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航空歴史館

下総航空基地スクラップヤード等の変遷

目次

@ 1964年の第三術科学校東南側 機体置場
A 1962、1963年の保存機
B 1965年の第三術科学校東南側 機体置場
追加 1971年のUF-XS
C 1974年の消火訓練施設とスクラップヤード 1974年のUF-XS
D 1977年のスクラップヤードの用廃機
E 1979年の第三術科学校発動機訓練場(通称ラバウル航空隊)付近とスクッラップヤード
F 1983年のスクラップヤードP2V-7改VSA
G 1984年のスクラップヤード
H 1989年のスクラップヤード
I 1991年のスクラップヤード
J 1993年のスクラップヤー ド
K 2017年 長柄町に展示してあったメンターのスクラップ
A3523-2 千葉県柏市 海上自衛隊下総航空基地
       Shimofusa Naval Air Base, Kasiwa Ci高見保市, Chiba Prefecture
 

 
 海上自衛隊下総航空基地には、下総航空工作所の他に第3術科学校、教育航空隊などが同居していましたので、機種の推移などから当時の主力機の移り変わりなどが見えて来ます。第51航空隊や第111航空隊が他へ移動していった後に使用されていた機が残される点など興味深いです。
 第3術科学校で教材として永らく使用されてたSNJ-5がKM-2と入替わった時期なども伺えます。


 
下の写真で発動機訓練場の格納庫は、誰いうとなくラバウル航空隊と呼ばれ、発動機の試運転のみならず飛行前点検から発動機始動までの列線作業手順を習得する実習を行なっていました。シグナルマンと呼ばれる手信号でパイロットとコンタクトを取りながら列線作業を行なう進行役や、回転しているプロペラを横切らないようにプロペラ・ラインを避けて作業をする癖を植え付けることなど基本的なことなども教えていました

 用廃機や資材を置いていた場所はスクッラプヤード、整備場をショップと呼んでいました。堅苦しいお役所言葉ではなく、米海軍との間の日常的な会話で使われる用語のほうが通りがよかったのです。 (大石治生)


@ 1964年の第三術科学校東南側 機体置場    1964

 2004/07/17下総航空基地ちびっ子ヤング大会の時に第3術科学校の資料館で見た写真です。通称ラバウル航空隊の格納庫(下記)はまだ建設されてなくそれよりも下(東側)に飛行機の列線らしきものが見えます。 (Ogurenko)



上の写真を正射影(オルソ)化して1974年の国道交通省の空中写真と重ねてみました。大石治生 )

 以下、上の円内に見える列線の機体を近くから写したものと推定される写真   

撮影日不明 提供 海上自衛隊





       

A 1962、1963年の保存機    1962

× グラマンJRF-5グース 9013

グラマンJRF-5 9013の経歴

1955/11/25 c/nB-125 USN87731 海上自衛隊へ供与
  大村航空隊 提供WEST
1961/04/30 大村航空隊で用途廃止
  下総航空基地に保管 展示後 米国へ返還

撮影1963夏  geta−o


× グラマンTBM-3S 2346 

グラマンTBM-3S 2346の経歴

1956/11/27 c/n USN91185 海上自衛隊へ供与 八戸航空隊
1959/06/16 第3術科学校で用途廃止
  下総航空基地に保管後 米国へ返還

撮影1962/07/23  geta−o
     
 


× ロッキードPV-2D 4573

ロッキードPV-2D 4573の経歴

1955/01/16 c/n151514 USN37548 海上自衛隊へ供与 鹿屋航空隊
1961/03/31 鹿屋航空隊で用途廃止
  下総航空基地に保管後 消火訓練により焼失 D参照

撮影1962/07/23  geta−o

 

B 1965年の第三術科学校東南側 機体置場   撮影1965/08/02 PAPPY   1965

 クラスメート3人で自衛隊の地方連絡部を通じて見学を申し込んで夏休みの1965年8月2日に実現しました。将来の金の卵だったのか丁寧に案内して頂きました。当時は現役のP2V-7やS2F-1が狙いで、特にスクラップヤードにはあまり興味がありませんでしたが、今振り返ると貴重な機体を見せてもらい案内して頂いた係官に感謝です。

