいが中を覗くとおよそ航空機構造とはまったく違うインチキで鉄アングル溶接の張りボテになっている元は貴重な機体もあります。こうなるとまさに「なんだこりゃ〜?!」と絶句して嫌悪感さえ出てきます。

 マンモスと違って文化、産業遺産と言っても歴史的にはずっと浅い航空機産業なので91戦は現代の小型機構造と大きく変わらない材料と製作手法です。搭載機器こそ現代のハイテク品と大違いですが機体ドンガラはほぼ同じで歴史遺産の貴重度?はそれほど感じません。

 逆に復元作業をしたからこそ内部詳細が判って往時を知るかも知れず、ただ外観を見るだけでは発見できないものもあるでしょう。

 ただし現実は復元に熱心な人たちに専門家が少なく、個人的では復元財力にも限度があります。そして専門家はこの分野には入らない人が多いのも現実です。

 もし仮にカネさ出せば小型機修理をする会社なら正規な航空機材料と手法で91戦くらいなら簡単に復元可能と思われます。

 話しが飛びましたが、私の結論としてはあの状態の91戦なら復元して一般展示した方が良いと思います。ただし条件は専門家のアドバイスまたは参加と材料、手法を正規にすることです。

 もしこの条件が無理なら下手にインチキ機を作るより現状を続けて博物館の復元予算が付くまで待つのです。博物館には予算の優先度を上げて欲しいと思います。

 


Cさんから 復元行為に抗議します

 「陸軍九一式戦闘機復元」記事について、貴殿の意見に全面的な賛意を表します。

  文中にある「三野正洋さんのグループによる復元行為」が本当なら、それは極めて軽率な動機において行われる、重大なバンダリズムに他なりません。
 
  所沢航空発祥記念館が、かかる文化財の破壊行為を許容する ものとは信じたくありませんが、もし事実であるならば、強く抗議を表明するものです。



Dさんから 往時の勇姿に復元してもらいたい 

 所沢の九一式戦闘機は、よくぞ残っていたものだと驚き、喜ばしく思っています。
 私も以前から、往時の勇姿を復元してもらえないものかと思っていましたので、今回の復元の意向には基本的に賛成です。
 
 文化財の修復に関して例を挙げるとするなら、私の好きな国宝に東大寺南大門の金剛力士像があります。あれは傷みがひどかった為に、近年大掛かりな修復が施されました。その際、左手の中指など欠けていた各部は新たに作り直し、古色付けをしてオリジナルの部分と違和感が無いようにしました。
 
 九一式戦闘機の復元も、その手法を参考にすればよいのではと思います。オリジナル部分は塗装など資料的価値のあるものは手をつけずそのままにし、主翼など欠けた部分のみを新造します。その際、日本の文化財修復やアメリカのスミソニアン博物館のように新造した部分はそうとわかるように表記し、後年の研究者が誤らないようにすればよいと思います。
 
 故佐貫亦男氏が太刀洗の九七戦が引き揚げられたときの「スクラップのまま展示しても若い人は何も感じないのではないか」という意見に私も同感です。
 外見のみの復元でも、自国の航空技術史の変遷を視覚的に感得するのには有用だと思います。

Eさんから 世界に1機しかない機体に手を加えないで 

 残骸とはいえ、世界に1機しか残っていない機体に手を加えるというのは避けるべきです。 何機もあるような零戦とは訳が違うのですから。

 どうしてもというなら、残骸を元にレプリカを作るのでしょうね。

 アメリカで復元中の飛燕についても、複雑な心境になります。ファンとしては飛燕復元はどんな形であろうとも嬉しいですが、かなり原型を留めていた機体がリバースエンジニアリングのためにバラバラにされていく写真を見ると、これでよいのだろうかと考えてしまいます。



Fさんから 
三菱重工業の秋水の二の舞では 

 所沢の91戦胴体復元についてですが、基本的には自分も佐伯さんに近い考え方です。オリジナルは残して欲しいです。中途半端な復元機は如何かと思います。逆に、名古屋の三菱重工にあるゼロ戦、秋水は復元機と言うよりも完全にレプリカではないかと。
 
 しかし、復元機とレプリカの違いは何なのでしょうか?一部の部品が残っていれば復
元機なのでしょうか?秋水など何処にオリジナル部品が残っているかも分かりません。

 復元機には、オリジナル度10%くらいのもあるのではないでしょうか?

