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松戸市 中村氏宅の収集品 開始05/06/15
追加17/12/27


 

A3515-03 千葉県松戸市 中村氏宅
          The Old Japanese Military Plane Collection of Mr.Nakamura, Matsudo City, Chiba Prefecture
                       
◎ 零戦、報国515(廣嶋縣産報呉支部號)資料館

中村氏より   経緯の表
オーストラリアからコンテナ輸送の状態
横浜税関に対する日本製であることの証明の苦労の一端
2017/12/08 中村氏宅に到着
中村氏が調べている各部の写真の一部

中村氏より  (黄色文字部分挿入)

 零戦、報国515(廣嶋縣産報呉支部號)の入手の経緯は今年10月7日にFacebookの非公開グループにて報国515の販売の記事が出たことです。
 
その時は、「こんなオリジナル状態の機体がしっかりとした博物館に納まって欲しいな〜、しかし復元の為にばらされてしまうのだろうな〜」と、全く入手など考えもせずに見ていました。実は105日に私のダイレクトメッセージにも、この話が来ているのを見ていましたが、よくある怪しい話として聞き流していました。

 そして、グループ投稿とメッセージで確認できた後に、私より以前に斡旋された日本人の友人から連絡があり購入を勧められ、現実的な話だと確信できたのですが、もちろん非常に悩みました。「あれほどのオリジナル度が高い機体が、金額的にも高級車程度で私の所に!」「今入手せねば更に部品としてばらされてしまう可能性も!」「私の活動方針での保存・修復を行う為にも最良の機体だ」「修復後は各博物館で企画展示で貸し出したい」   そもそも離婚されるかも?  等々散々悩み抜きました。

 その挙句に決断し、入手の為にローンの算段を進め何社か当たりながら、私の活動を行う上でのチームメンバーでもある複数の友人にこの話をしていたところ、将来的に資料館設立の思いを持った会社を経営する友人が購入して下さることとなったのです。そして 、私が技術顧問として委託を受けて保管・修復と一時公開を一任されることになり、その会社が運営する資料館の設立を目指すこととなった訳です。 しかしその資料館でも技術顧問として協力する事が決まっていますが、現状仕事を辞める訳にもいかず、私の定年後以降の設立を目指すためにいったん我が家に搬入し、零戦、報国515(廣嶋縣産報呉支部號)資料館として開設することとしました。

 今回の入手に当たっては全く初めての輸入手続きとなり困難を極めました、オーストラリアの輸出側との契約段階から苦労の連続でしたが、特に日本での税関の手続き上、全ての部品においての日本製の証明ができない事で問題となり、税関士から示された「誰にでも判別できる日本製根拠資料」の完備までに横浜港に到着後も20日間も留め置かれる事となり(下表と写真参照)、この過程では心身ともに疲労困憊した程です。

 
この間も私を支えてくれるチームが多大な貢献をして下さりました、良き友人仲間を持てた故の実現でしたので、非常に感慨深いです。

経 緯 (朝日新聞記事等から佐伯が編集)

零式艦上戦闘機 
1942/03/31 c/n 三菱2666号 
  空母翔鶴搭載 尾翼記号E-108(戦闘機隊8番機)
1942/08/24 ガダルカナル島の密林に墜落
2008/07 現地で機体発見
2016/09/08 朝日新聞記者が現地踏査
2017/07 オーストラリアに移動  販売開始
2017/10/30 オーストラリア出航
2017/11/19 横浜港着
  通関手続きに難渋
2017/12/08 松戸市 中村氏宅に搬入

オーストラリアからコンテナ輸送の状態    コンテナ
  


横浜税関に対する日本製であることの証明の苦労の一端  税関


銘板に日本建鉄工業株式会社と打ってあるじゃろうが! (以下、黄文字は佐伯筆)


株式会社渡辺鉄工所と皇紀の年月日を見ろ!


住友の刻印じゃ!


三菱重工業名古屋航空 零式艦上戦が見えてもまた疑い召さるか? 愚か役人め!