 館山航空基地の屋外展示機 geta−oさんのRKレターのアベンジャーの写真A3506を見て今回の写真を探しました。アベンジャーは4、5機有あったと思いますが、その中の1機のみRK-3(翼はRKI)で日の丸もなく色 あせたネービーブルーだったと思います。
 胴体の国籍マークも見とけばよかったのですが未確認です。米軍から供与されたが自衛隊では運用されなかったオリジナルの塗装のままの機体ではないかと思っています。 (2009/10/29記 PAPPY)



T-6の列線がラバウル航空隊の由縁でしょうか、零戦でこんな写真見たことありますね














           

追加 1971年のUF-XS    追加

撮影1971/05/16 geta-o


C 1974年の消火訓練施設とスクラップヤード   
1974

消火訓練施設

 円形のタンク(矢印上)に入れた油を燃やして消火訓練をする他に、航空機の形をした鉄製の箱(矢印下)に火を付けて消火活動をしながら搭乗員の救助訓練などをします。PV-2の下部が著しく損傷していることから、機体の側に置いた灯油缶などに油を入れて燃やし、消火・救助訓練に使用されていたためにこのような姿にな り、スクラップヤードへ運ばれたものと思われます。大石治生 )

スクラップヤード

 

 

 

 

 

 

 



 

 P2V-7とP-2Jはプロペラ位置から胴体前方の長さで識別 。右端のSNBは練習機塗装と胴体・水平尾翼の形状などより確定。TBMはコクピット風防のシルエットと胴体の特徴と航空史探検博物館掲載の写真より特定 。SNJ-5は主翼や尾翼形状にコクピット風防の形状と塗装から特定。?マークのSNB-4とPV-2は判別不能

撮影1974/06/02 geta-o

D 1977年のスクラップヤードの用廃機  1977

 

× UF-XS

撮影1977/05/29 高見保市 提供高田和彦


× 川崎バートルKV107U-3 8601

川崎バートルKV-107 8601の経歴

1963/09/16 c/n4007 海上自衛隊へ引渡 海自バートルの1号機 第51航空隊
1975/09/16 第111航空隊で用途廃止
  下総航空基地に保管後 廃棄

撮影1977/05/29 阿施光南


ロッキードPV-2 4573 (経歴はAに記載)

撮影1977/05/29 阿施光南                       撮影1977/05/29 幸田恒弘  


× グラマンTBM-3S 2347

グラマンTBM-3S 2347の経歴

1956/11/27 c/n USN85683 海上自衛隊へ供与 八戸航空隊
1959/06/16 八戸航空隊で用途廃止
  下総航空基地に保管後 米国へ返還

撮影1977/05/29 阿施光南


上記TBMの塗膜片 撮影1977/05/29(推定)  杉浦 博


× ノースアメリカンSNJ-6 6196 3MSS-07

19 c/n121 USN112068 海上自衛隊へ供与 鹿屋航空隊
  第201航空隊
  第3術科学校 3MSS-07
1964/07/31 第3術科学校で用途廃止
  下総航空基地に保管後 厚木基地の展示機へ

新 撮影 1977/05/29  高見保市 提供高田和彦

撮影1977/05/29 阿施光南

× ノースアメリカンSNJ-6 6170 3MSS-08

ノースアメリカンSNJ-6 6170の経歴

19 c/n121 USN112068 海上自衛隊へ供与 鹿屋航空隊
  第3術科学校 3MSS-08
1964/07/31 第3術科学校で用途廃止
  下総航空基地に保管(展示?)後 米国へ返還

撮影1977/05/29 阿施光南

◎ ノースアメリカンSNJ-6 6175 (詳細は下総航空基地展示機へ)

撮影1977/05/29 阿施光南


× ノースアメリカンSNJ-6 6174 3MSS-12 174
1944/11/29 USN90751 SNJ90751 
  海上自衛隊へ供与
1965/12/28 用途廃止
  第3術科学校教材機 3MSS-12

撮影1977/05/29 下総航空基地  高見保市 提供高田和彦


× ロッキードP2V-7 4605 4627、4649

4605の経歴

1956/03/22 ロッキードc/n7081 USN140979 海上自衛隊へ供与 鹿屋航空隊
  第3術科学校 3MSS-32
1970/06/15 第3術科学校で用途廃止
  下総航空基地に保管後 米国へ返還

