山口県目次 伝説の時代から現代まで 航空史抜き書き

航空歴史館

航空自衛隊第1操縦学校の基地開放

はつかぜ(T-34A)雄飛の碑

A6509 山口県 Yamaguchi Prefecture 下関市 海上自衛隊小月航空基地
          

航空歴史館 1958年頃 航空自衛隊第1操縦学校の基地開放  古谷眞之助

 実家の古いアルバムから出てきた写真(5cm×5cm)です。 T-34の前で写っている兄弟の年齢から推定して昭和32〜34年の間の撮影です。

・ 手前の坂は、海自小月の通称アパッチ砦 

・ タキシング中の機体は大村航空隊所属のグラマンJRF-5グース オ-9014

・ 展示されている機体

ノースアメリカンT-6

実験航空隊時代のノースアメリカンT-28B 63-0581
       

川崎KAL-2か?


ビーチクラフトT-34 メンター の前で三兄弟が記念撮影


日替わりメモ 2011/06/15から

○ 小月の変遷

 グラマングースがゆっくりとタキシングを始めたのを見た中学生二人が急いでアパッチ砦の斜面を駆けおりています。アパッチ砦とは、海上自衛隊小月航空基地にある小高い丘で、今は、展示機や各種の記念碑があります。

 70年前に逓信省が下関飛行場として建設し、すぐに陸軍に移管されて小月飛行場となり、九七戦、屠龍が関門と八幡地区の防衛にあたり、戦後はニュージーランド軍と米軍が駐留、接収解除後は、警察予備隊飛行場、陸上自衛隊第11駐屯地、そして航空自衛隊第1操縦学校、同第11飛行教育団と実にめまぐるしい変遷を見てきた小月飛行場のアパッチ砦です。

 今朝の写真は、航空自衛隊第1操縦学校時代のもの(1958年頃)と思われる基地開放風景です。グースも珍しいですが、岐阜から実空のT-28Bが来ており、更には陸自のKAL-1らしきものも展示されています。もう、プラモデルの世界でしか再現できない航空祭、近在から見物に訪れた人たちはどんな感慨をもって眺めていたのでしょうかね。

 航空史探検博物館で、基地開放の展示機写真が出てくるのは1960年の岩国基地三軍統合記念日MCAS1960がトップで したから、今朝の写真はそれを抜いて最も古い記録となりました。写真を家族アルバムに残していてくれた古谷さんのお父上に感謝しなければなりません。

・ なお、関連してお知らせをひとつ
 米海兵隊岩国航空基地のジェームズ スチュワート司令官は、岩国市長に対して、中止した日米親善デーに代るイベントを秋の初めを計画していると表明しました。(岩国市がトモダチ作戦への感謝状を贈った席で 。06/14中国新聞)

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A6509 山口県 Yamaguchi Prefecture 下関市 海上自衛隊小月航空基地
          

航空自衛隊 はつかぜ雄飛の跡碑 撮影2007/10/21  佐伯邦昭

 小月基地では、1956(昭和31)年から航空自衛隊第1操縦学校分校、後に第11飛行教育団が1964(昭和39)年まで駐屯しました。はつかぜはビーチクラフトT-34Aメンターの愛称で、同機による操縦訓練の思い出を残した石碑です。

海上自衛隊 航空学生教育50周年記念碑 撮影2007/10/21  佐伯邦昭

 1955(昭和30)年7月鹿屋航空基地に訓練飛行隊群が編成されて50周年記念の石碑です。海上自衛隊発足は1年前の1954(昭和29)年7月1日でした。

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