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航空歴史館 開始16/10/07
追加16/10/18

 

写真で見る東亜航空株式会社の歴史

 

協力者

幸田恒弘、興野博士、下郷松郎、中井潤一、平田邦久、古谷眞之助、 前田あきとし、松本秀典、宮野 修、Aoki、geta-o、PAPPY、T67M   【まとめ 佐伯邦昭】

参考文献

日本航空協会航空宇宙年鑑、航空情報、鳳文書林日本航空機全集、年表山口県の航空史ほか

 

1952〜1956年10月までの歴史
1952/10 日本青年飛行連盟設立 
  同連盟の九州地区の3人がセスナ機で飛行訓練実施
1953/08/15 福岡航空保安事務所の勧めで、3人による東亜航空設立発起人会発足
(1953/11/04) (松下俊夫氏個人所有のセスナ180 JA3075登録)
1953/11/18 セスナ170B JA3077登録 九州地区で宣伝や遊覧飛行実施(無許可)
1953/11/30 東亜航空株式会社設立 
                  本  社  東京都
        営業所 小倉市
        運行所 小倉市曽根飛行場
1954/01 セスナ150B購入 02/01東京から藤沢経由、曽根飛行場へフェリー
1954/02/02 使用事業免許 第23号
1954/02/06 セスナ150B JA3086登録 定置場曽根飛行場 2機体制 
1955/10 本社を福岡市に移転
1956/11 松下俊夫氏が参加し、本社を広島市に移転
JA3075、JA3077、JA3086の3機体制 (主)曽根飛行場 (副)吉島飛行場 
本 欄 1956年 本社広島 松下体制
1957年 不定期運送事業免許 
1958年 鹿児島から離島への路線開設
1959年 離島路線と小倉・吉島の使用事業
1960年 離島路線と小倉・吉島の使用事業
1961年 ヘロン配備
 1962年 定期運送事業免許 コンベアCV240配備
 1963年 キャッチフレーズ 西日本の空をネット 不二サッシが大株主になる 
1964年 広島空港に大格納庫建設 経営が不二サッシに移り 松下氏は副社長に降格 
1965年 YS-11配備 
新 1966年  
新 1967年 松下氏が役員からはずれる
新 1968年 広島空港滑走路延長工事のため運休 YS-11を全日空へ貸出し
新 1969年  
新 1970年  

東亜航空の終焉 東亜国内航空発

 

1956年  56
1956/11 広島市に本社を移す

 広島空港ができるまでは、吉島飛行場を小型機の基地としていました。詳しくは参照

宮野アルバム


1956/11/22  ビーチクラフトC18S JA5029 JA5033登録 定置場鹿児島空港

19 c/n8454 US42-87195A
1956/11/22 JA5029登録 伊藤忠航空整備  
1956/11/22 東亜航空 定置場 鹿児島飛行場
1959/02/07 中種子島空港で着陸時 脚を折って中破
1965/08/18 抹消登録 
1965 広島電気大付属高校教材 ?

 
1944/06/22 c/n6827 US43-35937A
1956/11/22 JA5033登録 伊藤忠航空整備 定置場調布飛行場
1956 東亜航空 愛称なんぷう 定置場鹿児島空港
  関西航空へリース 期間不明
1969/11/13 抹消登録 
  大分市 日本文理大学教材機

JA5033  版画 前田あきとし

 

 

1957年 57
1957/12/18  不定期航空運送事業免許 第17号 

 

1958年 58
1958/03/05 初の路線営業 鹿児島〜中種子島線  不定期免許

 社名が右描きであるところから、東亜航空のビーチの最も古い写真と思われます

ビーチクラフトC18S JA5029   撮影1956頃 鹿児島鴨池空港 提供松本秀典

 

1959年 59
1959/08/05 鹿児島〜喜界島線 不定期免許

1959年の体制

 C18Sを鹿児島に置いて離島路線を維持しながら、小倉(曽根)と広島(吉島)でセスナによる使用事業に注力していた時期です。

資本金  3000万円
本 社  広島市
社 長  松下俊夫
組 織  運行部、営業部、経理部、鹿児島支社、小倉支社  
所有機  ビーチクラフトC18S(JA5029)、セスナ180(JA3075)、セスナ170(JA3077、JA3086)
不定期路線 鹿児島〜種子島、鹿児島〜鬼界島

 

1960年  60
1960/02/10 鹿児島〜西之表線 不定期免許

1960**/** デハビランドDH-104 JA5007登録 定置場鹿児島空港

撮影1964/07/26 広島空港 佐伯邦昭

 

 

