HOME・SITEMAP 日替わりメモ 東京都  ヒコーキ雲 零式艦上戦闘機総目次 国立科学博物館その他の展示
 

台東区上野

国立科学博物館
零式艦上戦闘機21型  日本での修復、展示変遷、各部詳細 
A3606-1 その他の展示品等
A3606-3 フライトシミュレーター 

 

A3606-2 東京都 Tokyo Metropolitan  台東区 国立科学博物館
             

 海軍零 式艦上戦闘機21型(53-122)ベースの複座改造偵察機

海軍零式艦上戦闘機21型複座改造偵察機の経歴

ラバウル海軍第253航空隊 53-122 吉沢徳重(徳三説あり)上飛曹乗機 
1944  陸上で被弾した零戦数機をラバウルで修理、本機は複座偵察機に改造
1945/01/09  墜落
1972/08  ニューブリテン島ランバート岬沖250mの海底で発見 引揚げ
   オーストラリアで修復 1500万円で売り出し
1974  日本大学石松新太郎教授が購入し、国立科学博物館へ寄付
1998    建物改築のため筑波へ保管
2004/11  新館で公開 現在に至る
@ 1974年ごろ輸入して調布で修復

撮影1974年ごろ調布   立川航空宇宙博物館 香田隆正

 日本へ運ばれてきて調布空港で修復した時の写真を写していました。零戦は翼と胴体が一体構造なので何らかの理由で切断したと思いますが、よく見ると.前後の桁をカッターで切り離しています。エンジンと後部胴体をはずせば4トントラックで運んだ経緯がありますので、切る必要はないのです。既にオーストラリアで切断されていたのかもしれません。

A 1975年 

撮影1975年  寿( kotobuki)

 捜したら1975年上野国立科学博物館のフィルムが出てきました。当時は24枚撮りのものではなく20枚撮りと36枚撮りが主でした。早速フイルムースキャナーでスキャンかけてみましたが、意外と30年近く前の画像が綺麗に蘇りました。大げさかも知れませんが佐伯さんの博物館入りを待っていたかのようです。

 当時、私は神奈川県川崎市に住んでおりまして、この画像は、公開されて何日も経っていない時のものです。首都高を単車飛ばし見に行き上野公園で零戦のみ目的で他の展示物は目に入らないほど熱くなっておりました。

 買ったばかりのキャノンFTbで撮ったものです。レンズも標準の50mmで広角などあればもっと良い写真撮れていたかも知れませんが、どうせ映画の張り子の虎みたいな零戦だろうと安易な気持ちで行きましたが、目に入ってきたものは本物でした。当時の展示の状況が解ると思います。

 

 この当時は中庭の天幕の中に、捨てコン(基礎の下の基礎になるコンクリート)の上に展示してあるのがお解りになると思います。 また、廊下の部品展示で興味持ったのはバッテリー( 下左写真)とオレオ(下右写真)の製造プレートでした。
 
 バッテリー : 三菱蓄電池三十二型六連改一型 荷電電流容量 標準5アンペア 最大10アンペア 電圧12ボルト 重量24.5キロ 製造昭和17年3月 
 さすが戦時中ですね。敵性用語のアルファベットは使わないところが合理的ではありません。また、現代のものと形がほとんど変わっていませんね。

 主車輪の左側のオレオのシリンダーの製造会社は自動車のショックアブソーバなど今でも有名な萱場製作所です。製造は昭和18年2月と読み取れますがやはり戦地で寄せ集めの部品で作り上げた零戦です。展示当時の用途には偵察用と記しておりました。

 

B 1977年

撮影1977/02/16  阿施光南

C 1979年調布で修復 撮影1979/08 調布空港JAMCO内で  阿施光南
 1977/02/16の上野科学博物館では、展示場所はあいかわらずの屋外テント張りですが、来日当初と比べると塗装が変更されています。いつ変えたのかはわかりません。
 下の後部胴体は、1979/08に調布のJAMCOハンガー内にあるのを遠望したものです。

 上野の零戦の修復に関しては、『我が家の趣味の世界』HPに、雑誌『ヒコーキ野郎』1975年9月号からの抜粋が載っています。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~cocoro/sub69.htm
 組み立てと修復を請け負ったのは、調布飛行場で飛行機の修理・改造などを行っていたエアロテック社で、このときは基本的に組み立てだけで、あまり手を加えていないので、費用は30万円ほどだったとか。

 1979年に調布のハンガー内にあったのは、屋外から屋内に展示が移されるに当たって再度の修復と、天井から吊るせるようにする改修のためではないかと思います。 (04/08/01絵塗師さんから)

D 1980年

撮影1980/05/11   インプラント

D 1985年

撮影1985/05/22   横川裕一

 1985/05/22撮影のものです。
 この頃はもう働いていましたが、姉と一緒に訪ねた高校生時分(1978?)は、吊るされてはおらず、白い屋根の下に居た記憶があります。塗装も、1977年の阿施さんの写真のとおりでした。

E 1989年頃

撮影1989年ごろ  井上 剛

 撮影1989/09 O.C.C






 

F 1997年頃

撮影1997年ごろ  にがうり

 

G 零戦 新館へ再展示(2004/11から一般公開)

撮影2004/11/03  A6M232




 
主輪収納部の赤色ワイヤー部分にあるべき注意プレート(A6M232さん製作を写真ではめ込み)

 

日替わりメモ188番 2007/07/31から転記

質問A 上野の複座零戦のエンジンカウリングが外してありますが、エンジンを見れるのはいいとしても、外したカウリングも展示しておくべきではありませんか? 中には、輸送中にカウリングを痛めてしまったから隠しているのだろうという人もいます。

答え
 新館で零戦を展示するにあたって、できれば機体構造を見せたいと考え、羽根の一部の張り替えなどを行おうとしたのですが、予算的に難しく、せめてエンジンを見せようということになりました。カウルは外して置いておこうとしたのですが、何せ強度が無く、格好も悪く、展示スペースや展示具を作る場所や予算の関係で、外して保管か、つけるかの選択となりました。どうしてもエンジンを見て頂きたかったので、外して保管を選びました。状況は屋内で展示・保存してきましたので良好かと思います。傷つけたということはありません。写真だけとも思っているのですが、創立一三〇年の本館展示も終わり、新館の一部改良も行われる予定ですので、この機会に展示を検討したいと考えています。