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岐阜基地展示場にあったF-86D04-8182に04-8209を記入した疑問

 

 航空自衛隊岐阜基地に常設展示されているノースアメリカンF-86Dについて、一部の資料は04-8182の機体に04-8209と書き入れたものであるとしてあり、なぜそのようなことをしているのか、また、番号と部隊マークの間にどういう関係があるのか疑問があります。
 そこで、航空史探検博物館各ページにある写真を時系列で並べてみて、両機体の変遷をたどってみることにしました。     解説:06/02/04 佐伯邦昭

@ 1972年 愛媛県唐小浜  かつお

 04-8209は、1968/09/13に用途廃止され、この写真はその約4年後の姿です。「鵜」のマークがいつ描きいれられたのかはわかりません。「鵜」は岐阜基地第2補給処のマークで、同処から貸し出す際に記入したものです。

A 1979年9〜10月 愛知県犬山市  TADY BEAR 

 @と同番号なのに、マークが「鵜」から第3航空団の「鯱」に変わっています。第3航空団(小牧基地)のある愛知県内の行事ということを意識して塗り替えたのでしょうか?

B 1986年2月 大阪府狭山市  カニキング

 空のむかしばなし2(1973/11大脇克司さん発行)に、浜家弘樹さんが、機首番号#1822■■をグレーで消した上に書かれていると、塗り替えを指摘していますが、この写真によって立証されました。


209を消して182を書いた痕跡と、実空の「鵜」マーク

 なぜ機番を変えたのか理由がわかりませんし、逆にAの写真から7年たっていますが、尾翼の「鯱」を再び「鵜」に塗り替えたというのも、どうも考えにくいことです。

C 1987年8月 岐阜基地  TR

 Aから8年後、Bから1年後の岐阜基地展示場です。
 Aと比較するとキャノピー下のレスキューマークが消えているのと、日の丸が8年間の荒れ方を示しているようですが、数字と鯱マークだけ描き直して、日の丸はそのままというのも不自然です。
 Bとは似ても似つかない印象であり、04-8182を再び04-8209に戻したようには見えません。

D 1996年3月23日 岐阜基地 消火訓練で焼却  山本晋介

 岐阜基地見学会において、撮影後しばらくして丸焼けになりました。その時に、見学者の間に機首番号の182は違う機体らしいと囁かれていたという ことです。
 胴体が分割されていて、後ろの半分は別のF-86Dのように思われます。
 前部胴体はBの狭山で182に書き換えられた機体とすると、なんとなく辻褄があってきます。

E 2002年12月 岐阜基地  ogurenko

 Cと同じ位置に置かれていますが、再塗装されてノーズナンバーの書体が細くなり、ステンシルの多くが消えているようです。Cと同じ機体なのかどうかは断定できません。

F 2003年11月 岐阜基地  佐伯邦昭

G 2004年10月 岐阜基地  にがうり

きわめて不思議な04-8182

 上に並べた写真のどれにも合致しない不思議な04-8182です。残念ながら、撮影者が場所が広島県のどこかというだけで、写した時期などを覚えていないので考証のしようがないのです。

 

一応の推論

 これは、86のF型でも行われたいわゆる合体メカではないでしょうか。つまり、痛んだ胴体や翼を別の在庫品に取り替えるという航空自衛隊お得意の手法です。

 途中の変遷、特に狭山での書替えの理由がいまひとつ解りかねますが、現在時点で岐阜基地展示のF-86Dは前部胴体が04-8182、後部胴体が04-8209で、二つを合わせて04-8209と書き入れたと推論しておきます。

 皆さんのお手持ちの資料やお考えをお寄せくださるようお願いします。


2009/09/19 シリアルナンバー最終確認

 撤去処分のため屋外物品置場にある機体について、岐阜基地広報担当官が銘板を調査した結果、
USAF 52-3975と判明しました。よって、すくなくとも本機の胴体は航空自衛隊において04-8182として使用されたものであることが確認されました。(かかみがはら航空宇宙 博物館ボランティア小山澄人 撮影許可済み)