埼玉2

航空歴史館 いしぶみ

船橋市 船橋無線塔記念碑 海軍無線電信所船橋送信所跡

 

A3512-3 千葉県船橋市行田 千葉県立行田公園内 海軍無線電信所船橋送信所跡 船橋無線塔記念碑
       The Old Radio transmission Tower, Funabashi City,  Chiba Prefecture 
 

                         

◎ 船橋無線塔記念碑  

    撮影2014/11 YS45     
    

碑文

 ここ下総台地の一角にかつて無線塔が聳えていた。大正4年(1915年)に船橋海軍無線電信所が創設された。大正5年にはハワイ中継でアメリカのウイルソン大統領と日本の大正天皇とで電波の交信があった。広く平和的にも利用されたのでフナバシの地名がはじめて世界地図に書きこまれた。大正12年(1923年)の関東大震災の時には救援電波を出して多くの人を助けた。昭和16年(1941年)の頃には長短波用の大アンテナ群が完成し、太平洋戦争開幕を告げる「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の電波もここから出た。船橋のシンボルとして市民に親しまれていたが昭和46年(1971年)5月解体され栄光の歴史を閉じた。

 中学生の頃には、何本かの鉄塔が残っており、校舎の窓から日を追うごとに高さが低くなって減っていくのを危機感をもって眺めていましたし、自転車で解体現場へ行き、残骸の一部を貰って帰った記憶があります。
 あの頃、だだっ広い草原に、異常な高いお化け鉄塔を下から眺め、ここからあの暗号電波が発信されたのかと思いめぐらした場所が、今は小奇麗な住宅や学校が立ち並んで見る影も無く、唯一、その存在を示す記念碑がたっているだけです。
 送信所は大きな円周の道路があり、下はその中央を南北に走るバス通りです。(YS45)





 



       

 事前に調べて、2本残っているといわれる海軍省の石標も探しましたが見当たらず、恐らく抜かれてしまったのだと思います。