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静岡市 葵区 静岡ヘリポート
静岡地方連絡部
永野自動車
菅野医院分院
賤機山(山頂)公園

:現地に展示中のもの ×:過去のもの :現状不明

A4522 静岡県 Shizuoka Prefecture 静岡市葵区富沢 永野自動車
                 
◎ 永野自動車のビーチクラフトT-34A 71-0428

71-0428の経歴

1957/05/20 c/n FM-68 
1957/06/19 航空自衛隊へ引き渡し
1979/04/18 用途廃止
  静岡市永野自動車へ展示

2010年の状況 

 多少の汚れはあるものの、良好な状態に見受けました。2004年時点との相違は ・前脚が完全にダウンロック状態になっている ・主脚扉が閉まり、主脚の根元の開口部がネットで覆われている(鳥の巣対策?)です。
 お店の話では、立ち寄って写真を撮っていく人や、喜ぶ自衛隊OBの方も少なくないそうです。
プロペラだけは入手できなかったので、地元の方に作ってもらったという話も微笑ましく、元がバラバラだったことを考えれば、とても幸せな余生を過している展示機だと思います。(2010/10/23記 まさひさ)

撮影2010/10/17 まさひさ
 

 

2004年の状況

 永野自動車に25年間くらい展示されているそうですが、保存状態はいいです。静岡のポンコツ屋から仕入れてきた時は重要部切断済み、外版は穴だらけだったものを、お手のものの板金で形を整えました。プロペラとスピナーは手作りです。 5年に一度位塗りなおされており、静浜基地に見学に行って塗装のリサーチをしたほどの気合の入れようだそうです。はじめ地上に置いていたそうですが、場所をとるので上にあげました。そのとき飛行機の軽さを知ったオーナーは台風の時は不安とか。確かにそうですね・・・飛行機は"飛ぶ"為のものですけど今は飛んでは困ります。前脚を半収納状態にしてあるのは時計を見やすくするためでしょうか。(2004/09/19記 らぶこすた〜)

撮影2004/09 :らぶこすた〜
 

銘板 撮影2006/10/14  Aoki

 

◎ 静岡ヘリポートの川崎ベル47G3B-KH-4 JA7523 

川崎ベル47G3B-KH-4 JA7523の経歴

1969/03/13 c/n2150 中日本航空 定置場名古屋
1993/04/12 用途廃止 抹消登録
  静岡ヘリポートへ展示

撮影2001/12/29 シシオ

             

 

A4501-04 静岡県 Shizuoka Prefecture 静岡市葵区瀬名 菅野医院分院
                 
◎ 菅野医院分院屋上のノースアメリカンF-86F-40 62-7516 

62-7516の経歴

1956/12/21 c/n227-76 US55-3891 航空自衛隊へ引渡
1981/10/09 総隊飛行隊で用途廃止
  管野医院分院へ展示

撮影2002/12/29 :シシオ


              

 

A4509 静岡県 Shizuoka Prefecture 静岡市葵区諏訪 静岡ヘリポート
                 
日本の風景  飛行場空撮 静岡ヘリポート 撮影2008/08/20  阿施光南


 

A4518 静岡県 Shizuoka Prefecture 静岡市葵区柚木 自衛隊静岡地方連絡部
                
◎ 自衛隊静岡地方連絡部の展示品 撮影2004/02  らぶこすたー 

 看板に偽りあリ
 T-34が置かれるようなスペースはありません。プロペラだけでT-34を想定しろということですか? プロペラが本物なら、ビーチクラフト278−100-1金属定速2枚羽ということになります。

 コンチネンタル O-280-13 というエンジンも? T−34やL-19はO-480-13を搭載していました。最大速度も公称より20km/hほど低いようですが・・・

 

A4536 静岡県 Shizuoka Prefecture 静岡市葵区宮ヶ埼町 賤機山(はたしずやま)
                 
◎ 賤機山(山頂)公園のB29墜落搭乗者慰霊碑

 1945/06/20未明 マリアナを発した120機余りのB-29が静岡市街地の約65%を焼き尽くしました。その際2機が接触して安部川の両岸に墜落し搭乗員23人が亡くなりました。現場近くの故伊藤福松僧侶が十字架を建ててこれを弔い、更に1970年に賤機山山頂の広場に慰霊碑を建立しました。市内を一望できる景勝の地です。

● 文章は航空と文化第97号から要約 写真は(財)日本航空協会提供 図書室40参照