群馬県

 
航空歴史館
 
館林市 大西飛行場  館林飛行場の思い出

 

大西、館林飛行場の略歴
2012年の状況
2006年の状況
2004年廃止直後の状況
1998〜1999年ごろの状況
 
A3407-2 群馬県館林市 大西飛行場、館林飛行場跡
     The Old Ohnishi AP and Tatebayashi AP, Tatebayashi City, Gunma Prefecture
 

大西、館林飛行場の略歴

1938 陸軍館林飛行場開設 熊谷飛行学校分校→航空士官学校疎開地→特攻基地
1945 陸軍飛行場廃止 農地として払下
1964 大西勇一が飛行場を開設 滑走路コンクリート600×25m
1971 非公共用大西飛行場として認可
  館林飛行場と改名  管理者 大洋航空→新中央航空 
2003/12 供用休止
2004/03/31 飛行場廃止  日本運輸が使用

国土交通省ウエブマッピングシステム 昭和49年度

 

4 2012年3月18日  HSC-M   4


 管理棟と格納庫は残されていますが、管理棟の中は警備員1人の席があるのみで、がらんとしていました。エプロンの舗装は、かなり傷んでいます。
 格納庫は、物置として使用しているとのこと。滑走路には某社の左ハンドル仕様の車がズラリと並んでいました。滑走路西端の方には、倉庫のようなものが置かれていました。滑走路中央と東端の横断用の路は閉鎖されていましたので、近くの住民の方は、さぞ不便なことでしょう。(2012/03/19 HSC-M記)

旧格納庫とエプロン 

滑走路はモータープール

 

 


 

3 廃止2年後 2006年7月  I,K   3


 
大西飛行場(館林)が閉鎖されとてもさびしく残念に思います。数日前に見てきましたが、タワー、滑走路、格納庫はそのままですが、各建物には日本運輸の張り紙。まるで占領されたようです。多分世界に一つしかなかった名物の滑走路の踏み切りも撤去され、雑草に埋もれた碑が泣いていました。

撮影2006/07 I,K
  

 

 

2 2004年3月6日 HSC-M   2


大西
(館林)飛行場 廃止直後の写真です。感慨深いものがあり、しんみりとしてしまいます。


              


              滑走路横断踏切の表示
              
 



降りることがなくなった遮断機


東側横断路


使用滑走路指示板


格納庫と管理棟


北側エプロン


整備格納庫

南側誘導路と整備格納庫                 南側エプロンと給油施設                  
 

クラブルームと宿泊施設



館林市ふるさと自慢百選 館林飛行場

 

 

1 1998〜1999年頃 HSC-M    1


滑走路を横切るトラック


滑走路の脇には家が接近しています


夏のRWY08ファイナル


冬のRWY08ファイナル


RWY26からの離陸


格納庫とエプロン


南側エプロンと整備格納庫


冬の北側エプロン