1961年 61
1961/02/25 デハビランドDH-114 JA6156登録 定置場鹿児島空港

1961/03/** デハビランドDH-114 JA6153登録 定置場鹿児島空港

撮影1963/09 広島空港 佐伯邦昭


1961/04/07 デハビランドDH-114 JA6157登録 定置場鹿児島空港


1961/09/01 広島市南観音町に広島空港開港

広島空港開港後直後くらいの撮影と思われる JA5033 なんぷう 幸田恒弘  


1961/11/03 デハビランドDH-114 JA6158登録 定置場広島空港

撮影1961 広島空港 佐伯邦昭


1961/10/29  デハビランドDH-114 JA6162登録 定置場広島空港

東亜航空ヘロン時代 撮影1963/03 熊本健軍飛行場 興野博士


 

更 1962年 62
1962/**/** デハビランドDH-104 JA5003 全日空からリース

あまみ 撮影1962/11 鹿児島鴨池空港 geta-o


1962/01/31  鹿児島〜徳之島線 不定期免許


1962/02/14 鹿児島〜熊本〜小倉線 不定期免許


新 1962/02/23 試験飛行中にデ ハビランドDH-114ヘロンJA6158がクラッシュ


古谷眞之助著 年表山口県の航空史第3章1962年の記述からから


1962/02/24 定期航空運送事業免許 第51号


1962/03/26 広島〜松山 定期免許


1962/04/28 デハビランドDH-114 JA6163登録 定置場松山空港


1962/11/16 コンベアCV240 JA5113登録 定置場鹿児島空港

撮影日不明 広島空港 中井アルバム


新 1962年5月 雑誌広告


1962**/** デハビランドDH-104 JA5003登録  あまみ 定置場鹿児島空港 (全日空リース解消)


1962**/** デハビランドDH-114 JA6152登録 定置場広島空港


1962**/** デハビランドDH-114 JA6155 藤田航空からリース

帯は藤田航空の赤  イラスト佐伯邦昭


1962年 後半期の発行と推定される時刻表   1962年秋

 広島〜松山線免許の日付1962/06/26と 表紙にコンベアCV240のカットがあること、東亜航空の大型旅客機第1号となるCV240 JA5113が登録された日付1962/11/16からみて1962年後半期の発行と思われます。 路線は、8本に過ぎず、本社のある広島からは対岸の松山線しかありませんが、既に「西日本の空をネットする」なるキャッツフレーズを用いており、飛躍に向けて準備している様子が伺われます。

提供 古谷眞之助



 ビジネス客への営業の傍ら、観光旅行に力点をおいている様子は、今も昔も変わらないですね。小倉はまだ北九州市になっていません。


1962/11/16 コンベアCV240 JA5113登録 定置場鹿児島空港

撮影1963/09 広島空港 佐伯邦昭 


1962年の体制

資本金  4億円
本 社  広島市
社 長  松下俊夫
組 織  運行部、営業部、乗員課、鹿児島支社、松山支社、小倉支社  
所有機  CV240 1機、ヘロン5機、ダブ2機、C18S1機、C50 1機、セスナ180 1機、セスナ170 2機

1962年頃の鹿児島鴨池空港での列線

C18S JA5033なんぷう、ダブ JA5003あまみ、 提供松本秀典  

 

 

更 1963年  63
1963/02/07 松山〜大分線、広島〜大分線、広島〜小倉線 定期免許

1963/04/16 デハビランドDH-104 JA5003 あまみ 種子島空港でオーバーラン大破


1963/06/27 広島〜米子、松山〜高知線 定期免許


1963/07/02 鹿児島〜屋久島〜中種子線 不定期免許


1963/08/20 広島〜防府線 不定期免許

新 1963/08/23 広島〜防府線、ヘロンにより就航 初便はJA6153  (1年で運休)

古谷眞之助著 年表山口県の航空史第3章1963年の記述からから
 


就航1番機のデ ハビランドDH-114ヘロン JA6163  山口県文書館提供


ヘロンに随伴してきたデ ハビランドDH-104ダブ JA5007 (時期不明) 山口県文書館提供

 


1963/09/12 コンベアCV240 JA5118登録 定置場広島空港

撮影1963年 秋頃 鹿児島鴨池空港 提供松本秀典


1963/10/11 鹿児島〜福岡、福岡〜宮崎、福岡〜大村 定期免許 


1963年の体制

資本金  8億円
本 社  広島市
社 長  会長佐野友二(不二サッシ)、社長松下俊夫
組 織  総務部、営業部、運後部、整備部、乗員課、支社(東京、鹿児島) 営業所(松山
     北九州、福岡、宮崎、熊本、大分、大村、米子、高知、防府、西表、種子島、屋久
     島、喜界島、徳之島)
所有機  CV240 2機、ヘロン6機、ダブ1機、C18S1機、C50 1機、セスナ180 1機、セスナ
      170 2機

