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航空歴史館 東雲(東京航空)飛行場

A3608-6 東京都江東区有明二丁目(旧深川東雲町)
       Tokyo Metropolitan
                        
思い出 東京航空(東雲)飛行場の小型機

東京航空(東雲)飛行場の経歴

1952/12/06 東京航空株式会社 使用事業免許第7号(宣伝、空撮等のほか飛行場経営)
1953/04/28 東京航空株式会社飛行場開き  (滑走路450×20m 転圧 酣燈社世界航空機年鑑による)
1957/07/19 東京航空株式会社 不定期航空免許第16号(遊覧飛行開始)
1965頃 場外離着陸場に変更
1980 高速道路建設のため茨城県稲敷郡阿見町 阿見飛行場へ移転


撮影1958/10/01 江澤敏一

 東雲飛行場は、東京都江東区東雲にあった飛行場とは言えない程の小さい施設でした。写真から想像出来ると思います。撮影は1958(昭和33)年10月1日です。

 陸自のL-19Aの方ばかり目が行ってしまい、セスナ機をまともに撮っていなかったのが悔やまれますが、今と違いフィルムが自由に使えない時代でした。まさか52年後にこのような形で他の方にお見せするようなことになろうとは夢にも思いませんでした。


 右側は、東京電力の火力発電所、左側は東京ガスのタンクです。この土地が今問題になっている築地市場の移転先候補地です。

 セスナ107新島、初島による東京遊覧飛行は約10分で1機3000円 3人1組だったそうです。





 

個々の機体

セスナL-19A 11101 陸上自衛隊

11101の経歴

1955/03/31 c/n21714 US51-4829 陸上自衛隊に供与
1976/03/31 用途廃止

撮影1958/10/01 ET(拡大) 

セスナ170A JA3033 東京航空  新島

JA3033の経歴

  c/n19197
1953/01/17 JA登録 東京航空 愛称新島 定置場東京航空東雲飛行場 
1977/04 抹消登録

撮影1960/12/21 geta-o


参考 航空情報1962年4月号表紙

 

セスナ170B JA3034 東京航空  初島

JA3034の経歴

  c/n20768 N2616D
1953/01/17 JA登録 東京航空 愛称初島 定置場東京航空東雲飛行場 
1977/04 抹消登録

撮影1958/10/01 ET(拡大) 自転車など注目  10月1日は都民の日で学校が休みでした

撮影1960/12/21 geta-o

パイパーPA-22-108  コルト     pa22

パイパーPA-22-108 N5262Z→JA3188の経歴

1961/08/28 c/n22-8949 N5262Z 
1963/05/24 JA3188登録 東京航空 定置場調布飛行場 
1967/01/09 本田航空 定置場ホンダエアポート
1970/04/15 抹消登録
  日本航空学園教材

撮影日 不明 北田尚夫



参考 航空情報1962年4月号表紙

LM-1

右に見えるLM-1のG記号の機体 LM-1参照


日替わりメモ2011/09/20から

〇  東京航空東雲飛行場について

 とにかく、あの頃の歴史は分からないことが多いです。

A 航空情報1953年6月号国内ニュース
 「東京航空KKは4月28日東京航空飛行場(埋立地に滑走路を設定)開きを行い事業航空を開始した」
B 日本航空協会1983年日本航空史年表
 「1953/04/28 東京エア・パーク(江東区月島埋立地、滑走路550m)完成」
C  日本航空協会航空年鑑1956年版(同協会による戦後初の航空年鑑)
 「東京エア・パーク」等の記載なし、以後の年版にも一切記載がない
D 航空情報1960〜1965年版世界航空機年鑑
 「東航飛行場 江東区深川東雲町 450×20 転圧 管理者東京航空KK」
E 航空情報1966年版世界航空機年鑑
 「東航離着陸場 江東区深川東雲町 450×20 転圧 管理者東京航空KK」以後の年鑑には記載がない
F 鳳文書林 1962年版日本航空機全集
東航 管理者東京航空 江東区深川東雲 430×30転圧 誘導路エプロン有 450,000坪 非公共用」 

 さて、1958年の写真には陸自のL-19が写り、上の写真には陸自の小型機と思えるものが写っています。また、パイパーPA-22(Nナンバー)には、専用のコンクリートの足場が設けられているみたいです。陸上自衛隊が少なからず利用していたとすれば、航空管制下で離着陸が行われていたに違いありませんが、日本航空協会の年鑑に記載無しというのは、脱落なのか無視なのか??

 それでは困るので、参照しうるバラバラ文献 の中から、一応酣燈社を信用することにしておきます。
 『東雲飛行場は、1953年から1965年まで12年間は航空法によるものかどうかは別として、とにかく飛行場であり、1965年から東京航空が阿見に移転する1980年までは場外離着陸場扱い になっていた。』と。