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大阪府池田市 豊中市 飛行場空撮 大阪国際空港
大阪国際空港 旧ターミナルビル
 思い出 1957年頃の新明和興業伊丹工場
 思い出  日東航空のグラマン G-73 マラード
 思い出 カナディア の消防飛行艇 AH-215とAH-415
陸上自衛隊 豊中分屯地

:現地に展示中のもの ×:過去のもの :現状不明◎ 

A5500-1 大阪府池田市 大阪国際空港
      Old Apron of Osaka International Airport, Ikeda City, Osaka Prefecture 
     
飛行場空撮  大阪国際空港 伊丹空港 滑走路1828×45m、3000×60m 
 1960年代前半のエプロン

   撮影 坂口雅人
   

             位置の推定 1974年国土交通省ウエブマッピングシステム上に記入
           
        

撮影2004/01/03  NAYER

日替わりメモ2008/05/17

 県境がど真ん中を横切っている飛行場、それは大阪国際空港です。空港案内の表示がJALは大阪伊丹、ANAは大阪(伊丹)で大阪府(ニュアンスとしては大阪市の意味が濃い)と兵庫県伊丹市の固有名詞が使われています。大阪関空との識別という意味もありますが、大阪あるいは伊丹のどっちを落とすこともできないジレンマがあります。

 当ホームページでは、大阪国際空港ターミナルビルの所在表示が豊中市蛍池西4丁目となっているので、分類上、大阪府豊中市にいれていますが、兵庫県伊丹市と大阪府池田市は面白くはないでしょうよ。

 伊丹市は滑走路の約三分の二を市域で占めており、伊丹を誇示するためとまでは言いませんが、エアフロントオアシス下河原(掲載済み)と、この夏にすべての工事が完成する予定の伊丹スカイパークで滑走路を包むようにしています。

 池田市は国際線ターミナルから北側が市域で、町名も空港1丁目、2丁目としています。そのものズバリです。

 豊中市は国内線ターミナルから南の貨物地区や滑走路部分が市域です。町名や市施設に特に飛行場を意識したものは見当たりません。ターミナルビルの登記が豊中市になっている余裕でしょうか。

 
 この飛行場は、本来、大阪市木津川河口の飛行場が手狭になったため大阪第二飛行場として建設されたものです。ですから、大阪府民としては大阪飛行場です。しかし、土地が伊丹であるために伊丹飛行場と名づけられ、占領軍もITAMI AIRBASEとしました。伊丹市民にしてみればわれらの飛行場です。大阪府民にとっても、中身は大阪市、豊中市、池田市、更には騒音区域にまたがる周辺市町の利害が時には一致し、ときには紛糾します。

 全く、やっかいな飛行場です。空港長は両府県知事と市長らに平等に接しなければなりませんから、その気苦労は大変でしょう。どこが県境やら市境やら分からぬ密集市街地の中に横たわる大阪国際空港(伊丹空港)を空から見ながら、ため息が出てしまいました。

 

2004/09/25 空の日行事のパンフレット  吉田家

 

 

A5500-2 大阪府豊中市 大阪国際空港  旧ターミナルビル (関西国際空港ビル)
            Old Terminal Building of Osaka International Airport, Osaka Prefecture 
     
× かっての大阪国際空港ターミナルビル屋上の展示機 

   建物は関西国際空港ビルディング株式会社が建設し、正式には関西国際空港ビルディングと呼ばれる
      

セスナ195 JA3007

JA3007の経歴

1952/06/25 c/n7870 N1578D
1952/07/25 JA3007登録 朝日新聞社 愛称朝風 定置場東京国際空港
1953/03/10 宇都宮で中破 修復
1966/04/30 老朽廃棄 抹消登録 総飛行時間 3360時間27分
1972/10/01 大阪国際空港ビルに展示
1997/08/24 航空科学博物館へ移転 再組立
1999/06/06 航空科学博物館玄関に展示

撮影1988/03/10 井上剛

撮影1972/10 優一郎
 

 

 

 
 

× パイパーPA18-135 JA3008 朝日新聞社「小鳩」号

JA3008の経歴

1952/07/26 形式PA-18-125 c/n18-1225 朝日新聞社 愛称小鳩 定置場東京国際空港
1970/02/26 日本学生航空連盟 第6号 定置場八尾空港
1971/12/27 形式PA-18-135に変更
1972/05/29 抹消登録 
1972/10 大阪国際空港に展示 撤去済み

現役時代 撮影1960年ごろ 八尾  上田新太郎

展示写真 撮影1972/10  優一郎 (我が家の趣味の世界 「戦後活躍して展示されていた飛行機」から借用)

 上のセスナ195と同じ1972年10月に朝日新聞社のあっせんで展示されたものと思われます。もちろん朝日のマークはなく、胴体に日本学生航空連盟の表示があります。

 この機体だけ屋根付です。

 

 
 

× 三菱MU-2 モックアップ

撮影1972/10  優一郎                           撮影1977/10/01  佐伯邦昭
 
× シコルスキーH-19C 11-4720 撮影1977/10/01  佐伯邦昭

 

A5517 大阪府 Osaka Prefecture 豊中市 陸上自衛隊豊中分屯地 
     
×  陸上自衛隊豊中分屯地のノースアメリカンF-86F-40 02-7956 撮影1982  KUPANBA

02-7956の経歴

1960/05/31 c/n256-76 航空自衛隊へ引き渡し US57-6413
1976/12/14 第8飛行隊で用途廃止
  豊中分屯地に展示
2002現在 姫路駐屯地へ移動展示
2005/03/31 豊中分屯地は伊丹駐屯地に統合し廃止