以下facebookから許可を得て転載    到着

2017/12/08 中村氏宅に到着




急遽改造の資料館に格納


 人物は、かかみがはら航空宇宙博物館に新展示される「十二試艦戦」説明用動画素材撮影の制作担当者です


以下 中村さんが調べている各部の写真の一部    各部



























増槽


 

 

 

◎ 中村氏宅の収集品

ここには収集品のほんの一部を掲出したに過ぎません。

多くはA6M232さんの零式艦上戦闘機計器板及び航空歴史館技術ノートをご覧ください

◎ ボーイング737型機の主翼翼端

 ボーイング737の翼端を入手しました。
 旅客機フアンには申し訳ないですが、もう少し内側ライン(前縁スラットライン部)で切断して、小屋の窓の上に付けて雨除けにしようと考えて購入しました。塗装は白系でしたが、到着後一部パネルを残し銀に塗っています。すでに私の小屋は多種の部品が付いてしまってある意味デザイン的に悪趣味となっています。





◎  オートジャイロ 萱場カ号T型観測機のものと推定されるタイヤ

 カ号のタイヤとサイズが同じで、ブレーキドラムの放熱性を高くしているタイプです。リヤカー等で利用されていて残った様ですが、程度が良いので殆ど使っていなかったようです。

関連記事参照 キ−104車輪

カ号参照
 http://www.youtube.com/watch?v=pAa0dagcXkQ&feature=relmfu&hd=1







 

 

◎ 真珠湾で回収されたブースト針二型

ブースト計の経歴

  刻印 株式会社田中計器製作所 昭和14年 月
  真珠湾で米兵が回収 自宅に保管
2011/ 子息がオークションに出品
2011/ seraさんが購入
2011/ A6M232さんに譲渡

求む 情報!

 断片的でもいいですから、搭載機などの手掛かりになる情報をお知らせください。

 詳細は http://blogs.yahoo.co.jp/serasan0620/folder/1049048.html


 

2010年国立科学博物館で開催の空の100年展出展物

@-1 零戦金型、プロペラブレード、プロペラハブ

中央:零戦二一型系統のプロペラ、栄一二型用 (零戦に実際に装着されていた証拠はないが、可能性はある)
左:零戦二一型用プロペラハブ (ヤップ回収零戦一二型エンジン装着、エンジンNo124520)

@-2 零戦と雷電の計器板

奥:零戦計器板 (中島製通常タイプ、計器板複製、計器実物・複製混用)
中:零戦計器板 (三菱製後期型13粍機銃装着用、計器板複製、計器実物・複製混用)
前:雷電一一型上部計器板 (
Sn2024 大江工場第五作業場より、戦後戦略爆撃調査団の一員が回収)

@-3 ホイルとタイヤ

左:零戦中期ホイル  右:参考 他の人の出展 零戦中期タイヤ

左:疾風主輪 (ホイルカバーステンシルは戦後民生品転用時に書込み)
中:紫電主輪 (冷却フィン付き)
右:飛燕主輪タイヤ
 

京都嵐山美術館払下の飛燕部品復元 撮影2005/05/17

 飛燕の主脚と桁を手に入れました。嵐山の物です。
 主脚は分解腐食処置を頑張っています。
 桁は、腐食進行を多大に進める粉状になった桁を取り除くために、桁の上層外板を分解し粉状の桁を取り除き油でコーティングしました。



2005/06/17記
 飛燕の脚で余談ですが・・・
 腐食防止処置の為、各ボルトを使用可能状態で苦労して抜いていていた時の話しです。
 フォークを止めているナットを緩めた時液体と共に空気が噴出しました・・・・
当時の圧搾空気が残っているとは全く思いませんでしたので、沈んでいる時に浸透した海水だと思いました。
 しかし余りにも噴出時間と圧力が多いので疑問に思い液体をタガネの先端に付け錆びるかどうか確認しました。
 数時間放置しても錆びません、海水ならば必ず錆びます・・・・。液体は水と思われるぐらい粘性が在りませんので脚に入れるオイルが劣化したのかもしれません。
 状況を判断すると当時の圧搾空気とオイルが残っていたと考えるしか在りません。驚きです・・・・

 当時も現在も空気は少しずつ漏れると聞きます、しかし海中に没して漏れる部分が腐食等で密閉されたのでしょうか?


 変な話しですが空気が噴出している時間は飛燕の主脚が「まだ俺は死んでいないぞ!」と叫んでいる様な気がしました・・・