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:現地に展示または保存中のもの ×:過去のもの :現状不明

A3632-4 東京都 Tokyo Metropolitan  立川市 新立川航空機株式会社
                        
 新立川航空機株式会社の立飛R-53 R-HM  
 ◎ 復元が始まる 実にうれしいことです  佐伯邦昭

日刊工業新聞2013年2月21日付け

「立川の産業遺産」 修復急ピッチ

 立飛ホールディングス(立川市 村山正道社長、042-536-1111)は20日、傘下の新立川航空機(同)が1953-54年に製造した軽飛行機2機を報道関係者に公開した。「R-HM」葉フランス人技術者の下、同社が製作。操縦方法が難しく、量産されなかった。

木製の主翼は外され、生産部の6人が外観の修復作業を担当、主翼の一部や本体に貼る羽布も原型に近いものを使い、修復する。3月中に完成を目指しており、4月以降は半年かけて「R-53」の修復に移る。

 新立川航空機はIHI向けエンジン部品の製造・納品を最後に、3月31日に製造事業を終える。伊藤恭梧立飛ホールディングス常務は「外観修復後は地域貢献の一環で"立川の産業遺産"として2機を公開する」考え。 (立川)

◎ 立飛R-53練習機 JA3070 撮影2002/11/28  佐伯邦昭
1953/04/01 c/n2
1953/08/05 JA3070登録 新立川航空機 定置場立川市
1980/10/21 抹消登録 立川市 タヒチ企業が保管中
2013  復元作業

 新立川が、戦後初の国産機として製作した立飛R-52(JA3017)を改良し、シーラスメジャーVエンジンを搭載した二人乗りの練習機です。保管場所は、同社正門を入ったすぐの乗用車車庫の奥です。パラソル型の主翼は外翼をはずしています。翼と胴体の羽布はなく骨組みだけになっているようです。

撮影2002/11/28  佐伯邦昭




航空情報1953年8月号

◎ 立飛R-HM JA3094 

新立川航空機 R-HM310 JA3094の経歴

1953/12/04 ロールアウト c/n3
1954/09/15 JA3094登録 
1965/03/10 抹消登録 
  交通博物館へ展示
1973 立川市 タヒチ企業が保管中
2013  復元作業

 立飛R-HMは、空のシラミ プーをつくった(1934年)フランス人のアンリミニエが1954年に来日して、新立川航空機で製作しました。新立川は空のジープとしてアフリカなどへ売り込むという目論見もあったようですが、串型一葉半の翼でタブと方向舵だけという独特の操縦方法がわざわいして1機だけに終わりました。日本人では黒江保彦氏しか操縦できる人がいなかったという話も伝わっています。

保管倉庫のシャッター右半分を開けてもらって撮影2002/11/28  佐伯邦昭

機体右後方から2枚の翼を見る
左側胴体のエンブレムと文字

 羽布は見た目ではきれいな塗装を残していますが、指で押しただけでも裂けてしまう状態です。

                            

4枚の外翼は、とりはずされて木枠にきちんと保管してあります。シートは撮影のために一時はずしたものです。

 手前の翼の下の方が裂けていますが、部分的な修理はもう不可能であり、どこかへ動かすとしたら全面的に貼り替える必要があるでしょう。

 外翼を取り付けると、全幅は大きい方の主翼でちょうど8mです。上方に折り畳むと4mになり、農家などの小さな倉庫にも格納できるように考えられています。

 

 


参考 : 左は1963/3に二子玉川園で開催された航空博で撮影GETA-O  右は1989の岡山空港開港1周年記念イベントで撮影HAWK