4627の経歴

1960/11/26 川崎c/n2010 USN149098 海上自衛隊へ引渡 第1航空隊
1976/02/27 第3航空隊で用途廃止
  下総航空基地に保管後 解体

4649の経歴

1962/09/18 川崎c/n2033 USN149121 海上自衛隊へ供与 第4航空隊
1964/07/31 第51航空隊第で用途廃止
  下総航空基地に保管後 解体

撮影1977/05/29 阿施光南





× ビーチクラフトSNB-5(JRF-4) 6420 3MSS-22

ノースアメリカンSNJ-5 6170の経歴

19 c/n8695 USN JRB-5 44683 海上自衛隊へ供与  鹿屋航空隊→岩国教育航空隊
  第3術科学校 3MSS-22
1964/07/31 第3術科学校で用途廃止
  下総航空基地に保管後 米国へ返還

撮影1977/05/29 阿施光南




 

× ビーチクラフトSNB-5(JRF-4) 6424 (詳細は下総航空基地展示機へ)

撮影1977/05/29 阿施光南


E 1979年の第三術科学校発動機訓練場(通称ラバウル航空隊)付近とスクッラップヤード  1979

 HSS-2は、胴体の形状とコクピット及びメインローター基部のミッション位置が黒っぽく写されている特徴と大きさなどから確定、用廃時はメインローターなど取り外される、車輪や尾部なども外された状態で機体が傾いた姿で置かれています。


F 1983年のスクラップヤードP2V-7改VSA 4655   1983

ロッキードP2V-7 VSA 4655の経歴

1963/02/11 c/n2309 USN141127 海上自衛隊へ引渡  第3航空隊
1978/08/15 VSAに改造 名称変更P2V-7改VSA 第51航空隊 
1983/02/09 第51航空隊で用途廃止
  下総航空基地に保管後 解体

P2V-7改VSA 4655 撮影1983/07  大石治生

 1984年4月に下総を訪れた際には周囲に用途廃棄され放置されていたP2V-7やビーチクラフトなどが原型を留めずバラバラの金属の山状態で散乱しておりました。
 残骸の山から機種を特定できなかったのですが、おそらくこの地で終焉を迎えたものと思われます 。

 

      

 


G 1984年のスクラップヤード  
1984




× ビーチクラフトJRB-4(SNB) 6420 3MSS-22
 (経歴はDへ)

撮影1984/10 ELINT人


ノースアメリカンSNJ-6 3MSS-08 6170 (経歴はDへ)

撮影1984/10 ELINT人  





ノースアメリカンSNJ-6 3MSS-07 6196 (経歴はDへ) 

撮影1984/10 ELINT人



 


H 1989年の下総航空基地スクラップヤード   1989

 

I 1991年下総航空基地スクラップヤード   1991

富士KM-2 6242  大洗町レストランひたち野に展示 後阿見町某氏宅に保管
撮影1991/05/26 geta−o 

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J 1993年の下総航空基地スクラップヤード  1993

撮影1993/05/24 古石



富士KM-2 6243 茨城県百里基地付近のスクラップ置き場から へ移り、現在オールドカーセンターにあり




SNJ スケルトン教材 ナンバー不明


以上の海上自衛隊機最終用廃年度

ロッキードPV-2ハプーン 1960
グラマンTBM-3アベンジャー 1960
ノースアメリカンSNJテキサン 1965
ビーチクラフトSNB 1966
ロッキードP2V-7ネプチューン 1981
シコルスキーHSS-2A 1990
バートルKV-107 1988
川崎P-2J 1993
富士KM-2 1998
長柄町 長柄自然村休養センターに展示してあったメンター    2017
1955/02/24 c/nKD-23 T-34A 航空自衛隊へ引渡 51-0333
1964/09/08 海上自衛隊へ移管 メンター 9002
1980/07/25 用廃
  千葉県 長柄自然保養センターへ展示
2017/10/08 下総航空基地スクラップヤードで確認

下総航空基地 撮影2017/10/07 フォックスロットデルタ

 

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