 ひねくれた言い方をすれば、部品をばらして取り付ければ復元機はネズミ算式に増えます。オリジナル度、歴史的に意義ある機体ならば復元もよろしいかと思いますが、それ以外は・・・。
 

 どうせなら、精巧な実物大模型、レプリカで博物館を作ったほうが間違った復元も無く、いいように思います。

 

Jさんから 三菱重工業の秋水の二の舞では 

 以前から疑問というか不満だったのが、三菱で復元された「秋水」です。この機体も、以前は各務原でほぼ雨ざらし状態で展示されていたものでしたが、三菱へ譲渡?された残骸を復元しております。

 個人的な価値観の違いかもしれませんが、これはこれとして保存しておいてもらいたかったです。91戦も同様な問題のような気がします。日本で唯一つしかない九一戦の残骸を使って復元することがいいのか悪いのか、慎重に検討すべきでしょう。
 


 

Gさんから 製造番号がつけられるようなレプリカは夢物語か

 私の考えは残骸には手をつけず、参考にして完全なレプリカを作るというものです。残骸がどの程度使用できるか不明なうえ、その貴重な残骸に手を加えるのは、とても勿体ないと思います。

 米国でボーイングP−26ピーシューターのレプリカが製作された時、完成度の高さからボ社より正式な製造番号が付与されたと、以前航空ファンにて読んだ記憶があります。

 日本でこのような事を望めないのは、悲しい現実ですが、同じような手法に挑戦して欲しいと勝手に期待します。これは日本では夢物語でしょうか。

 
 

Hさんから 映像による再現を

 レストアするかそのままの展示か、大変気になるところですが二つの利点を活かす方法を考えてみました。

1 レストアの利点 =見た目の良さによる集客
2 そのままの利点 =重要航空史料の保存

 この二つを満足させる方法は無いモノか…と考えたところ、ある遊園地のアトラクションを思い出しました。

 あれは、東京ディズニーランドだったでしょうか。暗い部屋に、一体の「胸像」が。しかし次の瞬間には、のっぺらぼうだった胸像が表情豊かに語り出します。
 これは、白い胸像をスクリーンとした映像効果でした。 びっくり。

 さて、これを91戦に応用出来ないものでしょうか。

 まず暗室の中央に、保存処理を施した「91戦」を設置します。時間をおいて、失われている翼等をを再現した部品を、上方及び側方から展開します。

 部品の色は白又はグレイ(効果に適した色彩及び表面処理)とし、マーキング等は施しません。展開後、専用の投影機により91戦を照らし出し、表面の塗装を再現します。

 この方法が可能ならば、以下のような効果が期待できます。
1 投影による再現ですので、機体への塗装が不要
2 塗色の変更が比較的容易
3 一つの機体に、複数のマーキングを切り替えて再現することが可能

不都合としては
1 専用展示室が必要
2 設置費用の高騰
3 同時観覧可能人数の制限
4 移動(展示機の移転)が困難

 航空博物館の展示というと、ピカピカテカテカな機体を期待しがちですが、古典機についてはその当時を物語る大変貴重な史料であります。
 レストアにせよ、この方法にせよ金銭問題は付きまといますが、史料保存と展示の両立は可能であると思います。3

最後に、私はレストア反対派です。

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3 航空遺産活用・保存等検討委員会の結果報告    3

 
  上田埼玉県知事の指示により設置された航空遺産活用・保存等検討委員会が、2006年1月20日に検討結果報告昭書を知事に提出しました。

 その概要書を上田知事から頂きました。

 まず、航空遺産の保存と活用について基本的な考え方が示されていますが、大方において納得できるものであり、かつ、体系的に整理して述べられたのは日本では初めてではないかと思われ、その点において高く評価すべきものです。