 

 

1964年  64
1964**/** デハビランドDH-114 JA6151登録 定置場広島空港  

撮影日不明 広島空港 中井アルバム


1964/02/22 コンベアCV240 JA5126登録 定置場広島空港

撮影1964/09/30 広島空港東亜格納庫 佐伯邦昭   格納庫の建設は下記


1964/**/** 格納庫建設

   


1964/06/12 広島〜大阪、大阪〜米子、広島〜岩国、鹿児島〜奄美大島 定期路線免許


1964/06/15 格納庫完成 広島〜大阪線就航記念式典

全日空が大阪〜広島〜岩国線を東亜航空に譲渡

航空情報1964年8月号


撮影1964/06/15 人物は松本秀雄1等整備士 提供松本秀典


撮影1964 格納庫完成から間もなくの頃と思われる 提供松本秀典


1964/06/25 コンベアCV240 JA5130登録 定置場広島空港

撮影1964/09 広島空港まつり 幸田恒弘


1964/06/29資本金8億円を16億円に増強


1964/07 日米親善飛行のヘンリー 大江氏のパイパーPA28が格納庫に逗留

提供松本秀典


1964/07/16国産旅客機YS-11 試作2号機が 実用試験飛行で飛来 東亜航空社員に公開

撮影佐伯邦昭


1964/08/27 広島〜防府線運休決定 以後廃止


1964/10/28 コンベアCV240JA5131(東亜のコンベア最終号機)登録 定置場広島空港

撮影1995/09/19 広島空港まつり 佐伯邦昭


1964/11/12 デハビランドDH-114改造のDH-114-TAW タウロン初飛行  JA6157


改造直後 撮影1964 新明和伊丹工場 平田邦久 提供関西航空史料研究会

コンチネンタルIO-470-D水平対向6気筒 260馬力エンジンに換装


1964年の体制

資本金 16億円
本 社  広島市
社 長  会長佐野友二(不二サッシ)、社長下村弥一(不二サッシ)、副社長松下俊夫
組 織  総務部、営業部、経理部、運行部、整備部、乗員課、支社(東京、鹿児島) 営
     業所(松山、北九州、大阪、福岡、宮崎、熊本、大分、大村、米子、高知、種子島、
     屋久島、喜界島、徳之島、奄美大島)
所有機  CV240 6機、ヘロン7機、ダブ1機、C18S1機、C50 1機、セスナ180 1機、セスナ
     170 2機

 

1965年   65
1965/04/10 YS11 JA8639登録

撮影1965/04/12 広島空港 佐伯邦昭


1965/04/21 YS11 JA8641登録

撮影1965/09 広島空港東亜航空格納庫 佐伯邦昭


1965/05/15 YS-11 JA8641 東亜航空機として路線初就航 

航空情報1965年5月号グラビア YS-11が初就航するの説明 JA8641


1965/04/23 DH-114-TAW タウロン  形式証明取得 

改造された4機の写真

JA6152 撮影1967/0917 大分空港 PAPPY



JA6157 撮影日不明 広島空港 幸田恒弘

    尾翼にTAWRONの文字
    


JA6162 (但し東亜国内航空時代) 撮影1972/08 屋久島空港 T67M


JA6163 撮影1965/04頃 平田邦久 提供関西航空史料研究会

1965年の体制

資本金 16億円
本 社  広島市
社 長  会長佐野友二(不二サッシ)、社長下村弥一(不二サッシ)、副社長松下俊夫
組 織  総務部、営業部、経理部、運行部、整備部、乗員課、支社(東京、鹿児島) 営
     業所(松山、北九州、大阪、福岡、宮崎、熊本、大分、米子、高知、種子島、
     屋久島、喜界島、徳之島、奄美大島)
所有機  CV240 6機、ヘロン 7機、ダブ1機、C18S1機、C50 1機、、セスナ180 1機 セス
     ナ170 2機

 

新 1966年  66

1966/09/28 YS-11 JA8666登録

撮影1969 福岡空港 チャーリーマイク


1966年10月時刻表



東京への乗り継便(JAL ANA)を掲載していた(一時期のみ)

 

1966年の体制

資本金 16億円
本 社  広島市
社 長  会長佐野友二(不二サッシ)、社長下村弥一(不二サッシ)、副社長松下俊夫
組 織  総務部、営業部、経理部、運行部、整備部、乗員課、支社(東京、鹿児島) 営
     業所(松山、北九州、大阪、福岡、宮崎、熊本、大分、米子、高知、種子島、
     屋久島、喜界島、徳之島、奄美大島)
所有機  YS-11 3機、CV240 5機、ヘロン7機、ダブ1機、C18S1機、C50 1機、セスナ170
           1機