 問題の九一戦残骸については、次のとおりです。

 そして、活用方法に3案を提示しています。

 3案を読む限りでは、残骸部分を使って元の姿に完全復元するという意見は退けられたようです。それに近い形として、「イ案」実物資料+原寸パーツレプリカが望ましいとされています。

 上田知事は、私への回答で「私としても提言を尊重し、利用に向けて最大限、努力していく方針でおります」と述べております。

 

佐伯私見 : 委員会での議論の中身は知る由もありませんが、大阪漫才ではないが「イ案」は中途半端やなー、復元するならする、しないならしないとはっきりせんかい、と言いたくなりました。

 不足分のパーツをこしらえて、元の残骸に接触しないように、しかも飛行機全体の形がわかるようにぶら下げるとは、一般観客にとっては何とも滑稽な展示になりはしませんかね。展示組み立てや維持管理もものすごく難しいような気がします。

 博物館で広く公開し、日本の航空技術の揺籃を見てもらうのに「ア案」と「ウ案」のどこが悪いのか、私にはわかりかねます。

 私見として、県財政も考慮し「ウ案」を推薦いたします。

 なお、上田知事のご好意で頂いた結果概要報告書(PDFファイル A4判2ページ)は、希望者に電子メール添付で送りますので、佐伯あて申し込んでください。 

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4 ジュピターY型エンジンの一般公開    4

撮影2007/03/30 にがうり

 3月30日、東京都立産業技術高等専門学校荒川キャンパスにて91式戦闘機を復元している特定非営利活動法人「航空復元懇話会」主催によるジュピターY・エンジンが公開されました。

 航空ファン誌にもすでに詳しく紹介されていますが、今回のジュピターは航空懇話会が購入した仏ノーム・ローン社製のジュピターY.製造番号1178です。

 驚いたのはこのエンジンが実戦参加したのかエンジン前蓋部に弾痕がありました。プロペラは木製の実機91戦用のものだそうです。エンジンの外にも91戦の主翼構造部、水平尾翼構造部、主輪が展示されました。あと3年くらいで復元機完成とのことです。

懇話会メンバーと三野理事長挨拶

ジュピターYエンジンと九一戦木製プロペラ


ジュピターYエンジン本体  横川裕一



吸気と排気 各2バルブ




弾痕


主翼構造


水平尾翼構造


方向舵構造


車輪


横川裕一さん提供 PDF転載

                          特定非営利活動法人 航空復元懇話会 http://ben.mmm.cit.nihon-u.ac.jp/type91/

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5 シリンダーヘッドの動弁機構部への潤滑について      5   5


ジュピターエンジンに関して感想と質問 かつおさんから

 
 この時代に吸排気バルブが各2バルブとは全く意外で、この形式は戦中もしくは戦後の物と考えていました。
 プッシュロッドが吸排気並列でなく縦列というのと、2本のプラグ配置が向かい合っているのも珍しいと思います。

 九一戦の復元は有志によるプロジェクトのようですが、その熱意には敬服します。完成は3年後との事ですが、我々世代には非常に郷愁を覚える機体で、ある意味では零戦以上の期待感があります。復元の大成功とスタッフのご健闘を祈念したいと思います。 
 

 

質問 1  シリンダーヘッドの動弁機構部にカバーはありませんか? このままだとバルブロッカー軸やプッシュロッドとロッカーアーム部への潤滑油供給がどうなるか気になります。

回答 1 カバーはありません。潤滑はグリス封入とオイル注入です。(資料は横川さん提供)


オイル系統図

 

質問 2 減速装置が見当たりませんが直結でしょうか?

回答 2 ジュピターY型は直結で、[型が減速ギア付です。会場の説明をご覧ください。

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