 

 

新 1967年 67
1967/07/25 YS-11 JA8678登録

撮影1969/02/22 大阪国際空港 下郷松郎 (なごや航空マニアクラブ会報8 1969SPRINGから)


1967/09/18YS-11 JA8684 日航製造からリース (1969/12/24 東亜航空に登録)

名古屋空港 撮影1969/03/22 下郷松郎 (なごや航空マニアクラブ会報8 1969SPRINから) 


最盛期の路線マップ

1967/01〜30時刻表  (高知線が196707/15時刻表から消えた)

1967年の体制

資本金 16億円
本 社  広島市
社 長  会長佐野友二(不二サッシ)、社長下村弥一(不二サッシ)
組 織  総務部、営業部、経理部、運行管理部、乗員部、整備部、支社(東京、鹿児島)  
     営業所(松山、大阪、福岡、宮崎、大分、米子、種子島、喜界島、徳之島、奄美大 
           島)
所有機  YS-11 5機、CV240 5機、ヘロン 7機、ダブ1機、C18S1機、C50 1機、セスナ170
           1機

 

 

新 1968年 68

1968/03 大阪〜広島、大阪〜米子に臨時便運行


1968/04 YS-11 JA8672 日航製造からリース (1969/03 東亜航空に登録)


1968/04 不振の広島〜松山線の運賃を大幅値下げ


1968/06/15〜08/15  広島空港滑走路延長工事のため全便運休




1967/07/15〜08/15時刻表

11968/06/15〜08/15  YS-11を全日空へ貸出し (広島空港滑走路改修のため)

全日空へ貸出(広島空港滑走路工事による余剰) 航空情報1968年9月号国内ニュース

  


1968/08 YS-11 JA8686 日航製造からリース


1968年の体制

資本金 16億円
本 社  広島市
社 長  会長佐野友二(不二サッシ)、社長下村弥一(不二サッシ)
組 織  総務部、営業部、経理部、運行管理部、乗員部、整備部、支社(東京、鹿児島) 
    営業所(松山、大阪、福岡、宮崎、大分、米子、種子島、喜界島、徳之島、奄美大 
         島)
所有機  YS-11 6機、CV240 5機、ヘロン 7機、ダブ1機、C18S1機、C50 1機、セスナ170
           1機

 

 

新 1969年69

1969/08/28 YS-11 JA8750 日航製造からリース (1970/02 東亜航空に登録)


1969年の体制

資本金 16億円
本 社  広島市
社 長  会長佐野友二(不二サッシ)、社長下村弥一(不二サッシ)
組 織  総務部、営業部、経理部、運行部、整備部、乗員課、支社(東京、大阪、福岡、
     鹿島) 営業所(松山、大分、米子、種子島、喜界島、徳之島、奄美大島)
所有機  YS-11 7機、CV240 5機、ヘロン 5機

 

 

新 1970年 70

大阪万博(1970/03〜09)に増便

1970年4月時刻表

終期の路線マップ

1970年11月時刻表


1970年の体制

資本金 16億円
本 社  広島市
社 長  会長佐野友二(不二サッシ)、社長下村弥一(不二サッシ)
組 織  総務部、営業部、航務部 支社(東京、福岡、鹿児島、奄美大島) 営業所(松
     山、宮崎、大分、米子、種子島、喜界島、徳之島)
所有機  YS11 8機、CV240 5機、ヘロン 4機

 

 

 

東亜航空の終焉 東亜国内航空発足  合併


 1971年5月15日に 日本国内航空と合併して東亜国内航空株式会社が発足し、広島空港を拠点に活躍した東亜航空株式会社は、こ こに18年の歴史に幕を降ろしました。

1971/05/15 日本国内航空と合併 東亜国内航空株式会社発足 本社東京都
    写真で見る東京国際空港の歴史 東亜国内航空発足参照

社名看板の取り外し作業 撮影1971/05/15 広島空港の東亜航空格納庫 佐伯邦昭


JA8750 間もなく消えるTAWのマーク 撮影1971/05/15 佐伯邦昭


YS-11の前のTAW主力機であったコンベアCV240 撮影1971/05/15 佐伯邦昭


 

同窓会

歴代スチュワーデスのユニホーム 撮影場所時期不明  提供松本秀典


スチュワーデスOB会 1990/07/28 福岡市 提供松本秀典

 

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